短編小説『親父が俺に手渡したもの』
こんにちは、迷探偵マツです。
今日は、宵空さんの企画、「実体験した怖い話」に参加します。
メンバーの方々の実体験の記事を読んで、俺もと意気込むが、どう思い出を引っ張り出してきても、『これだ!』というものが出て来ない…
人の怨念、情念とは真逆の煩悩ばかりで生きてきたからだろうか(笑)
怖かったことで思い出すのは、大学時代のボロアパートで、エアコンも無く、網戸も無い、開けっ放しの窓から飛んできて、頭に着いた虫を振り払ったら、大きな真っ黒いゴキブリだった。
こんなことしか、思い浮かばない…
こんな俺を救ってくれたのは、MOONさんの話だ。
誰かを責めることは出来ないが、ひょっとしたことで簡単に崩れてしまう現代社会の人間関係の恐怖を浮き彫りにした話だった。
主人公の人情、機転を利かした行動に、フッと灯る優しさのギャップがたまりません。
俺の心にも挑戦の闘志を灯してくれました。
MOONさん、ありがとうございます!
違和感の記録とあるように、人生の機微に触れるお話、まだ全然読み足りてませんので、これからも楽しみです。
さて、今でも俺の脳裏にこびり付いている『この実体験』をお届けします。
『親父が俺に手渡したもの』
もう20年ほど前になるだろうか、俺は群馬県を遠く離れて、トラックドライバーをしていた時だった。
俺のガラケーに実家のお袋から電話が入った。
『マツ、お父さんが大変なんさ、赤城山で崖から落ちたんだよっ。戻って来れるかい?前橋の大学病院だよ』
お袋の涙声に、事の緊迫さがひしひしと伝わってきた。
俺の親父は、たくさんの趣味を持った遊び人だったが、中でも川釣りが大好きだった。
趣味が高じて、竿にかかった魚を川岸まで手繰り寄せて、最後にその魚をすくい上げる『タモ』と呼ばれる網を自分で手作りしていた。
その網に適した天然木の榧木(カヤの木)は、どうも山の崖とかにしか生えて無いらしい。
親父が作ったタモは、仲間内で評判が良く、人の良い親父は釣り仲間用に10個も20個も頼まれて作っていたようだ。
友達と二人で赤城山に榧木を取りに行ったが、別行動をしてて、その友達がいくら連絡しても携帯が繋がらず、また車に戻って来ないので、山のレスキュー隊を出す騒ぎになった。
携帯が繋がらなかったのは、親父は車に置きっぱなしだったからだ。
お袋がいつもこぼしていた。
「まったく、お父さんはいつも携帯を車に置きっぱなしで、携帯電話の意味がないんさ。連絡がつきゃあしないよ」
まあ、今回は意識不明の重体だったから、携帯してても無理だったようだが。
この前年、お袋が大腸癌の大手術をしており、その心労もあったのではないだろうか。
──って、今度は親父かよ…
俺は、次の日、かみさんと子供を連れて、その大学病院に直行した。
もう既に険悪な関係だったが、世話になったお義父さんの為と、快く帯同してくれた。
ガラス張りの集中治療室は、白いカーテンで何部屋かに区切られていた。

看護師さんに親父の部屋を教わり、カーテンを開けた。
全身ミノムシの様に包帯が巻かれ、顔しか出ていない。
周り中に訳の判らない機械があり、親父の身体に管が伸びている。
口には人工呼吸器の変わり果てた親父の姿…
一瞬込み上げるものがあったが、俺は落ち着いていられたんだ。
親父は、若い頃からスポーツ万能で、ぶっ飛んだばあちゃんの運動神経の良さを受け継いだらしく、サッカーとラグビーの選手を掛け持ちしていたといつも自慢されていた。
スキーも親父から教わったし、実際に小学校の運動会の父兄徒競走では、いつもアンカーで、絶対に何人かを外から捲って歓声を浴びる姿が目に焼き付いている。
「マツのとうちゃん、はぇーな、かっけーな!」
自慢の父だったし、こんなところでくたばるわけはねぇと確信してたんで、悲壮感は全く無かった。
かみさんと子供たちにも話してあったし、本人からも聞いてたんだから、同じ気持ちだったと思う。
「お義父さん、聞こえる?聞こえたら、目をパチッとして!」
「じいちゃん、また仮面ライダーで遊ぼうぜ!」
「じいちゃん、じいちゃん、大好きだから!」
その後、駆け付けてくれた叔父夫婦と一緒にドクターに呼ばれた。
よく覚えてないが、肋骨が右も左も7,8本折れて、肺に刺さってるのもあったが、運よく心臓は無傷だという。
しかし、頭も打ってるから、脳機能障害は未知数だ、確かそんな説明だったが、よく覚えていない。
──おいおい、人の肋骨って何本あるんだ、ほとんどじゃあないのか…
最後にドクターは、少し眉を寄せて険しい顔で言った。
「成功確率は、申し訳ないが、半分とまではいかないです」
ふん…..。10%もあれば、親父はそっちだぜ。
やはりだ……。手術は成功した!
