「で,相手はどんな人なの?」から考えるしあわせとは
先日,とあるカフェで仕事をしていたときに, 隣のテーブルにいた二人の女性の会話が耳に入ってきた。お年を召した素敵な女性で,二人はそれぞれのお孫さんについて話をしているようだった。なんでも,一方の女性のお孫さんが,この度晴れて結婚することになったという。こんなやりとりだった。
チヨさん(仮名): うちの孫娘が長い間仕事ばっかりで結婚なんか興味ないって言うとったんやけど,ようやく結婚することになったんや。
キクさん(仮名): へー,よかったなあ。で,相手はどんな人なの?
チヨさん(仮名): 早稲田を出て,なんとか銀行という銀行で働いとるらしいわ。
キクさん(仮名): うわーー よかったなあ!!
キクさんは「早稲田」と「銀行」の2つの単語だけでわかった気になっているようだった。
本来,「で,相手はどんな人なの?」と問われているのですから,通常の会話だと,「どんな人なのか」を答えることが期待されます。どんな場所で育った人なのか,どんなことに興味がある人なのか,どんな勉強をしてきた人なのか,どんな仕事をしている人なのかなど。「早稲田」も「なんとか銀行」も,ただのラベル名で「記号」に過ぎないわけですし。しかし,この度のチヨさんとキクさんのやり取りの中では,「早稲田」と「銀行」だけで事足りてしまった。なかなか興味深い現象です。この2つの記号は,何センテンスも費やして長文で語るよりも,「どんな人なのか」を瞬時に相手にイメージさせる強力なインパクトを持っているということなのでしょう。しかし,ちょっと待ってほしい。これで一体なにがわかるというのだろう。
そんなことを考えていた矢先,アメリカで放送されている『The View』という討論番組を観ていたら,なんともタイムリーな話題でディスカッションが行われていた。テーマは,奇しくも「で,相手はどんな人なの?」である。話題を要約すると,こうである。ある女性が,有名大学を出た高学歴・高収入の男性とお付き合いをしていたが,別れを決意したのだという。周囲がその女性にこうたずねた。「で,相手はどんな人だったの?」と。すると,こんな返事が返ってきたのだという。
・部屋が汚い (messy)
・だらしない (slob)
・清潔さがない (a filthy pig)
女性が男性を描写する際に使う "pig" は,「ブタ」という動物そのものではなく「下品な人」をののしるスラングです。「清潔さがない」という意味で,こんなふうにも使われるんですね。でも,フィルシーピッグって……。と,それはともかく,この話題が,チヨさんとキクさんが考える「しあわせ」の定義と対極にあるように思えて考えさせられてしまった。「しあわせ」って何なのだろう。チヨさんとキクさんにとって,「早稲田」と「銀行」は「しあわせ」につながる強力な要素であるらしい。一方で,討論番組の『The View』で話題にあがった男性は,高学歴・高収入という条件は満たしていたにもかかわらず,女性から別れを突きつけられてしまった。理由は,部屋が汚くて,だらしなくて,清潔でないからだという。挙げ句の果てには "pig" と言われてしまう始末だ。その女性にとって,お付き合いを始めた後に発覚した当該男性のこうした特性は何にも増して耐え難いものであったという。チヨさんとキクさんにとっての「しあわせの条件」である高学歴・高収入も,一瞬にして何の価値も持たなくなってしまうことがある。「記号」で測るしあわせと,「実態」で浮き彫りになるギャップ。記号は記号でしかない。その記号は,実態を正確に描写できているとは限らない,ということなのだろう。なんとなくわかる気がする。
いや,でも,ちょっと待って。わかるってなにが?なにがわかったというのだろう。よく考えると,やっぱりよくわからない。 「しあわせ」ってなんなんだろう。 「で,相手はどんな人なの?」ーーこの問いに対する答えも、よく考えるとやっぱりよくわからない。番組では「だらしないこと」は修正可能 (fixable) だと一人のコメンテーターが述べていたけれど,この特性は本当に修正可能なものなのだろうか。というか,そもそも修正する必要があるのか?と問う人もいるかもしれない。どんな状況だと,修正する必要があるのか。それもやっぱり,よくわからない。 「しあわせ」ってなんなんだろう。「で,相手はどんな人なの?」ーー 答えに辿り着くまでの道は遠い。それだけはわかったような気がした。
ふうちゃんさんのイラストをお借りしました。ありがとうございます。
