Michael Jacksonの好きな曲TOP10
Michael Jacksonの好きな曲を10曲選んでみた。
先に言っておくと、『Billie Jean』は入らなかった。『Beat It』も『Thriller』も入らなかった。代わりに入ったのが『Baby Be Mine』で、1位は『HIStory』。
自分でもだいぶ変なランキングだと思う。ただ、逆張りで選んだ曲は一曲もない。『Billie Jean』も『Beat It』も『Thriller』も当然好きだし、もっと下までランキングを作れば普通に入ってくる。でも10曲まで絞ってみたら、自分がMichael Jacksonの何を好きなのかが、思った以上にはっきり出た。
R&Bとしての気持ちよさ。異常なほど細かい音作り。声を歌だけでなく「音」として使う感覚。ロックでもNew Jack Swingでもインダストリアルでも、結局Michael Jacksonになってしまうジャンル横断性。そして音楽以外にも、孤独、怒り、脆さ、理想主義。世界最大級のスターになっても最後まで残っていた、妙に人間臭いところ。
Michaelのキャリア自体、ジャンル一つでは説明しづらい。GRAMMYの受賞歴だけ見てもポップ、R&B、ロック、映像など複数分野にまたがっている。だからこれは「Michael Jacksonの歴史的に重要な曲TOP10」ではなく、自分にとってのTOP10。
10位から……と言いたいところだけど、その前に一曲だけ語らせてほしい。
番外編 Behind the Mask (Mike's Mix / Demo)
ルール上は失格だけど、語らせてほしい。
本当はこの曲を10位にしたかった。でも今回は基本的にMichaelが生前に完成作品として発表した曲から選ぶことにしたので、デモであるこの曲は除外した。ただ、ランキングから消したからといって、語らないとは言っていない。むしろ語りたい。
原曲はYMOの『BEHIND THE MASK』。Michaelは『Thriller』制作期にYMOの原曲を聴き、歌詞とメロディーを加えてデモを制作した。しかもSony Musicによれば、そのデモをQuincy Jones、Rod Temperton、Greg Phillinganesらに聴かせた際には、『Billie Jean』『Beat It』『Wanna Be Startin' Somethin'』のデモも一緒だったという。結局、権利面の合意に至らず『Thriller』には入らず、オリジナル・デモが公式に世に出たのはなんと2022年の『Thriller 40』だった。
つまり、これを1982年に『Thriller』へ入れようとしていたということになる。
まず好きなのがビートのトリッキーさ、特にサビ。「ビート変わった?」と思うくらい流れが変わる。露骨に全部をひっくり返したわけでもないのに、いつの間にか身体が感じている重心が違う。これはYMOのプロダクションの凄いところだと思う。
そのテクノの上にMichael Jacksonが声を乗せると、急にR&Bになる。これが本当に不思議。電子音、反復、機械的な声、無機質なトラック——そこにMichaelが入った瞬間に体温が現れる。機械の声とMichael Jacksonの声は異質なのに、なぜかまとまっている。テクノだった曲が、Michaelの声一つでR&Bへ引っ張られる。Michaelがジャンルを移動したというより、ジャンルの方がMichaelへ引っ張られているように聞こえる。
しかも1982年。『Thriller』にこれが入っていた世界線もあったと考えると、めちゃくちゃ面白い。
冷たいのに温かい。機械なのに人間臭い。異質なのに気持ちいい。自分がMichael Jacksonの音楽で好きな要素が、デモの時点ですでにかなり入っている。
だからルール上は失格。好き度では普通にTOP10です。
10位 Man in the Mirror
まず言いたいのは、言ってることが正論すぎて、ぐうの音も出ないということ。
世界を変えたい、世の中を良くしたい——だったらまず自分から変われ、鏡の中の人間から始めろ。はい、おっしゃる通りです。まっすぐすぎてダメージを食らいそうになる。
でも『Man in the Mirror』がただの標語にならないのは、ストーリーテリングがあるからだと思う。街で困窮する人を見て、その光景から自分自身へ視線が戻り、「まず自分を変えよう」にたどり着く。情景が浮かぶから、世界平和みたいな大きな話が自分の問題として飛んでくる。
