見られている授業をつくる、座席の話――大学語学授業における席の決め方
「語学教育のヒント」その1からその3まで、演習時の指名メソッドと、説明時の発問メソッドについて紹介してきましたが、次に予定している、板書についての記事の前に、授業を始める以前の、座席の決め方について、私が実践している3つの方法を紹介したいと思います。
自由席への、ささやかな憧れ
私が大学に入学したとき、高校までとは違う「自由さ」に、少なからず憧れを抱いていました。
チャイムが鳴る前に教室に入り、今日はどこに座ろうかと少し考える。友人と並んで座る日もあれば、なんとなく一人で後ろの方に腰を下ろす日もある。
「大学生になる」ということの象徴の一つが、自由な座席だったように思います。
ですから、自分が大学で教える立場になったときも、座席についてはあまり深く考えず、当然のように自由席にしていました。
学生は大人なのだから、座る場所くらい自分で決めればいい。そう思っていました。
ところが、実際に授業をしてみると、現実はなかなか理想どおりにはいきませんでした。
教室は、後ろから埋まっていく
自由席にすると、教室はほぼ例外なく、後ろから埋まっていきます。
最前列には誰もおらず、前方は空席が目立ち、後方に学生が密集する。これは、どの大学、どのクラスでも、ほとんど変わりませんでした。
他の先生方の授業を垣間見る機会があると、そのままの状態で授業をしている方も少なからずいらっしゃいます。
後ろの席を見ると、スマートフォンでゲームをしていたり、SNSを眺めていたりする学生の姿が目に入ります。
全員ではありませんが、授業を集中しているとは言いがたい光景です。
語学の授業では、どうしても双方向性が求められます。
発音を聞き取り、声を出し、指名される。そうした緊張感が、後方の席ではどうしても薄れてしまう。
そこで私は、自分のクラスで、思い切ってこう言いました。
「取って食べたりしないから、前に来てください」
冗談半分、という体裁ですが、実際にはかなり本気です。
「前に来てもらう」だけでは、解決しなかった
前に来てもらうことで、確かに授業はやりやすくなりました。
声も届きやすく、学生の表情も見えます。
ただ、別の問題が出てきました。
毎回、学生がバラバラの場所に座るため、顔と名前がなかなか一致しないのです。
出席を取るにも、指名して答えてもらうにも時間がかかります。
そこで、私は思い切って、「座席を決める」という方向に舵を切ることにしました。
現在行っている、3つの方法
現在、授業内容やクラスの性質に応じて、主に次の3つの方法を使い分けています。
① 学生が選んだ席を、そのまま固定する方法
1回目の授業では、あえて自由に座ってもらいます。
そして、「次回、座席を決めますので、好きなところに座っておいてください」と伝えます。
ただし、生徒の数に対して教室が広い場合は、「後ろ5列は使いません」などと指示しておきます。
次の授業で、全体を見ながら微調整をし、その席を固定席とします。
最初の授業では、様子見で後ろに座っていた学生の中にも、1回授業を受けた後では、積極的に前に座ろうとする人が出てきます。
その後は座席表を使って出席を取り、指名する時も座席表を利用します。
学生にとっては「自分で選んだ席」という感覚があり、抵抗感が比較的少ない方法です。
② こちらで座席を決め、1か月ごとに席替えをする方法
クラスの雰囲気や人数によっては、最初からこちらで座席を決めることもあります。
ただし、固定しっぱなしではなく、1か月ごとに席替えを行います。
これにより、学生同士の関係が固定化しすぎるのを防ぐことができますし、後方に「安住の地」が生まれるのも防げます。
③ コミュニケーション授業での、段階的な席移動
コミュニケーション中心の授業では、こちらで座席を決めたうえで、毎回(あるいは2回ごとに)ペアワークの相手が変わるよう、席を少しずつずらしていきます。
毎回話す相手が同じだと、会話練習などもマンネリ化してしまいますが、相手を変えることによって、新たな刺激が生まれ、結果としてクラス全体の親睦も深まっていきます。
最初の授業だけ出席をとる
というわけで、2回目の授業からは、私は座席表で出欠を確認しますが、1回目の授業だけは口頭で出席を取って、一人ひとり顔と名前を確認します。というのも、特に大学1年生の授業だと、教室を間違えて出席している学生がいたりするからです。1時間授業をして、1番しっかり声を出して発音練習をしていた学生さんが、「あれ、教室を間違えていました」ということも実際にあったので!
出席はフランス語で取るのですが、そのやり方については、別の記事で書きたいと思います。
座席指定の本当の目的
座席を決める理由は、単に出席を取りやすくするためだけではありません。
もちろん、顔と名前を覚えやすくなるという利点はあります。
しかし、それ以上に大きいのは、
「あなたは把握されていますよ」
というメッセージを、無言のうちに伝えることです。
学生は、自分が教師に認識されていないと感じると、授業をどこか他人事のように受け止めてしまうことがあります。
一方で、教師から個として認識されていると感じると、「見られている」という意識が芽生え、授業への集中度は自然と高まります。座席を固定することで、一定の緊張感が生まれると同時に、「先生が自分を見てくれている」という安心感も生まれます。
正解は、たぶんない
ここまで書いてきましたが、座席指定に「これが正解」という方法があるとは思っていません。
クラスの規模、学生の気質、授業内容によって、適したやり方は変わります。
ただ、何も考えずに自由席にするのと、「なぜこの形にするのか」を考えたうえで座席を決めるのとでは、授業の空気は大きく変わります。
派手なメソッドではありませんが、授業を支える土台として、座席の扱いは意外と重要だと考えています。
これからも、こうした「目立たないけれど、効いてくる工夫」を紹介していきたいと思います。
次回は、授業の核とも言える、説明時の板書についてです。
この記事のポイント
・自由席は一見「大学らしい自由」だが、授業運営上の課題も多い
・座席を意図的に設計することで、授業の集中度と双方向性は高まる
・座席固定は、出席管理以上に「あなたを把握しています」というメッセージになる
・クラスの性質に応じて、固定・定期的席替え・段階的移動を使い分けることが重要
