怪・通りすがり・4(現る)
ここは森だけの寂しい場所。
この部屋からは、赤い光を放つ月、闇のような不気味な森しか見えない。
強い風が吹き荒れ、ガサガサと森がざわめく。
愉(さとる)は、気にすることなく寝息を立てて眠っていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
さて、これは寝る前の話である。
愉以外にも3人ほど、宿泊していた。
他の宿泊客も心霊絡みの悩みがあるのか、それを尋ねることはできなかった。が、遠方から来たのは、言葉の訛り加減で分かった。
それぞれ違う方言。
愉は、生まれも育ちも東京なので、方言にはまったく疎いのだ。
初老の女性二人は、向かい合って色々と話していた。
50代前後の男性は、食卓の一番端で、目付きの鋭い禰宜・霧島と何やら話し込んでいた。
愉は、黙々と久々の食事を摂っていた。
食事は、ご飯、みそ汁、ぶり大根と煮物、お新香で、デザートにフルーツの入ったヨーグルト。
とくに嫌いなものはなかったので、全部平らげた。
ここは、世話をしてくれる年配の女性二人がいる。それとは別に巫女さんが3人。それに宮司を入れて禰宜・霧島。若い権禰宜、3人いた。
その中に愉の世話をしてくれる権禰宜の人の好さそうな爽やかな青年がいた。
名前は、加藤。
彼は、幼少期から視える体質で、何かと視えない家族たちを困らせていたと言う。
みんなが視えないと分かると、自分だけがおかしいのだと思うようになった。
しかし高校生の時に、この神社の存在を知って、夏休みにここを訪ねた時、初めて自分を認めてくれる人達との出会いがあり、ここが自分にとっての救いの場所になったと、そう教えてくれたのだった。

加藤は、愉の部屋で黙って布団を敷いた。そして枕もとに、入院した際によくあるナースコールのブザーを置いた。
「何かあったら、これで僕を呼んで下さい」という。
愉は「ああ、頼むよ」と苦笑いをした。
加藤は「それじゃ、おやすみなさい」と、部屋をあとにした。
愉は、ベルを見つめていた。
” 心もとないな~。光咲(妻)が隣に寝ていた時は、すぐに体を揺さぶり起こしてくれた。それで金縛りが解けたものだが、まぁ、役に立てばいいな ” と、まるで他人事のようだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
時刻は二時過ぎ。丑三つ時である。
愉は、寝ていると急に耳鳴りがし、それは次第に大きくなり、耐えられなくなった。
きぃーーーーーーーーーーーーーーーん
それはまるで、楽器のチューニングで使う音叉のような高音が耳に付く。
「う、・・・う、ううん」と、思わず頭を振るが、音は消えない。
真っ暗な部屋。
自分以外誰もいない部屋なのに、焦げ臭い匂いが鼻に付く。
この臭いは、怨霊の匂い!
そして、体が硬直して動けない。しかし指はかろうじて動く。
” 動け、動いてくれ、・・・頼む ”と、心の中で叫ぶ。
頭の中に加藤に渡されたブザーを思い出したが、体がどうにも動かすことができない。
ナースコールに何とか手を伸ばそうとするが、焦るばかりで、少しでも動くか、試みる。
「はっ!」と気が付くと、首にひんやりとした感覚。
愉の意識は、覚醒しており、はっきりと自分の首を絞める男の腕が視えるのであった。
地獄から這い出て、黒い冷気を纏った腕が愉の首をきつく締める。
「うう~、・・・うっ、ううっ・・・」
やめろ!やめろ!・・・やめてくれ!と、声にならない心の声を漏らすが誰にも届かない。
ナースコールが・・・。
怨霊の手は、緩めることを知らず、愉の首を殺さんばかりに締め付ける。
もう、息が、・・・助けてくれ・・・。
苦しむ愉の意識は次第に薄れていく。
光咲・・・みさき・・・
瞼の裏では、妻・光咲の姿を思い浮かべる。
つづく。