ちなみに作詞作曲はMichael本人ではなく、Siedah GarrettとGlen Ballard。プロデュースはQuincy JonesとMichael Jacksonだった。それでもMichaelが歌うと本心っぽい。ここが大きい。書いていないのに、「この人、本当にそう思ってるんだろうな」と思わせる。歌唱力とはまた別の説得力がある。
1988年のGRAMMYでは『The Way You Make Me Feel』から『Man in the Mirror』へと続くパフォーマンスがあった。Recording Academy自身も、このパフォーマンスをMichaelの伝説的なGRAMMY出演として振り返っている。実はMichaelがGRAMMYのテレビ放送でパフォーマンスしたのはこれが唯一だった。
後半、全身で歌い、ゴスペルと一体化し、叫び、膝から崩れ落ちる。痛そうなくらい。あれだけ全身で歌われると、「まず自分から変わろう」という言葉が単なる綺麗事には聞こえなくなる。歌詞を書いたのは別人なのに、完全にMichael Jacksonの歌になっている。
鏡を見るたびに若干気まずくなる曲、10位。
9位 Baby Be Mine
『Thriller』からTOP10入りしたのは、『Billie Jean』でも『Beat It』でも『Thriller』でもなく、『Baby Be Mine』。理由はかなりシンプルで、『Thriller』の中で一番R&Bしてる曲だと思う。
まずベースラインが気持ち良すぎる。実際クレジットを見ると、ベースはBrothers JohnsonのLouis Johnson。ドラムはNdugu Chancler。Greg Phillinganes、Michael Boddicker、David Paichらがシンセ/鍵盤を担当し、Jerry Heyによるホーン・アレンジも入る。Rod Temperton作、Quincy Jonesプロデュース。自分がこの曲で好きだと言っていたものが、本当に一流ミュージシャンを大量投入して作られていた。そりゃ気持ちいい。
特に好きなのがサビのシンセサイザー。神。クラシックなホーンがいる一方で、シンセが1980年代の新しいR&Bへ連れていく。古いものと新しいものが自然に同居している。
そして音の立体感。ベースだけ追ってもいい。ホーンだけ追ってもいい。シンセだけ追ってもいい。Michaelの声だけ追ってもいい。どこを聴いても楽しい。
その複雑なトラックに対して、歌詞はドストレート。Baby, be mine. 以上。でも、それがいい。
若いMichaelの声もベストマッチ。後年の力強く、時には攻撃的になるMichaelではなく、『Off the Wall』から『Thriller』あたりの柔らかくて軽い声。それが、この曲のR&Bに完璧にハマる。
しかも『Baby Be Mine』は『The Lady in My Life』と並んで、『Thriller』収録曲の中で当初シングルにならなかった2曲の一つだった。世界中が『Billie Jean』を選ぶなら、それでいい。自分はこっち。R&Bとして、ただひたすら気持ちいい。9位。
8位 Smooth Criminal
まず、『Al Capone』からの進化具合がすごい。制作途中のアイデアから『Smooth Criminal』まで持っていく過程を見ると、Michaelが「思いついた曲を作る人」というより、一つのアイデアを執拗に磨く人だったことが分かる。
個人的には呼吸音が入っているバージョンが好き。あの息遣いがあることで緊迫感が全然違う。というかこの曲、歌詞や声すら楽器として使っている。短く切る声、息、叫び、子音、フレーズ——全部ビートに組み込まれている。Michael Jacksonは「歌の上にリズムがある」のではなく、本人までリズムの中に入る。
ベースラインも良すぎる。『Baby Be Mine』が身体を気持ちよく動かしてくれるベースなら、こっちは何かに追われている感じで、ずっと緊張が解けない。1987年当時のLos Angeles Times評も『Smooth Criminal』を「stuttering rocker」と表現し、『Billie Jean』を思わせる高いダブルトラック・ヴォーカルにも触れていた。評価自体は必ずしも絶賛ではなかったのが、逆に面白い。自分が好きなのはまさに、そのカクカクした異様なリズム感なのだと思う。「こういう歌い方もできるんだ」と初めて聴いた時に思った。
