「犯人は誰だ」では終わらない。ドラマ『犯罪者』が突きつける、もっと厄介な問い
いや、これは面白い。
面白いのだが、ここで言う「面白い」は、休日にソファへ寝転がり、片手でスマートフォンをいじりながら気楽に消費できる、という意味ではない。
むしろ逆だ。
観ているあいだ、こちらの肩にはずっと力が入っている。画面の隅に映り込んだ人物、何気なく発せられたひと言、ニュース映像の片隅にある情報まで、すべてが後々こちらの首を絞めてくるのではないかと思えてしまう。
Prime Videoで配信中のドラマ『犯罪者』。太田愛の同名小説を原作に、映画『エゴイスト』『ハナレイ・ベイ』の松永大司が全7話を監督。脚本は『相棒』『科捜研の女』シリーズで知られる櫻井武晴、音楽は川井憲次。高橋一生、斎藤工、水上恒司がトリプル主演を務めるクライムミステリーである。
物語の発火点となるのは、白昼の駅前広場で起きた無差別殺傷事件だ。
犯人は死亡。事件は終わった。
普通なら、そういうことになる。
ところが、ただひとり生き残った青年・繁藤修司は、病院で見知らぬ男から「あと10日生き延びれば助かる」と告げられ、さらに正体不明の暗殺者から命を狙われる。彼を救った刑事・相馬亮介と、相馬の旧友で元テレビマンのフリーライター・鑓水七雄。出会うはずのなかった三人が、通り魔事件の背後に潜む巨大な構造へ踏み込んでいく。
導入だけを聞けば、かなり強度の高い「巻き込まれ型サスペンス」である。
残された時間は10日。誰が味方で、誰が敵なのかも分からない。警察さえ信用できない。とにかく逃げながら謎を解け――という、いわばノンストップ・スリラーの王道だ。
しかし本作の本当に恐ろしいところは、その王道のフォーマットを使って、観客をもっと大きく、もっと逃げ場のない場所へ連れていく点にある。
最初は、一人の殺人犯をめぐる物語だと思っていた。
だが話が進むにつれ、事件を生み出したものが、一人の異常者の殺意では説明できないことが見えてくる。企業、行政、政治、メディア、警察、世論。責任を細かく切り分け、別の部署へ送り、最終的に誰も責任を取らないための巨大な装置。
つまり本作が描いているのは、悪人が悪事を働く話というより、ごく普通の人間たちが、それぞれの場所で少しずつ目をそらすことによって、取り返しのつかない悪が完成してしまう話なのだ。
ここが、うまい。
そして、痛い。
「犯罪者」とはいったい誰なのか
考えてみれば、『犯罪者』というタイトルは、いささか素っ気ない。
書店や配信画面で目にしたとき、もう少し具体的で派手なタイトルをつけられなかったのか、と思う人もいるかもしれない。
だが物語が進むほど、この曖昧さが効いてくる。
犯罪者とは、駅前で刃物を振り回した男なのか。
人を殺す暗殺者なのか。
不都合な事実を隠す企業なのか。
認可を与えた政治家なのか。
命令に従うだけの組織人なのか。
あるいは、薄々おかしいと感じながらも、自分には関係がないと画面を閉じる我々なのか。
この作品は「真犯人は誰だ」というミステリーの問いを、少しずつ「犯罪を成立させたのは誰だ」という社会の問いへ変形させていく。
犯人を一人に決めてしまえば、観客は安心できる。
悪い人間を逮捕して、事件は解決。自分は善良な市民の側に立ったまま、エンドロールを迎えられる。
だが『犯罪者』は、その安全地帯をなかなか用意してくれない。
悪は特別な人間の顔をして現れるとは限らない。立派な肩書きを持ち、正しい手続きを踏み、笑顔で会議に出席しながら、人は誰かの人生を破壊できる。
しかも本人は、自分が犯罪者だとは夢にも思っていない。
その無自覚こそが、このドラマにおける最大の恐怖なのである。
三人の主人公は、三種類の「正しさ」でできている
そして本作を単なる告発ドラマに終わらせていないのが、相馬、鑓水、修司という三人の配置だ。
高橋一生演じる相馬は、誠実であるがゆえに組織から浮いてしまう刑事だ。
こういう人物は、一歩間違えると「融通の利かない正義漢」になりかねない。ところが高橋一生は、相馬の正しさを声高な使命感ではなく、半ば体質のようなものとして表現している。
見過ごせない。
納得できない。
だから動く。
本人にとっては英雄的な決断ですらなく、そうする以外に自分を保つ方法がないのだろう。目線の動き、返事をするまでの一拍、相手を責めるのではなく自分の内部へ怒りを沈めていくような表情。高橋一生の芝居は、小さな反応の一つひとつによって「誠実さに取り憑かれた人間」を立ち上げている。
一方、斎藤工演じる鑓水は、知識と経験によって世界のからくりを見抜こうとする男だ。
正義を無邪気に信じてはいない。権力も、報道も、善意も疑う。
だが、すべてを疑っているように見える人間が、実は誰よりも「真実には意味がある」と信じている。この矛盾を、斎藤工が実にいい温度で演じている。
熱血ではない。
冷血でもない。
世界に失望するだけの理由を持ちながら、完全には見捨てられない。
