「みんながそう思っている」が、私たちの判断を変える―選挙の情勢調査がつくる「空気」とは―
投票する前から「結果」が見えてしまう
選挙は、本来、投票箱が閉まるまで結果が分からない。
一人ひとりが自分の考えで一票を投じ、その積み重ねによって結果が決まる。
ところが今は、投票する前から「だいたいの結果」が見えてしまうことがある。
選挙期間中に報道される情勢調査だ。
「A候補が優勢」「B候補は苦戦」「接戦が続いている」
こうした情報を、私たちは投票前に知ることができる。
もちろん、情勢調査を見たからといって、投票先を変える人ばかりではない。
それでも、「みんなはどう考えているのか」という情報が、自分の判断に入り込むことはある。
「この候補が優勢なら、無理に自分が応援しなくてもいいかな」
「この候補が苦戦しているなら、応援するために投票しようかな」
そんなふうに、他人の判断が自分の判断に影響することもある。
選挙は「一日」ではなく「期間」になった
期日前投票が当たり前になった今、選挙は特定の一日だけに行われるものではない。
早い段階で投票する人もいれば、最後まで考えてから投票する人もいる。
ここで気になるのが、投票するタイミングによって、知っている情報が違うことだ。
早く投票した人は、情勢が分からない段階で一票を投じる。
一方、後から投票する人は、「どちらが優勢なのか」「どの政党が伸びているのか」といった情報を知ったうえで投票する。
同じ選挙でも、投票するまでに見ている景色が違う。
情勢調査が「空気」をつくる
情勢調査は、選挙の状況を知るための情報だ。
それ自体が悪いわけではない。
ただ、「優勢」「劣勢」という言葉が加わると、単なる情報ではなくなる。
人は何かを判断するとき、すべてを自分で調べるわけではない。
「みんなはどう思っているんだろう」
「今、一番支持されているのはどこなんだろう」
そんな情報を、判断の手がかりにする。
これは選挙に限ったことではない。
口コミの多い店を選び、レビューの高い商品を買い、SNSで話題のものに興味を持つ。
私たちは普段から、「他の人がどう判断したか」を参考にしている。だからこそ、情勢調査が「空気」をつくる可能性がある。
そして、「結果を予測する情報」が、結果そのものを変えてしまう可能性がある。
ここに、情勢調査の難しさがある。
「有権者のリテラシー」だけでは解決しない
では、情勢に影響されないために、もっと政治について勉強すればいいのだろうか。
もちろん、自分で政策や実績を調べることは大切だ。
しかし、誰もが政治について詳しく調べられるわけではない。
仕事があり、家庭があり、政治以外にも考えなければならないことがたくさんある。
そもそも、人が周囲の判断を参考にすることは、特別なことではない。
「みんなが選んでいるなら、きっと良いものだろう」
私たちは日常の中でも、自然にそう判断している。
だから、情勢調査の影響を単純に「有権者のリテラシー不足」と考えるだけでは不十分なのではないだろうか。
大切なのは、有権者個人だけでなく、人々がどのような情報環境の中で判断しているのかを考えることだ。
情報が多いほど判断しやすくなるのか
情報は、多ければ多いほど良いのだろうか。
必要な情報が得られないことには問題がある。
しかし、情報が増えることで、自分で考える前に「みんなの答え」を知ってしまうこともある。
「知ること」と「判断すること」は、同じではない。
他人の判断を知ることは、判断の助けになる。
一方で、それが自分の判断を変えてしまうこともある。
だから、情報を増やすか減らすかだけではなく、「どんな情報を、いつ、どのように伝えるのか」ということも考える必要がある。
「分からない」ことにも意味がある
選挙では、投票箱が閉まるまで本当の結果は分からない。私は、その「分からない」という状態にも意味があると思う。
もちろん、情勢調査や世論調査をなくすべきだと言いたいわけではない。
情報には、社会の状況を知るための大切な役割がある。
ただ、「情報が増えること」と「民主主義がより良くなること」は、必ずしも同じではない。
私たちは今、投票する前から他人の判断を知ることができる。
だからこそ、「みんながそう思っている」という情報を受け取ったとき、一度だけ立ち止まってみる。
「みんなはそう思っているらしい。では、自分はどう思うのだろう」
他人の判断を知ることと、自分で判断すること。
その二つを分けて考えることが、情報に囲まれて生きる私たちには必要なのかもしれない。
※この記事は以下の過去記事をリライトしたものです。