そして映像。ここまで来るともはや曲だけの話ではない。アンチグラヴィティダンスのアイコニックさは、自分の中ではムーンウォークと同等、下手したらそれ以上。さらに異常なのが、衣装を見ただけで曲名が分かること。白いスーツ、青いシャツ、フェドラ——はい、『Smooth Criminal』。普通なら「Michael Jacksonっぽい衣装」で終わるところを、この曲は一着の衣装が一曲を指すところまで行っている。
音楽、声、ダンス、衣装、映像。全部が一つの記号になっている。Michael Jacksonが「歌手」ではなく、一曲丸ごと世界観を作る人なんだと一番分かる作品。8位。
7位 Dirty Diana
最初はちょっとMichaelらしくない。暗くて重くて、じっとりしている。『Beat It』みたいに最初から爽快なハードロックではなく、ずっと嫌な湿度がある。
ところがサビに入ると大爆発する。そこまで溜めていたものをMichaelが全部吐き出す。
ギターも意外とテクい。弾いているのはBilly Idolとの仕事でも知られるSteve Stevens。当時のLos Angeles Timesは『Dirty Diana』を「今年の『Beat It』を狙った」ハードロック曲として評し、Steve Stevensのギターソロにも触れている。でも自分には、『Beat It』よりもっと湿っぽく聞こえる。
特に好きなのがサビ前。Michaelが言葉を一気に畳みかけ、感情を限界まで持っていって、サビへ。そして涙声になる。綺麗に歌うだけでは出ない感情がある。Michaelの表現力の恐ろしさは、こういうギリギリの感情を歌わせた時に現れる。
内容も、自分の中では第二の『Billie Jean』だと思っている。危険な女性、スターである自分へ近づいてくる存在、その関係に振り回される主人公。実はこの「Billie Jeanとの近さ」は自分だけの感覚でもないらしく、当時の批評でも『Billie Jean』的な性的な不安と『Beat It』的なハードロックの要素を組み合わせた曲として捉えられていた。おお、やっぱそう聞こえるよな。
ただし『Billie Jean』が冷静に距離を取ろうとしているように聞こえるのに対して、『Dirty Diana』は本人まで感情に巻き込まれている。湿っていて、危なくて、生々しい。最後にはMichaelもギターも全部爆発する。
だから自分がロックMichaelから選ぶなら、『Beat It』よりこっち。ロックとして格好いいだけじゃなく、感情がある。7位。
6位 Speechless
Your Love Is Magical, That's How I Feel…
この曲については、変に人生論を持ち込まなくていい。理由はシンプルで、圧倒的歌唱力。
声だけで始まる。徐々に音が増え、オーケストラが入る。そしてラスサビは波のように転調しながら押し寄せてくる。来る、また来る、さらに上へ行く。Michaelの声がオーケストラに負けない。むしろオーケストラの方を引っ張っていく。あれだけ巨大になった後、最後はまたアカペラ。結局、一番すごい楽器はMichael Jackson本人でした。
制作背景を調べると、これがまた面白い。Michael本人によれば、『Speechless』が生まれたきっかけはドイツで子供たちとやった水風船合戦。楽しくて、そのまま家の上階へ走って行って曲を書いたという。本人も、こんなロマンチックな曲のきっかけが水風船合戦なのを面白がっていたし、『Invincible』の中でもお気に入りの一曲だったという。壮大なラブソングのきっかけが水風船。なんでやねん。でもMichaelらしい気もする。
オーケストラのアレンジ/指揮はJeremy Lubbock。Andraé Crouch Singersも参加。そしてBruce Swedienによれば、冒頭と最後をアカペラにするのはMichael自身のアイデアだった。ここが大事で、最新鋭の音作りが目立つ『Invincible』の中で、Michaelが最終的にやっていることが「最初と最後、俺の声だけでいい」なのだ。当時最高クラスの制作環境を使ってR&Bを作り込んだアルバムの中に、ほぼ裸の声から始まる曲を置く。そして成立させる。
Michael Jacksonの歌唱力を一曲で見せろと言われたら、候補に入れたい。6位。
