電源を使わないラジオ
✅電源を使わないラジオは、単純な電子工作の代表例だ
✅AM放送が姿を変えつつある今、その真価を考える
著:柴崎銀河
1. 空中の声を取り出す回路
電源を使わないラジオを作るには、まずAMラジオ放送を電子回路として眺めてみる必要がある。
AMラジオの電波は、音声そのものが空中を飛んでいるわけではない。高い周波数の電波に、声や音楽の波形が重ねられている。AMは振幅変調の略で、搬送波と呼ばれる電波の強弱を、音声信号に合わせて変化させる方式である。
受信機がすべきことは三つある。
(1) 空中にあるさまざまな電波の中から、目的の放送局の周波数だけを選ぶこと。
(2) その電波の強弱から、音声信号を取り出すこと。
(3) その小さな信号を、耳で聞ける振動に変えること。
これを電池も増幅回路も使わずに行うと、回路は驚くほど単純になる。
放送局を選ぶには、コイルLとコンデンサCによる同調回路を使う。コイルとコンデンサを組み合わせると、特定の周波数に反応しやすい回路ができる。コンデンサの容量を変えれば、受け取りたい周波数を動かせる。これが選局になる。
音声を取り出すには、ダイオードDを使う。AM波では、電波の細かい振動そのものではなく、その外側の形、つまり包絡線に音声信号が含まれている。ダイオードは電流を一方向にだけ通しやすいので、そこから音声の変化を取り出すことができる。
最後に、それをイヤホンで音にする。普通のスピーカーを鳴らす力はないが、微弱な信号でも高インピーダンスのイヤホンならかすかな音に変えられる。
必要なものは、アンテナA、同調用のコイルL、可変コンデンサC、検波用のダイオードD、高インピーダンスイヤホンX、そしてアースEである。
これが、いわゆる鉱石ラジオ(ゲルマニウムラジオ)の基本である。
2. 電源がないことの不思議
この回路には電源がない。
電池もない。ACアダプタもない。トランジスタによる増幅もない。受信した電波そのものに含まれるごく小さなエネルギーを、同調し、検波し、そのままイヤホンの振動に変えている。
近くに十分強いAM放送局があり、アンテナとアースの条件がよければ、空中を飛んでいる電波だけでイヤホンが鳴る。
何もないように見える空間から、声が現れる。
子どものころ、無電源ラジオというものは、今よりずっと身近な知識だったように思う。学習雑誌や電子工作の本に載っていた。電池のいらないラジオという言い方には、少し魔法めいた響きがあった。放送局が電波を出しているかぎり、こちらは電源なしでそれを受け取れる。
そう考えると、災害時にも役立つのではないか、という想像も自然に生まれる。
しかし、あらためて考えると、その想像には条件がある。
3. 簡単な回路と難しい運用
無電源ラジオは、こちら側に電源がいらないだけであって、どこでも聞こえるわけではない。
音を鳴らすエネルギーまで電波からもらうので、普通のラジオよりずっと強い電界を必要とする。市販のラジオなら聞こえる地域でも、無電源ラジオでは音が小さすぎたり、何も聞こえなかったりする。
送信所に近いこと。放送出力が大きいこと。アンテナを長く取れること。よいアースが取れること。周囲のノイズが少ないこと。イヤホンが微弱な信号に向いていること。
そうした条件がそろって、ようやく小さな声が届く。
つまり、無電源ラジオの回路は簡単だが、運用は簡単ではない。
そして、その運用条件は、いま少しずつ厳しくなっている。
4. AM中継局が停波する現実
この構成で受けやすいのは、基本的にはAMの中波放送である。FM放送ではない。インターネット配信でもない。
ワイドFMやradikoでラジオを聴くことはできる。しかし、それは無電源ラジオの原理とは別の世界にある。FMはAMのように単純なダイオード検波で音声を取り出すことが難しい。radikoには通信網と端末と電池がいる。
だから、AM放送のあり方が変わることは、無電源ラジオの意味にも直接かかわってくる。
現在、日本の民放AMラジオは、FM転換やAM中継局廃止を見据えた実証段階にある。総務省の特例措置に基づき、一部のAM中継局では長期の運用休止が行われている。
これは、AM放送全体がただちに消えるという意味ではない。大出力の親局が残っている地域もある。AMとFMを併用している放送局もある。
