昨晩電車内で見た隠蔽ジイさんの話
誠に残念、本日は隠蔽ジイさんの話をします。
都内まで出て、電車のグリーン車に乗って帰っていた昨晩のこと。
最近、イヤホンをせずに過ごすことが増えた。目の前で起きていることをそのまま見聞きしたいと思ったからだ。人間は面白いからである。
私の斜め前に、推定70代のジイさんが座っていた。ビール缶を車内で飲んでいる。
しばらくして、そのジイさんは突然めちゃくちゃむせ始めた。変なところに入ったのだろう。大むせにむせている。
最近、63歳の父が脳梗塞で入院したこともあり、他人の身体のことながら少し心配になった。むせすぎて息ができないのつらいよなとか、娘だったら背中くらいさするかなとか。
こうやってまた知らない人間の課題に勝手に入り込んでしまったので、私はそろそろ『嫌われる勇気』を読み直したほうがいい時期である。
(ところで、「変なところに入った🫨」という言い回しをよく聞くが、その変なところとは具体的にどこなのだろうか)
話を戻す。
そのジイさんは、かなり長いことむせ続けていた。あまりにもひどいので、前後の席にいた別のオッサンが、「うるせえな」と言いたげな態度を見せながら席を離れていったほどである。私から見れば大げさにむせているようにも見えたので、確かにうっさいなあとは思った。
10分ほど経った頃だろうか。
まだむせ続けるジイさんは、むせながら舌打ちをし始めた。
「ゲホゲホゲホ……チッ……ゲホゲホゲホ……チッ……ンダヨモオ❗️」
老人特有の舌打ち風の癖ではなく、明らかに苛立ちによる舌打ちだった。
しかし一体、誰に対して怒っているのだろうか。
どう見ても自分の過失でむせているだけであり、飲み方やタイミングの問題でしかないはずである。それでも人は、自分が原因の不快さをそのまま引き受けることができないのだろうか。だからどこかに責任をずらすことで、どうにか納得しようとしていたのだろうか。
私は、舌打ちは基本的にやめたほうがいいと思う。「舌打ち大しゅきしゅきジジイ激メロ🥹💞」とはならないからである。むしろ不快まである。
さてその後、なんとそのジイさんは2本目の酒缶を取り出した。気合いの入ったジイさんである。さっきまであれだけむせていたにも関わらずである。
空になったビール缶をドリンクホルダーに置き、チューハイ缶を窓際に置いた。
しかし、光の速さでそれを床に落とした。
電車はわずかに傾いているのか、チューハイは結構勢いよく後方の席の床へと流れていく。
そのジイさんは動作が遅い。身体が硬いのか、酔っているのかは知らないが、床に転がる缶をなかなか拾えないまま、液体だけがどんどん広がっていく。
幸いその車両は空いており、後ろの席に人はいなさそうだったので、大事故には至らなかった。
さて、床に広がり続けるチューハイの液体をこのジイさんはどう処理したか?
靴でならし始めた。
床はツルツルしており、ならしたところで吸収されるわけでもなくただ範囲が広がるだけである。
ともすればこれは処理ではなく、「隠蔽」なのでは………………。
こぼしたという事実をなかったことにしたい。目立たなければいい。問題にならなければいい。そういう発想なのだろうか。一旦そうだと決めつけるが、私はシンプルに引いた。
人が何かをごまかす瞬間というのは、こんなにもわかりやすく、こんなにも信用を削るのかと。たった一つの行動で、「この人は信用しないほうがいい」と私は判断した。恐ろしいことである。
こんなジイさんに敬称をつけて差し上げるのも癪なので、ここから隠蔽ジジイと呼ばせていただく。
しかしもしこれが家族や友人だったら、私はきっと普通に失望するし、意図は訊くにせよめちゃくちゃ指摘すると思う。
もちろん人は完璧には生きられず、嘘をつかないとか、常に正しくあるとか、そんなことは誰にとっても不可能であり、そんなことを求めているわけではない。
しかし、ごまかすかどうかは自身で選択でき、そしてその選択は、このように私のような暇人から想像以上に見られ、勝手に失望されていることがある。
だから私は、少なくとも「なかったことにする人間」にはならないようにしようと思った。
おしまい