5位 Rock with You
ここまで思想、音作り、表現力、実験性と色々語ってきた。でもこれはシンプル。心地よさに全振り。
軽いドラム、浮遊感のあるコード、滑らかなグルーヴ、ハモリ、若いMichaelの柔らかい声。全部がちょうどいい。
『Rock with You』を書いたのはRod Temperton。Quincy JonesはHeatwaveでのTempertonの仕事を評価して彼を起用し、『Off the Wall』ではこの曲を含む複数曲を採用した。つまり後に『Thriller』まで書く男とMichaelの組み合わせが、すでにここで完成しかけている。
でも、自分が好きなのは歴史的背景より、なんかいいことが起きそうな感じ。夜に踊りながら聴いてもいいけど、自分には朝もある。休日、ちょっと遅く起きて、シャワーを浴びて、サンドイッチを持ってそのままビーチへ行く。天気がいい。今日は何をするか決めてない。なんか今日、いいこと起きそう。そんな感じ。夜のディスコと休日の海へ向かう朝、全然違う景色なのにどっちにも似合う。
Michaelには世界について考えさせる曲もあるし、孤独を歌う曲もあるし、怒る曲もある。でも、何も考えず音に身体を預ければそれだけでちょっと幸せになれるMichaelもいる。その最高峰。5位。理由は気持ちいいから。
4位 Who Is It
まず、例のインタビュー。1993年のOprah Winfreyとのインタビューで、Oprahに促されるとMichaelがその場で『Who Is It』をビートボックスし、そのまま歌い始める。実際、この即興的な実演は当時のインタビュー記録にも残っている。あれを見ると、人間の口から『Dangerous』の音が出てる、と思う。完成音源のビートがMichaelの歌に「付いている」のではなく、Michaelの頭の中では声とリズムが最初から一緒に鳴っているように見える。
曲自体はNew Jack Swing。重すぎるベース、シンプルな構成、暗くてガチ鬱感がある。『Who Is It』はMichael自身が作詞作曲し、Bill Bottrellと共同プロデュースした曲で、歌詞の中心にあるのは恋人に裏切られた男の絶望だ。要するに失恋。なのにMichael Jacksonが失恋すると、こんな音になる。
ピアノ一本で泣いたりしない。重いベース、硬いビート、息、短く切った声、叫び、コーラス、全部乗せる。『Smooth Criminal』でも思ったけれど、Michaelにとって声は「歌詞を伝える道具」だけではなく、完全に楽器。『Who Is It』では、それを暗い方向へ最大限使う。シンプルで重くて暗いのに、どこを切ってもMichael Jackson。失恋ものでもMJサウンドは健在。
普通の人なら「彼女に振られました。悲しいです」で終わるところ、Michael Jacksonは低音とビートと声で巨大建築物を建ててしまう。4位。
3位 Heal the World
これは、Michael Jacksonの思想そのもの。世界をより良い場所にしよう、子供たちのために、人種も国籍も関係なく、みんなで。文字だけにすると壮大すぎる。普通の大人が真正面から歌ったら、下手したら綺麗事になる。これを成立させられるのは、子供向けの歌か、Michael Jacksonくらいだと思う。
なぜMichaelなら信じられるのか。やっぱり本人の行動がある。Michaelは1992年にHeal the World Foundationを設立。Dangerous World Tourの収益の一部も財団へ回し、支援活動を行った。Guinness World Recordsには、2000年時点でMichaelが39の慈善団体を支援していた記録も残っている。だから「世界を良くしよう」と言われても本心っぽい。『Man in the Mirror』と同じで、この人、本当にそう思ってるんだろうな、と感じさせる。
この曲を考える上でめちゃくちゃ面白い心理学研究もある。心理学者Tobias Greitemeyerは、向社会的な歌詞を持つ音楽が人の援助行動などに影響するかを実験している。その研究の一つでは、音楽を聴いた後、実験協力者が参加者の前で鉛筆を落とす。すると、向社会的な歌詞を聴いていた参加者の方が、より多く助ける行動を示した。つまり少なくとも実験環境では、「いいことしようぜ」という歌を聴くと、本当にちょっといいことをする人が増えた。これ、えぐくない?
