1月の風景
今年のお正月は雪は降らず穏やかで休みも長く、どこにも行かず家でキンちゃんと2人、おせちとお酒と映画とテレビと猫。ゆっくりしました。
昨年はテツがよく嘔吐するようになって、そんなもの使ったことなかった大判のペットシートや小さいシートを大量購入し、通院頻度も上げて、自分たちの寝る位置をテツが見える場所に変えて、気が気ではなかったのを思い出します。

テツ、体が辛かったろうなぁと思います。少しも泣き言を言わなかったけど、私たちの元を去る前に、本当にか細い声で鳴きました。
「クウン」
彼のこんな声は聞いたことがなくて、辛いのだろうかと泣けました。
(テツや、テツ。いつもそばにいるよ。いつ行ってもいいんだよ。)
そして逝っちゃった。
てっちゃんはよく頑張ったべ。おしっことうんちしに、雪のお外に出て行ったね。ゆっくりフラフラ。
もう苦しくないんだから、むこうで楽しくやってるかな。
*
私もテツのように、最期の時まで自分でトイレしたいけれど、やっぱり人間、管やおむつはやむなしなのかな。食事と排泄だけは最後まで自分でできたらいいけど。

散歩に出ると結構歩くのだけど、いや、しんどかったのかなぁ。
雪の思い出
この家に越してきた最初のお正月、大雪の洗礼を受けました。降り積もった屋根雪が車にドッスン落っこちてきて、これどうすんの?と、知識もないし慣れてもいない私たちでした。
雪国の人はこんなことにはならないかと。屋根(前の住人さん、雪止めしてなかった)下に車を置いてはいけないって初めて知りました。
今の雪はたいしたことないよって、近所の人から聞いていたので油断しました。障害者は健常者以上に対策しないといけません。

& テツのお尻

家との出会い
この場所に引っ越してきたのは2021年の春。2020年の夏前ごろから休みを利用して、キンちゃんと中古物件を見て回ってました。
コロナ禍の最中だったと思います。
一番最初に不動産屋さんに連れて行ってもらったのが、今のこの家でした。
第一印象は「素敵だ・・・」。
キンちゃんと2人で住むと決めたのも2020年。障害者2人だけなら市営住宅などの集合住宅がよかったのです。
でもそこにテツは住めません。
テツと3人で一緒に住める場所、一軒家を探しました。

「少し狭いかな」という理由で(キンちゃんのリモートワークできる部屋がなかった)、他の売り家を見て回ったのですが、何軒見てもココだ!とピンとくる家がなく、いいなと思ったところは予算オーバーでした。
段々に、最初に見た家のことが気になり始めました。それで、
「やはり最初の家がいいのですが」
と、不動産屋さんに言うと、
「もう次の人がローンの審査を受けてるからダメかも」
って言われたのです。
散々見てまわって結局そこかよって、不動産屋さんにはあきれられたようでした。
あぁ、あのとき直感のままに決めてしまえばよかったかなぁと残念な思いでいたら、後日、「今申し込んでいる人、ローンの審査が通らなかったみたいだからお宅にチャンスが回ってきましたよ、どうしますか、決めますか?」
*
家との縁ってのもあるんだなぁって、思ったものです。
何軒も見て回って結局一番最初の家、いいなって思った家に戻ってきて、そこは売れそうで売れずに残っていて、契約できたのです。
当時はコロナの影響で、「田舎でリモートワーク」がはやり、那須あたりの中古物件は競争が激しく価格も上がっていました。
こちとらコロナ以前からのリモートワーク。よし、決めよう!
それでこの家にやってきたのです。
少し、いや増築しスロープをかけてバリアフリー化したので結構手を入れなくてはなりませんでしたが、私たちは晴れて3人、この家での生活をスタートさせました。

その時切り出した丸太を庭に置いてもらった。
丸太の上の雪がホイップクリームのよう
その頃の私は、鬱病を発症して会社を長期に休み、復職した途端病が悪化し、結局仕事を辞めた、という激変を経験したばかりでした。
涙が出続けて、夜、眠れなくなってしまったのです。
初めて専門医を受診したときは、病院の玄関あたりから受付、診察、薬の受け取り、会計までずっと涙が出続けてました。恥ずかしいけど止まらないのだから不思議。
なんであんなに涙が出たんだろう。
きっと自分の体か心か魂かわかりませんが、その核というか幹のようなところが、とてもしんどかったんでしょう。
自分でもわからなかった、気づけませんでした。ただ、あぁこの鬱を放置したら、体の内側から腐れて外に向かって穴が開くかもしれない、と思ったものです。

(でもね、次のシーズンもちゃんと花をつけました。今はどこかに行っちゃった)
私たち患者の間では、痛みがひどくて鬱症状を発症する、というのはよく聞く話です。体が辛くて、できていたことができなくなり、社会との関わりも途絶えてしまうことが、精神的にこたえるのだと思います。
ところが私の場合はその逆で、精神的なしんどさから安定していた持病が悪化し、よく効いていた薬が効かなくなるという、持病の主治医も首を捻って別の薬を探す状態に陥りました。
話せば長くなるこの話は、まぁ、またいつか。
そんな頃の家探しと引っ越しでした。
テツと3人で住んだ4年
10代で治らない病気をして障害も重くなるばかり。自分は1人施設で生涯を終えるだろうと覚悟していた人生でした。その施設も金がないと入れない。障害者雇用の安定収入だったのに、仕事を辞めてどうするんだよと、鬱は人生にとどめを刺したかに見えました。
でも、テツのことだけは放れない。
お散歩だけは毎日欠かさず行くのです。そして公園でポロポロと涙がこぼれてしまうのです。
*
さてその後、こんな歳になって、テツも含めて一緒に生きてもいいと言ってくれるキンちゃんが現れて、テツも住めるおうちに引っ越して3人で暮らしました。

引っ越してからも、辞めた会社や仕事のことはなかなか頭から離れませんでした。がんじがらめの頑なな執着です。
でも緑に囲まれた家でゆっくりと過ごすうちに執着はほどけていき、会社や仕事のことから解放されていきました。少しずつ、忘れていったのです。
テツとの時間を大切にするようになりました。
3人であちこち出かけもしました。
3人の暮らしは4年ののち、ピリオドが打たれました。昨年2月、私たちはテツをこの家で見送ったのです。
*
今年はnoteで、テツとの暮らしも含め、自身のこれまでのことも書いてみようかなと思っています。旅のことも書きたいな。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
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最後まで読んでくださってどうもありがとうございました!