中耳炎と難聴と脳内楽器について
私は幼児のころ中耳炎に罹り、炎症が脳に達するのを防ぐために鼓膜切開の手術を受けました。そのとき片耳の聴力を失いました。幸いその後は回復して聴力が戻り、現在も耳は健康です。
幼稚園から小学校低学年の頃、母は私をヤマハ音楽教室に通わせました。鍵盤に触れ、譜面を読み、音程や和音を身体で覚える時間を重ねるうちに、私の中に「ピアノ/オルガン系の鍵盤」が組み上がっていった感覚があります。
いまでも、楽譜を見ても見なくても、頭の中で鍵盤を弾けます。旋律も和音も扱えます。これは外界の音が聞こえることと必ずしも直結しません。音は空気を震わせなくても、頭の中で成立してしまうからです。
この感覚には利点もありました。聴いた曲を楽譜に転記(耳コピ)することが得意になったのです。ただ、私は長い間「脳内楽器」は誰にでもある能力だと思っていました。ところが小中学校で音楽の成績がいつも上位で、周囲と比べて初めて「どうやら何かが違う」と感じました。
ここで、聴力を失いながらも創作を続けた音楽家がいることを思うと、私の実感は極端な話ではないのだと思えます。たとえば、スメタナは聴力を失った後も作曲を続けたとされます。ベートーヴェンも重い難聴の中で作品を書き続けました。
以上をまとめます。
(1) 小児期に音楽の訓練を積むことで、頭の中に「脳内楽器」が構成される可能性があります。
(2) いったん脳内で楽器を演奏できるようになれば、その後、仮に両耳の聴力を失っても、脳内で旋律と和音を扱えます。音楽のルールを知っていれば、作曲はできます。
母は既に他界しています。私を音楽教室に通わせた理由を、母が私に細かく説明したことはありませんでした。けれど、いま思い返すと、理解できるのです。いまはそれを母の愛として受け取っています。
