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寄生バチから考える、人間のエゴ

こんにちは。SatLogです。

うちの庭には山椒サンショウという植物が生えている。

こんな感じ

この木の葉には、アゲハ蝶(特にナミアゲハ)が毎年卵を産みにくる。

去年とおととしは、おばあちゃんが「チョウの幼虫キモイから」と言って山椒の枝のほとんどを取ってしまい、それ以来チョウの幼虫を見なかったが、今年は山椒が復活し、チョウも来たようだ。

3週間ほど前、僕の妹が山椒にナミアゲハの幼虫がいるのを発見し、デカい虫かごに捕まえてきた。


画質悪くてゴメン

タイムラプス撮影をしていたので是非ご覧ください。
真っ黒になっているところは部屋の照明が消えているまたは夜間です。
倍速視聴を推奨


幼虫の段階では元気だったんだけどね。。

完全にサナギになってから(体感)3週間ほどたった日の朝!
ピアノの練習をしに部屋に行ったら、カッ、カッと何かが虫かごの壁に衝突する音が聞こえた。

ついに羽化したか!?と思いサナギを確認。


な、なんと!サナギに風穴があいている!!

犯人は…

寄生バチだ


こいつは「アゲハヒメバチ」という種類のヒメバチ科の昆虫。

もちろん、ナミアゲハは死にました。

サナギになっている間に体を食われていったのだ。

幼虫がサナギになって、羽の生えた成虫になって出てくる瞬間をタイムラプスを回してまで待っていたのに、出てきたのはハチ。
家族全員ショックを受けた。


これを見た僕の父は、「こいつ虫かごに一生閉じ込めとこうぜ」

と言った。要するにコロスということだ。


ここで、僕はこの父の発言に違和感を持った。

アゲハヒメバチだって、奴らなりの方法で必死に生きているんだと。

いや、むしろそれしか生き残る方法がないんだ。

しかし、自分勝手な人間は「チョウのほうが大事」と考え、チョウに寄生するハチを悪とみなす。

そして、ハチを殺そうとしている。

果たしてハチは悪なのか。

僕はそうは思わない。
なぜならチョウは寄生バチが存在しているにも関わらず現代まで種が存続しているから。寄生バチも生態系の一部を担っているから。

でも、神道の考え方をするならば、人間は自然の一部であって、人間がほかの生物を嫌うことだって当然ある。ゆえに、ハチを殺すのは悪ではない。
そういう考え方もある。

それでも、人間って、言われれば物事を『公平に』考えることができる賢い動物だと思うんだ。だからこそ、一部の人間の『チョウの命のほうが重い』というエゴだけで殺されてしまうハチが、どうしても不憫に思えてならない。


これ(=人間のエゴに振り回されるものたち)は他の様々な事象においてもいえる。

あなたは、物事を公正公平にとらえることはできているだろうか。


「人間は公正公平に物事をとらえるべきだ」というのも僕という人間のエゴなんですけどね。