もちろん「Heal the Worldを一回聴けば善人になります」なんて話ではない。でも自分にはめちゃくちゃ納得できる。だって、この曲を聴くと本当にちょっといいことしようと思うもん。
音楽で世界平和を歌う人はいくらでもいる。でもMichaelの場合、その歌を聴いたこっちまで少し行動を変えたくなる。そして聴いているうちに、いつの間にか人類全体の話になっていて、気付いたらMichael Jacksonの兄弟になってる。うれしい(笑)。
でも、ここが好きなのだ。世界的スターが上から「お前ら、世界を良くしろ」と言っているように聞こえない。自分も一緒にやるから、みんなでやろう、に聞こえる。Michael Jacksonが最後まで捨てなかった理想主義。3位。世界を変える歌というより、聴いた人をほんの少し「世界を良くする側」に動かす歌。
2位 Stranger in Moscow
Michael Jacksonが人生で最も孤独だったであろう時期に、こんな寂しい曲を作られたら、刺さらない方がおかしいまである。
しかもこの解釈、本人の話を調べるとかなり近い。『Stranger in Moscow』は1993年、Dangerous World Tourでモスクワを訪れていた時期に書かれた。Michael自身も後に、ホテルの外には大勢のファンがいるのに、自分は部屋の中で強烈な孤独を感じていたという趣旨の説明をしている。これ、まさにそれやん。
この曲は派手ではなく、むしろ驚くほどシンプル。同じようなビートが淡々と、でも畳みかけるように繰り返される。大きな展開で「ここ悲しいですよ!」とはやらない。だからこそ、抜け出せない孤独そのものに聞こえる。同じ道を歩く。また同じビート。景色が変わらない。また歩く。その反復が、心情そのものになっている。
一番好きなのが、「人はいるのに、誰とも通じ合えない」という状態を、モスクワにいる異邦人として描いたこと。詩的すぎる。Michael Jacksonほど人に囲まれていた人間もそういない。外へ出ればファンがいて、何万人もの観客が名前を叫ぶ。世界中に自分の顔を知っている人がいる。なのに、孤独。Michaelは2002年のインタビューでも、家が人でいっぱいでも内面では孤独になれる、と話している。つまり、誰よりも人に囲まれているのに、Stranger。
だから自分には、この曲の「Moscow」は地名だけには聞こえない。孤独そのものの名前。冷たくて遠い、知らない場所。周りには人がいるのに、自分だけがそこに属していない。しかもミュージックビデオまで、Michaelを含む複数の人物が人混みの中で孤立している構成になっている。やっぱりこの曲は「一人でいる」というより、人の中で一人になる曲なんだと思う。
『Who Is It』にも暗さはあるし、『Dirty Diana』にも苦しさはある。でも『Stranger in Moscow』は違う。怒る元気すらなくなったような寂しさを、シンプルな反復で表現する。寂しいから寂しい曲を作った、では終わらない。寂しさそのものを音の構造にしている。
世界で最も有名な人間が歌う、「自分は異邦人だ」。そりゃ刺さる。2位。
1位 HIStory
はい、こいつです。Michael Jacksonの曲から一曲だけ選べと言われたら、『HIStory』。もはや曲というより芸術。
たぶんMichaelファンからすると「なんでやねん」と思われるかもしれない。でも、自分にはこれが一番Michael Jacksonらしい。というより、「マイケルらしさって何?」への答えが、この曲。
まずイントロからおかしい
普通、イントロは曲への導入である。『HIStory』の場合、曲が始まる前からHIStoryが始まっている。歴史上の出来事、人物、日付、実際の音声——そういう断片がコラージュされていく。Martin Luther King Jr.をはじめとした歴史上の人物の声が現れ、終盤にはApollo 8のメッセージや、Thomas Edison、Rosa Parks、Berlin Wallなど、さまざまな歴史上の出来事・人物を示す音声が連なっていく。一人のポップスターの曲を始める前に、まず人類史を置く。スケールどうなってんねん。