その乾いた佇まいが、相馬の生真面目さとも、修司の切迫感とも異なるリズムを生み出す。
そして水上恒司演じる修司は、三人のなかで唯一、事件を「調べる側」ではなく、事件によって人生を破壊された側にいる。
彼にとって真相は、知的好奇心の対象ではない。自分がなぜ生き残り、なぜ追われ、なぜ他の人々が死ななければならなかったのか。その理由を知らなければ、明日を生きることさえできない。
水上恒司は、修司の恐怖や怒りを単純な絶叫で表現しない。
何が起きているのか理解できない顔。
誰かを信じたいのに信じきれない身体。
命を狙われている状況で、それでも他者を放っておけない瞬間。
若さゆえの危うさと、傷ついた人間が持つ妙な頑固さが同居している。
相馬が「倫理」、鑓水が「知性」、修司が「当事者の痛み」を担っているとするなら、この三人は単なる捜査チームではない。
真実へたどり着くために必要な三つの力そのものなのだ。
派手に撮らないからこそ、暴力が怖い
松永大司監督の演出も、本作の重要な魅力だ。
『エゴイスト』などで、人間同士の距離や、言葉にならない感情の揺れを見つめてきた松永監督にとって、本作は初のクライムミステリーだという。
そのためか、『犯罪者』のサスペンスは、ジャンル作品としての派手さを持ちながら、人物の身体感覚を決して置き去りにしない。
誰かが追われている。
誰かが殴られる。
誰かが殺されるかもしれない。
しかしカメラは、暴力を気持ちよく見せる方向へ安易に走らない。
殴られた身体は痛い。
逃げ続ければ息が切れる。
恐怖を経験した人間は、事件が終わった瞬間に平常へ戻れるわけではない。
当たり前のことなのだが、多くのサスペンス作品が展開の速度と引き換えに省略してしまう、その当たり前を本作は丁寧に拾っていく。
だから暴力が記号にならない。
「次のアクションシーン」ではなく、人物の人生に残る傷として画面に刻まれる。
そして、その生々しさがあるからこそ、企業や政治をめぐる一見抽象的な話が、最後には一人ひとりの身体へ戻ってくる。
数字の向こうに人間がいる。
被害者数の一人ひとりに、その後の人生がある。
おそらく『犯罪者』が最も怒っているのは、その当然の事実を「コスト」や「リスク」や「仕方のない犠牲」という言葉で処理してしまう態度なのだ。
社会派ドラマでありながら、説教になっていない
企業の隠蔽、政治との癒着、報道の責任。
題材だけ並べれば、かなり重い。
しかも、こうしたテーマを扱う作品は、作り手の問題意識が前に出すぎると、登場人物が主張を運ぶための人形になってしまう危険がある。
『犯罪者』にも説明の多い場面はある。扱う情報量が多いため、人物同士の会話がやや機能的に感じられる瞬間も、まったくないとは言えない。
だが、それでも物語が説教臭くならないのは、悪を告発すること以上に、理不尽を前にした人間が何を選ぶのかへ重点が置かれているからだろう。
逃げる者。
従う者。
告発しようとする者。
守る者。
利用する者。
沈黙する者。
同じ状況を前にしても、全員が違う選択をする。
正義の人と悪の人が、最初からきれいに分かれているわけではない。弱さから間違える人もいれば、臆病でありながら最後の最後に踏みとどまる人もいる。
高橋一生は本作について、「理不尽に立ち向かう物語」であり、さまざまな人物がそれぞれの選択をすると語っている。
まさに、その「選択」の積み重ねこそが本作の核心なのだと思う。
正義とは、心の中に立派な理念を持つことではない。
損をすると分かっている場面で、それでもどちらを選ぶのか。
その一点において、人間は試される。
残り2話。期待よりも、もはや覚悟に近い
2026年7月26日現在、『犯罪者』は第5話まで配信されている。7月31日に第6話と最終第7話が配信され、全7話が完結する予定だ。
ここまで来ると、「来週が楽しみ」という言葉だけでは少し足りない。
楽しみではある。
もちろん、猛烈に楽しみだ。
しかし同時に、あの人物たちがこれ以上ひどい目に遭うところを見たくない、という気持ちもある。
真相を知りたい。
だが、真相を知ったとき、今よりもっと救いのない景色が広がっているのではないか。
この「早く続きを見せてくれ」と「もうこれ以上進まないでくれ」が同時に存在する状態こそ、連続ドラマを追いかける醍醐味ではないだろうか。
物語は、犯人へ近づいている。
しかし、おそらく本作が最後に裁こうとしているのは、たった一人の犯人ではない。
誰かを傷つける決定をした人。
その決定を実行した人。
知っていて黙った人。
知らないふりをした人。
そして、安全な場所から事件を眺め、「自分には関係がない」と考えた人。
タイトルにある『犯罪者』という言葉の射程は、回を追うごとに広がっている。
最後には、その指が画面の向こうから、こちらを指しているかもしれない。
そんな嫌な予感がする。
そして、その嫌な予感から目をそらせない。
残り2話。
この物語がどんな答えを出すのか、楽しみで仕方がない。
いや、正確には――。
答えを見届けずにはいられない。
