なぜ私は『VIVANT』をリアルタイムで見るのか― コンテンツは「共有する時間」までが作品である ―
明後日から始まる『VIVANT』、そして私との出会い
いよいよ明後日7月26日から、『VIVANT』第二シーズンが始まる。これほど続編を楽しみに待ったドラマは久しぶりである。
実は私は、3年前の第一シーズンを最初から見ていたわけではない。放送前から「面白そうだな」と思い、録画だけはしていたものの、そのまま見る時間がなく、第七話くらいまで放置してしまっていたのだ。
そんな頃、職場で『VIVANT』の話題が日に日に増えてきた。
「そんなに面白いのか。」
そう思って第一話を再生した。
すると止まらなかった。
その日のうちに第七話まで一気に見てしまい、残り三話はリアルタイムで視聴した。
『VIVANT』は放送が終わった後も面白かった
振り返ってみると、夢中になった理由はドラマそのものだけではない。
翌日になると、職場では自然と『VIVANT』の話になる。
「あの伏線はどういう意味だろう。」
「乃木は本当に味方なのか。」
「次はどうなるのだろう。」
そんな考察を語り合い、一週間想像を巡らせながら次の放送を待つ。この時間が本当に楽しかった。
この感覚は、先日閉幕したサッカーワールドカップにも似ている。試合そのものはもちろん面白い。しかし、本当の魅力はそれだけではない。
試合前には期待が高まり、試合後には結果やプレーについて語り合う。そして次の試合を心待ちにする。
世界中の人が同じ時間を共有し、一喜一憂する、お祭りのようなイベントである。
『VIVANT』も同じだ。
放送を見るだけでは終わらない。翌日に考察を語り合い、一週間想像を巡らせながら次の日曜日を待つ。
その時間まで含めて、『VIVANT』という作品を楽しんでいたのである。

『VIVANT』は三つのドラマが重なった作品だった
もちろん、作品そのものの完成度が高かったことも大きい。
私が『VIVANT』の魅力だと感じたのは、一つのドラマの中に三つの物語が重なっていたことである。
表層には、スパイアクションと壮大な謎がある。中層には、国家や組織、そして正義とは何かという問いがある。そして深層には、父と子、家族、アイデンティティという、人間の普遍的な物語がある。
だから、アクションが好きな人も、考察が好きな人も、人間ドラマが好きな人も、それぞれ違う楽しみ方ができた。
作品そのものが優れていたからこそ、多くの人が夢中になり、語り合いたくなる作品になったのだと思う。

コンテンツは「共有する時間」までが作品である
今は配信サービスのおかげで、好きな時間に好きな作品を楽しめる時代になった。それはとても便利なことである。
しかし、リアルタイムだからこそ生まれる価値もある。
作品を見て終わるのではない。誰かと語り合い、考察し、次の展開を想像しながら待つ。その時間まで含めて、一つのコンテンツ体験なのである。
人は、作品の結末だけを楽しんでいるのではない。
同じ時間を共有し、同じ出来事に心を動かされることにも、大きな価値を感じている。
だから、スポーツの世界大会は、多くの人が同じ時間に観戦する。同じように、『VIVANT』も毎週日曜日の放送を待つこと自体が楽しかった。
明後日から始まる第二シーズンも、私は結末を早く知りたいわけではない。あの一週間の高揚感を、もう一度味わいたいのである。今からとても楽しみだ。

