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50代の今でも、「若い頃にもっと勉強しておけば良かった」という思いが強くなっていく理由

大人になって常に感じていたのは、もっと学生時代に勉強しておけば良かったということ。もう少し今よりも教養が深かったら、仕事の付き合いでも話題に事欠かなかっただろうと。米国企業に勤めていたため、上司や同僚、顧客に外人が多く、会議の前後や食事の際に社会問題などが話題になる。意見を求められるたびに、「もっと本を読んで勉強 しないと」と感じていました。

そう体感しただけで、その後は決まって毒にも薬にもならないビジネス書 、いわゆる自己啓発書を読み、勉強している気になっていました。

さて、50代半ばに会社を辞めて、もう3年半が過ぎました。好きなことしかやらない、気ままな日々を過ごしていますが、今だに「もっと勉強しておけば良かった」と思う毎日です。

なぜか。

理由はもっと教養があれば、活動の選択肢が増えていただろうからです。

たとえば、40代で会社を辞めて区議会議員に立候補した同僚がいました。政治に明るく、いつか社会問題を解決したいと思っていたそう。会社でも要職についていたけれど、使命感に駆られたのでしょう。このような選択肢を持っていたため、体力と気力のあるうちに政治の世界へ。

ここまでキャリアを変えるぐらいの本格的な行動を起こさなくても、たとえば、芸術の分野において造詣が深いと退職後の活動にも厚みが出ます。たとえば、クラシック音楽。幼少の頃からヴァイオリンを習い、細々と練習を継続してきた友人。定年退職後はアマチュアオーケストラで活動をしています。一生の趣味だと満足そうです。定年後はコンサートに出かけたり、指導にも意欲的で、活動の幅を広げています。

自分は学生時代から語学が好きで英語やフランス語、イタリア語を勉強してきました。ただ、ゆるく浅く広くで、会話はそこそこできるけれど、突き詰めるほどのレベルではない。そもそも経済や金融など、投資に関連する話題にしか明るくないので、語学というツールを身につけたものの、話す内容に深みがないのです。

たとえば、去年もパリに一ヶ月ほど語学留学とホームステイをしたものの、歴史や政治に関する興味や知識が弱いためか、現地の人と社会問題を話していても、うわべ感が出てしまう。おい、おまえ、会話がスベってるぞと自分に言いたくなる。それが、資産運用などの話になると急に元気になるので、「こいつよっぽどお金が好きなんだな」と思われてそう。これ、フランス人が軽蔑する典型的な教養のない成金だな。

別の例ですが、絵画が好きでフランスで美術館巡りをしていた時にふと感じたこと。宗教や歴史にもう少し明るければ、もう少し芸術の意味を深く理解できていたことでしょう。また、他の選択肢も生まれていたかもしれません。専門性の高い学問、たとえば、美術史やヨーロッパ史、政治をフランスの大学院で勉強するようなこともできたのでは?残念ながら、自分はそんな好奇心を持ち合わせていません。たとえお金や時間がそこそこあっても、教養が不十分だとこのようなチャンスを活かせないのです。うーん、もうちょっと歴史や政治、文化などの教養を身につけておけば。。。。

お金、時間、健康は自由をもたらす三要素。これらに加えて、「教養」は第二の人生において、更に選択肢を広げてくれる重要なアイテム。今からでも、自身の選択肢を広げるべく、教養を意識しようと思う毎日です。

みなさんは勉強しておいて良かったこと、しておけば良かったことなどありますか?

以上になります。今日も最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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