そして音楽が入ってくる。これが凱旋パレードみたいに壮大。「これから一人の男について歌います」という音量ではなく、国家行事でも始まりそうな鳴り方をする。でも、そこで語り始めるのはMichael自身の物語。子供の頃から何を信じていたのか、何を目指していたのか、どう扱われてきたのか。しかも面白いのが、自分自身の人生なのに三人称的に一歩引いて描いていること。Michael Jackson本人が「歴史上のMichael Jackson」を眺めているように聞こえる。
さらにイントロには、幼いMichael自身が「自分が歌うことは、本当にそう思っていること。そう思っていなければ歌わない」という趣旨で語った1970年のインタビュー音声まで組み込まれている。その直後に続くのは、1940年、当時まだ14歳だったPrincess Elizabethが「今日の子供たちが、明日の世界をより良く、幸せな場所にしていく」という趣旨で語った音声だ。
ここがえぐい。Michael自身が子供の頃に「本心でなければ歌わない」と語った言葉を、大人になった自分の曲の冒頭に置く。そしてその先で『Man in the Mirror』や『Heal the World』のような曲を本当に歌ってきたことを考えると、あの理想主義もただの綺麗事には聞こえなくなる。子供の頃の自分の声と、歴史上の「子供たちが未来を良くする」という言葉を並べて、自分がこれまで歌ってきたことへ繋げている。
『Man in the Mirror』、『Heal the World』、『HIStory』。全部同じ場所につながっている。ここまで、ほぼイントロ。えぐい。
インダストリアル → ストリングス → 神メロディー → 一回壊す
本編は硬いインダストリアルなビート。その上でMichaelは、綺麗なメロディーを朗々と歌うのではなく、言葉をビートへ叩き込むように歌う。ほとんどラップ。ところが途中からストリングスが入ると、急に普通に歌い始める。そこから声が上へ行き、ファルセットになる。一曲の中でMichaelの声の役割が次々変わる——ラップ的な声、歌声、素晴らしいメロディー。Michael Jacksonという楽器の音色を切り替えている。
そして気持ちよく2番へ行くかと思ったら、ピッチが外れたような歪な音で一回壊す。そこから次へ。壮大、硬い、美しい、歪む、また壮大。普通なら統一感がなくなりそうなのに、不思議と全部まとまっている。Behind the Maskでも感じたけれど、自分はたぶん、異質な音同士が一曲の中で成立している音楽にかなり弱い。
しかも制作陣を見ると、MichaelだけでなくJimmy Jam & Terry Lewisが関わっている。Jimmy Jamは近年のインタビューでも、『Scream』『Tabloid Junkie』とともに『HIStory』のタイトル曲をMichaelと制作した曲として振り返っている。つまり、あの時代の最先端R&B/ポップ・プロダクションの感覚まで持ち込んで、人類史について歌っている。何なんだこの曲。
1番は「個人」、2番は「世界」
変化するのは音だけじゃない。1番は個人の話。Michael自身、信条、人生、苦難。ところが2番では視点が外へ開き、世界の話になる。泣いている人、苦しんでいる人、子供たち、社会、人類。イントロで人類史を置き、そこから個人史へ寄り、そして再び世界へカメラを引く。つまり、タイトルだけが『HIStory』なんじゃない。曲の構造そのものがHIStoryしている。しかも、1995年です。何やってんねん。
「戦う人」に惹かれていたんじゃないか