しかし、地域によっては、これまで近くで強く届いていたAM中継局の電波が止まりはじめている。これを停波という。
一般の聴取者にとっては、AM中継局が休止しても代替手段がある。ワイドFMで聴く。radikoで聴く。対応する受信機を用意する。スマートフォンやパソコンで聴く。
けれども、無電源ラジオはそこへ移れない。
無電源ラジオは、AM中波の強い電波に依存している。近くの中継局が止まれば、そこで受け取れていた強い電界もなくなる。市販のラジオなら遠くの親局を拾えるかもしれない。ワイドFMに切り替えられるかもしれない。radikoを開けば聴けるかもしれない。
しかし、電池を持たない小さな回路には、その逃げ道がない。
AM中継局の休止は、単に周波数表が変わるという話ではない。無電源ラジオにとっては、聞こえる可能性のある場所が減るということでもある。
5. 無電源ラジオを鳴らすのは社会である
昔の無電源ラジオは、放送インフラの厚みに支えられていた。
もちろん、当時も万能だったわけではない。長いアンテナが必要だった。アースも必要だった。音は小さく、選局も粗かった。けれども、各地にAMの電波があり、強い中波の放送が日常的に空間を満たしていた。その状態が、あの単純な回路を成立させていた。
今、その前提が変わりつつある。
現代の住宅環境も不利である。LED照明、充電器、パソコン、ルーター、家電のスイッチング電源など、室内には電磁ノイズを出すものが多い。鉄筋コンクリートの建物では電波も入りにくい。屋外に長いアンテナを張ることも、地面にしっかりアースを取ることも、昔ほど簡単ではない。
こうして見ると、難しくなったのは回路ではない。
回路図は、今も驚くほど簡単である。コイル、コンデンサ、ダイオード、イヤホン。たったそれだけで、ラジオの基本原理は見える。
難しくなったのは、その回路を鳴らしてくれる環境のほうである。
無電源ラジオは、電源を使わないから自立しているように見える。しかし実際には、強いAM電波を出し続ける放送局に深く依存している。さらに、その放送局は、送信所、電力、保守、免許、制度、地域の防災計画、経営判断によって支えられている。
小さな回路は、社会の大きな仕組みの端にぶら下がっている。
6. 放送インフラを測る小さなセンサー
無電源ラジオは、災害時に必ず役立つ万能の道具ではない。
防災用品としては、AM、FM、ワイドFMに対応した携帯ラジオ、乾電池、手回し充電器、モバイルバッテリーを用意するほうが確実だろう。特にAM中継局の休止が進む地域では、無電源ラジオだけを頼りにするのは危うい。
しかし、無電源ラジオには別の効用がある。
それは、自分の周囲にどんな電波が残っているのかを確かめる道具になることだ。
イヤホンから声が聞こえれば、そこにはまだ強いAM電波が届いている。何も聞こえなければ、回路が悪いのか、アンテナが足りないのか、ノイズが多いのか、あるいはもう近くに十分なAM電波がないのかを考えることになる。
その問いは、電子工作の外へ広がっていく。
どの放送局が残っているのか。どの中継局が休止しているのか。災害時には、どの手段で情報を受け取るのか。スマートフォンの電池が切れたとき、通信網が混雑したとき、停電したとき、自分はどの音声メディアに頼れるのか。
電源を使わないラジオは、今も美しい。
ただし、その美しさは、昔よりも少し切実になっている。空中から声を取り出すには、空中に声が満ちていなければならない。AM中継局の休止が進む現在、無電源ラジオは、便利な防災ラジオというより、放送インフラの存在を検査する小さなセンサーのようなものになっている。
机の上の単純な回路は、空の向こうの大きな仕組みに触れている。
今こそ、このラジオを作る意味がある。聞こえるかもしれないし、聞こえないかもしれない。その結果そのものが、私たちの周囲の放送環境を教えてくれるのだ。
電源を使わないラジオは、過去の趣味の工作ではない。
AM放送が姿を変えつつある今、電源を使わないラジオは、空に残された放送インフラの輪郭をなぞる、もっとも単純な回路の測定器なのだと思う。

(これは、2023年9月26日のエッセイを改稿したものです)