俺は、この頃、お袋は抗ガン治療を続けてるし、毎週のように帰省していた。
それから2ヶ月ぐらい経ったろうか、親父は、大学病院の一般病棟を出て、リハビリ施設のある総合病院へと移された。
実家に帰って、それを聞いた俺は、その病院に見舞いに行った。
『おう、マツ、来てくれたのか!まったく、退屈で参るぜ。このまえ、勝手に出て行ったら、こっぴどく怒られてな。』
──って、相変わらずだな、病院嫌いだったっけ…
「元気そうだな、まだ車いすだし、仕方ないよ。また歩けるようになるさ!」
俺は本当にそう思っていた。
あれだけの事故から助かったんだ。
いつもの親父が、また帰ってきたんだと安心した。
看護師さんに挨拶して、俺は親父の車いすを押して、病院の敷地に散歩に出た。
外に出るとすぐに、親父が不貞腐れた顔で、こう言った。
『マツ、お母さんに言っといてくれ。電話したら、たまには来いって。電話しても全然来てくれないぜ、まったく…』
「電話?あ、病院からかけてもらってるのか?」
『携帯からかけてるよ、ほれ…』
親父がポケットから何かを取り出した。
『電話も取らねぇんだぜ…』
試してみろと言わんばかりに、それを俺に手渡してきた。
「……。って、お父さん…」
親父の真剣な顔と俺の手のひらに乗せられたものを交互に見る。
俺は、頭の中が真っ白になって、言いかけた言葉を飲み込むしか無かった。
黒い、見慣れた物体。
電気シェーバーだったんだ。
しかも手に取った瞬間、拍子抜けするほど軽かった。
電池すら入っていない、ただの固まりだ。
俺は唖然としたまま、親父にまた手渡した。
親父は、その電池もないシェーバーを耳に押し当て、
「ほら、お母さんを呼んでるだろ」
と大真面目な顔で、動かないスイッチをカチカチと押している。
体付きも、顔も、間違いなく親父だ。
なのに、その目だけは俺よりずっと幼く見え、口をとがらせて不満を訴えていた。
全身の血がスーッと引いていくのが分かった。
事故の時、医師から聞いた「脳機能障害」という言葉が、頭の中を駆け巡る。
「……そ、そうか。お母さんに言っとくよ……」
俺は、何て返せばいいんだよ…
『冗談だよ!』って笑ってくれよ、親父……
親父は、眉間に皺を寄せたまま、まだスイッチをカチカチと弄っていた。
もう親父の顔を見ることが出来なかった。
「じゃあな、また来るよ」
それだけ言って、俺は病室を出た。

どこをどう歩いたのか、覚えていない。
俺は一人、ベンチに腰を下ろし、顔を伏せてうずくまった。
俺は、その後の親父の葬儀では、もう涙が出て来なかった。
あの日、あの帰り道で、十分泣いてしまったからだろう。
今でも、あの時の親父の顔と、俺の手のひらに乗った電気シェーバーの感触を覚えている。
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