ここからは完全に自分の解釈。Michaelが軍事的なイメージを好んでいたことは、衣装を見ても分かる。軍服、勲章、直線的なシルエット。もちろん、それだけでMichaelの思想を断定することはできない。でも自分には、Michaelが「軍事」そのものというより、信条のために戦う人というイメージに惹かれていたように見える。だからこの曲の "Every soldier dies in his glory" が妙にMichaelらしく感じる。Michaelはたぶん、信じるもののために命を懸けられる人間を格好いいと思っていたんじゃないか。そんな気がする。
そしてそれは、曲そのものにも重なる。苦難がある、傷つく、批判される。それでも進め、自分の意思を持て、自分の歴史を作れ。ものすごく勇ましい。
散々鼓舞した結果、「世界中で仲良くしよう」
戦え、立ち上がれ、信念を持て、歴史を作れ、英雄、兵士、征服、自由——ここまで勇ましい言葉を並べた先で、最終的に出てくるのが "Let's harmonize all around the world." なのだ。結局、仲良くしようなんかい。でも、そこがめちゃくちゃ好き。戦うこと自体が目的ではなく、強くあれ、信念を貫け、でもその力で最終的に目指すものは調和。
『They Don't Care About Us』では怒る。『Scream』では叫ぶ。『HIStory』では立ち上がれと鼓舞する。でもこの人が最後に行きたい場所は、結局『Heal the World』と同じ。これがMichael Jacksonの面白いところだと思う。音はどんどん攻撃的になっていく——インダストリアル、サンプリング、硬いドラム、叫び声。『Off the Wall』の頃とは全然違う。でも、思想の根っこは意外と変わっていない。世界を良くしたい、人間同士で調和したい、子供たちにはより良い未来を残したい。嫌なことがあっても、最後までマイナスに振り切らない。だから『HIStory』は攻撃的なのに、最後には優しい。この矛盾がMichael Jacksonそのものに思える。
この人、自分が後世でどう扱われるか分かってたんじゃないか
今『HIStory』を聴いていると、時々ちょっと怖くなる。この人、1995年の時点ですでに自分が後世でどう扱われるのか分かってたんじゃないか。もちろん、本当に未来が見えていたなんて話ではない。でも視点がおかしい。Michaelは1958年生まれだから『HIStory』発売時はまだ36歳。キャリアの最後に人生を総括している老人ではない。それなのに、自分自身をすでに「歴史」の側から見ている。人類史の出来事を並べ、その中に自分の物語を置き、自分の人生を一歩引いた視点から語る。普通ならとんでもない自意識に見える。でもMichael Jacksonの場合、困ったことに実際に歴史になってしまった。
今の自分たちは、『Thriller』が何を変えたか、『Billie Jean』が何を変えたか、Motown 25がどうだったか、ムーンウォークがどうだったか、MTVをどう変えたか、ミュージックビデオをどう変えたか、ダンスに何を残したか、後世のアーティストに何を残したか——そんな話をしている。Recording Academyの現在のMichael紹介でも、ミュージックビデオを物語表現へ拡張したこと、Motown 25でムーンウォークを世界へ広めたこと、MTVにおける人種的障壁を破ったことなどが、その遺産として挙げられている。完全に、音楽史の人。
だから現在『HIStory』を聴くと奇妙なことが起きる。Michael Jacksonが1995年に作った「自分と歴史についての曲」を、本当に歴史上の人物になったMichael Jacksonについて聴いている。リリース当時よりタイトルが重くなっている。HIStory。History。HIS Story。ちょっと怖い。
しかも「俺は歴史になった」で終わらない
