優しさを受け取る力
昔から、親切な申し出を受け入れることが苦手。
人様に迷惑をかけてはいけない、とか、私なんぞが人の手を煩わせてはならない、とか、何を返せばいいのか不安とか理由は色々ある。
人から受けた親切は基本、負債として考えるから、早く返さねば!というプレッシャーで心が潰れそうになるんだよね。
負債はゼロ、ちょっと貸しがあるくらいの状態が心理的に楽。
noteのフォローとフォロワーの数も、フォローの方が少し多いくらいが心地よいので、フォロワーが増えると、絶対フォローバックしてくれなさそうな人を血眼で探してフォローしてた。フォロー数ゼロ、フォロワー千超えの方とか、見つけると狂喜してたわ。批判ではなく素朴な疑問なのだけれど、あれ、どうやって到達するの? 誰か教えて?
そんな人間なので、みなさま無理にフォローバックしたり、スキをお返ししようとしてくださらなくて私大丈夫です!
やっぱりさ、うんこちんちんとか言ってる記事にスキを押したくないっていうのは、本当に自然なことだと思うよ。一方で私も、加藤茶の最高傑作は、ちょっとだけよ、でもなく、カトちゃんぺ、でもなく、うんこちんちんであるという点はどうしても譲れないのよ……ごめんね?
私も心のままに、うんこちんちんって呟くから、あなたも自分の気持ちに正直に生きてね!
無理は体に毒よ?
ちなみに貸しすぎるのも落ち着かないので、お礼を言われなくても気にならない程度の親切を心がけてる。
親切にしたあと、お礼の言葉が欲しくなったらキャパオーバーのことをしてしまったと反省する。
そんな感じで私、つい反射的に遠慮してしまう。
雨だから車で送ろうか? と、友達に言われても、反射で、傘あるから大丈夫!って答えちゃうの。
それ、よくないなって気づいた。
電車で、困ってそうな人に席を譲ることがあるけれど、断られると気まずいじゃない?
あれと同じこと、しちゃってた。
お礼もさ、速攻で返されると、逆に気を遣わせちゃったな、って自分は思うのに、いざ自分がお礼する番になると、即座に、全力でしちゃうのよくないな。
不安のあまり三倍くらいで返したい欲求に抗わねば。
誕生日もね、お祝いしてもらうと嬉しいんだけど、プレゼントを開ける前からどう返そうって思ってる。
うわー!相手のお誕生日何月だっけ?
過ぎちゃってない? 来年はきちんとやらねば! でも、それをやると自分の次の分の催促みたいに思われない? 再来年はどうするの? ずっと続くの? 申し訳なくない? あああ、不安を隠して喜ばねば相手に嫌な気持ちをさせてしまう! さあ口角を上げて微笑むのだ!
みたいなことが脳内で高速で繰り広げられる。
喜びの前に不安でガタガタしちゃってた。
断らずに親切を受ける時も、申し訳なさの余り、ありがとう! よりも、迷惑かけてすみません! (ていうか、許されるなら、あなたの手を煩わすようなこんなダメな人間が生まれてすみませんって太宰治の顔して叫びたい)って言いがちなんだよね。
それもよくない。
こんないい人の手を煩わせる私の馬鹿、って気持ちでいっぱいになっちゃうんだけど、それは私の問題だものね。
遠慮してるようで、実は自分勝手。
たぶん、自分はそんな親切に値する人間じゃないという思いから来てるね。
親切=不当な所得、みたいに罪悪感を感じるの。
自己肯定感のなさとか幼少期からの無力感から来る不安は自分でなんとかするとして。
人様にはまず感謝だわ。
社交的で、たくさんの人に好かれているコミュ力の鬼みたいな素敵なお友達がいるけれど、受け取り上手なんだよね。
人に親切にするのも、受け取るのも上手。
申し出は基本断らないし、人との関わりを怖がらない。
きちんと親切を受け取るのも、また優しさなのかなと思う。
親切を受けることって、たぶん、借金を作ることではないね?
一応提案はするけどここは空気を読んで遠慮しろよ? とか、親切を受けるってことはそれ相応の見返りもあるんだよね? っていう申し出も存在する気がしてまだ怖いけど、純粋な親切の方が多いよね。
うわあ、このご恩に報いるにはどうすればいいの? 私にそんな能力ある? 怖い!全力で逃げねば! ではなくて、ひとまず、
ありがとう! 嬉しい! を心がけていこうと思う。
すぐには変われないとは思うけど、まずは反射的に断らないところから。
