存在と鋼鉄1:ニーチェ、ハイデガー、ナチス、ポルシェの交錯点
かつて、イスラエルという国は、世界中の「ナチス」を思わせる欠片があるだけで押しかけて来て、烈火のように抗議してくるようなイメージがあった。しかし、今のイスラエルという国のありようは、第二次大戦前夜から大戦中のナチス・ドイツのそれと、全くの相似をなすではないか。あの烈火の如き抗議はなんだったんだ?
ハイデガーは、本国において、未だナチスとの関係から批判にさらされる存在だ。ニーチェは、ナチスが意図的に誤用したために「超人」を何か不気味なものと捉えられてしまう事がある。
そして、ポルシェという、スポーツカーの中にあっても独特の存在。フェルディナンド・ポルシェの技術がナチスに利用されたことと関係はあるのか?
これらについて、頭の中に渦巻いてみたものを、吐き出しつつまとめてみた。
☆各章の内容
1:ニーチェ、ハイデガー、ナチス、ポルシェの交錯点
2:被害者性の変容とナチズム批判の行方
被害者性の変容とナチズム批判の行方
3:完成という名の盲目
技術とは『問いを持たない完成物』であり、中立たりえない
4:成長と完成の神話――近代とその亡霊たち
「成長」は、本当に善なのか?
5:ポルシェの脱ナチス
「脱ナチス」がポルシェにとって意味したもの
6(終章):ポルシェの身体性――機械と人間が融け合う「知覚」の境界線
速度と死の「ディオニュソス的陶酔」

20世紀は、「思想が現実に裏切られた世紀」と言えるのではなかろうか。そこには哲学者の夢想があり、政治の暴力があり、そして工業技術という冷たい手があった。ニーチェとハイデガーという二人の哲学者は、世界の根底にある「問い」を抱えながらも、その言葉が歴史の渦に呑み込まれる瞬間に立ち会った。そこに、ナチス・ドイツという権力構造、フェルディナンド・ポルシェという技術者の姿が絡みつく。
ニーチェが「神の死」を宣告したとき、彼は人間が自ら価値を創造しなければならないという、厳しい自由の荒野を指し示した。それはあくまで個人の内的格闘の話だった。だが思想には、産まれた文脈を離れて一人歩きする危うさがある。ナチスはその「超人」を国家の理想像にすり替え、個人の実存的問いを集団の選民思想へと変質させた。ニーチェの遺言は、恣意的な誤読によって暴力の理論にすり替わった。ハイデガーの言葉を借りれば、「忘却の忘却」へと堕ちたのである。
ハイデガーはこの誤読を知っていた。彼自身もまた、1933年、フライブルク大学総長としてナチスに加担した。しかし彼はやがて、自らが加担した体制の本質的な危機に気づく。ハイデガーにとっての真の敵は「技術化された世界」だった。『技術への問い』で語るように、現代技術とは「存在そのものが資源(ベスタント)として見られる世界」の到来である。そこでは人間もまた、資源の一つとして計算され、配置される。
その象徴が、ポルシェの技術だった。国民車ビートルは「人民の幸福」の形をした国家の意志であり、戦車や軍用車両は、人間を部品へと還元する暴力の装置だった。ポルシェは政治家でも哲学者でもない。彼はただ、誠実な技術者だった。与えられた課題に対して最善を尽くし、より速く、より確実に動く機械を作り続けた。しかしハイデガー的視座から見れば、その「誠実さ」こそが危うい。目的を問わずに完成度を追う技術は、いつのまにか問いそのものを消してしまう。「何のために走るのか」という問いを棚上げにしたまま、機械は完成する。
ハイデガーは「存在の忘却」を叫んだ。人間が「もの」や「機械」や「制度」に溶けていく時代において、「私は誰か」「なぜここに在るのか」という問いそのものが失われていく。ナチスとは、そうした問いの完全な麻痺状態だった。個人の実存は国家の論理に吸収され、技術は「問いを持たない完成物」としてのみ賞賛された。
ポルシェの車は、よく走った。よく殺した。それは「良き生」のために走ったわけではない。ニーチェの「生の肯定」は失われ、ハイデガーの「在ることへの驚き」は踏みにじられた。思想と技術は、問いを共有しないまま、同じ暴力の上で手を結んだ。
この四者の交錯は、過去の出来事ではない。思想は今も技術と出会い、意志は今も他者に触れ、そして私たちは今も「在る」ことの意味を問わぬまま、何かを作り、何かを動かし続けている。
思想は技術とどう共存できるのか。意志はどこまで他者を傷つけずに成し得るのか。そして、「在る」とはどういうことか——その問いを手放したとき、人間は何になるのか。