これだけ壮大なことをやっておいて、Michaelは「俺を見ろ」だけで終わらない。今度はこちら側へ投げてくる。"Every day, create your history." 毎日、自分の歴史を作れ。自分はやった、だからお前もやれ。進め、信念を持て、苦難に負けるな。そして最後には、世界中で調和しよう。
イントロでは過去を見る。1番ではMichael自身を見る。2番では世界を見る。最後には、聴いている自分たちの未来を見る。個人史から人類史へ、人類史から未来へ。スケールがデカすぎる。しかもアウトロではApollo 8のクルーによる地球へのメッセージまで登場する。最後には視点が地球の外まで行く。もう笑うしかない。
結局、なぜ『HIStory』が1位なのか
ここまで書いて、ようやく分かった。このランキングで自分が好きだと言ってきたMichael Jacksonが、全部この曲にいる。
『Baby Be Mine』で好きな、R&Bの身体性。『Smooth Criminal』で好きな、声まで楽器にしてしまう感覚。『Dirty Diana』で好きな、感情を音に叩きつける表現力。『Speechless』で好きな、圧倒的な歌唱力。『Rock with You』で好きなグルーヴ。『Who Is It』で好きな、Michaelにしかならない奇妙な音作り。『Heal the World』で好きな理想主義。『Stranger in Moscow』で好きな、一人の人間としてのMichael。全部いる。だから1位なのだと思う。
Michael Jacksonの代表曲は?と聞かれたら『Billie Jean』と答えるかもしれない。歴史的に最も重要な曲は?と聞かれたら、また別の答えになる。一番売れた曲、一番革新的な曲、一番ダンスがすごい曲——いろんな評価軸がある。
でも、「自分が一番好きなMichael Jacksonの曲は?」なら、『HIStory』。壮大で実験的で攻撃的で優しい。未来を向いていて過去を振り返っている。個人的で社会的で、古典的なのに当時の最先端。機械的で人間臭い。矛盾だらけなのに、一曲として成立している。そして何より、Michael Jacksonにしか歌えない。
他の人がこれを歌って「毎日、自分の歴史を作れ」と言ったら、場合によっては「お前が言うんかい」となる。でもMichael Jacksonが言う。マイケルになら、言われてもいい。
最終結果
1位 HIStory 2位 Stranger in Moscow 3位 Heal the World 4位 Who Is It 5位 Rock with You 6位 Speechless 7位 Dirty Diana 8位 Smooth Criminal 9位 Baby Be Mine 10位 Man in the Mirror
番外編 Behind the Mask (Mike's Mix / Demo)
『Billie Jean』なし。『Beat It』なし。『Thriller』なし。それでも自分には、これが一番しっくりくる。
ランキングを作る前なら、「Michael Jacksonの何がそんなに好きなの?」と聞かれたら、歌、ダンス、音楽性、みたいなありきたりな答えをしていたと思う。でも10曲選んで、一曲ずつ「なんで好きなのか」を考えてみたら、少し違った。
自分が好きなのは、どんなジャンルへ行ってもMichael Jacksonにしてしまう音楽性と、世界最大級のスターになっても消えなかった、一人の人間としての理想主義。そこなのだと思う。
R&Bをやる。ロックをやる。New Jack Swingをやる。インダストリアルな音を使う。オーケストラと歌う。声だけで歌う。怒る、泣く、孤独になる、世界を良くしようと言う。それでも全部、Michael Jackson。
だから最後に一曲だけ流して「これが自分の好きなMichael Jacksonです」と言うなら、やっぱりこれ。『HIStory』。
……ということで、Sonyさん、MJJさん。レコード盤、期待してます。
