「カントリー・ロード」――『耳をすませば』が教えてくれた、帰る場所の大切さ
『耳をすませば』で流れる
「カントリー・ロード」。
この歌を聴くと、
なぜか少し懐かしい気持ちになります。
遠くへ行きたいと思う気持ちと、
最後には帰ってきたいと思う気持ち。
その両方が、この歌にはあるように感じます。

そして介護と農業をしている今、
私は「帰る場所」という言葉を、
以前より深く考えるようになりました。
介護の仕事では、
利用者さんにとっての「家」が、
とても大きな意味を持っています。
施設で過ごしていても、
「家に帰りたい。」
そう話される方は少なくありません。
若い頃から何十年も暮らしてきた家。
そこで家族と笑い、
子どもを育て、
季節を感じてきた場所。
野菜を作ったり、
縁側で友人とお茶飲みをしたり
他の人から見れば何でもないものでも、
その人にとっては人生そのものです。
だから介護では、単に
「安全に生活してもらう」だけではなく、
その人にとっての「自分らしい暮らし」を
どう守るかという視点も大切なのだと思います。
ある利用者さんが、
窓の外を見ながら言いました。
「昔は、あそこの田んぼまで
歩いて行ったんだよ。」
私は
「今度、一緒に見に行きましょうか」
と答えました。
すると、その方は笑って、
「もう歩けねぇよ。」と一言。

二人で笑いました。
でも、その笑顔の奥には、きっと長い人生の苦労があるのかなって思いました。
田植えをした日。
稲刈りをした日。
家族と食卓を囲んだ日。

そんな記憶が、その人の「帰る場所」を作って
いるのだと思います。
そして私は農業をするようになって、
もう一つ気づきました。
田んぼにも「帰ってくる場所」という感覚が
あります。
春になると田んぼに水を張ります。
田植えをします。
夏には草と戦います。
秋には稲刈り。
冬になると、田んぼは静かになります。
季節が変わるたびに、景色も変わります。
でも、また春になると同じ場所に戻ってきます。

「今年も始まるな。」
そう思いながら田んぼに立つと、
不思議と落ち着きます。
仕事で嫌なことがあった日も、
人間関係で悩んだ日も、
田んぼに立つと少しだけ頭の中が落ち着き
静かになる感覚があります。
土や稲は、何も言いません。

ただそこにあるだけなのに
人を落ち着かせる力があります。
『耳をすませば』の雫も、知らない場所へ
行くことに憧れながら、自分の町や日常の中で
大切なものを見つけていきます。
遠くへ行くことだけが成長ではありません。
いつもの場所を、違う目で見られるようになる
ことも成長なのかもしれません。
私たちも同じです。
毎日同じ仕事。
同じ家。
同じ道。
「何も変わらないな。」
そう感じることがあります。
でも、本当に変わっていないのは景色
でしょうか!?
それとも、自分が景色を見る余裕を
なくしているだけでしょうか。
介護の現場で、いつも同じように見える
利用者さん。
でも、今日は少し笑顔が多いなぁ。
今日は食事をいつもより食べているなぁ。
今日は昔の話をたくさんしてくれたなぁ。
そんな小さな変化があります。
農業も同じです。
昨日と今日では、稲の色が少し違うなぁ。
昨日より少し穂が重くなっているなぁ。
大きな変化ではありません。
でも、毎日見ているからこそ気づける変化が
あります。
人生も、きっとそうです。
大きな成功だけが成長ではありません。
昨日より少し優しくなった。
昨日より少し人の話を聞けた。
昨日より少し、自分を責めなくなった。
そんな小さな変化も、立派な成長です。
「カントリー・ロード」は、遠くへ行く歌で
ありながら、どこか「帰っておいで」と言って
くれているように感じます。
疲れたら、帰っていい。
失敗したら、戻っていい。
遠回りしてもいい。

自分を見失いそうになったら、自分が大切にしてきた場所を思い出せばいい。
介護の仕事で人の人生に触れ、
農業で季節の流れに触れる。
その二つの仕事をしていると、人生は
「前へ進むこと」だけではないと
気づかされます。
時には立ち止まり、
時には振り返り、
そしてまた歩き出す。
それでいいのだと思います。
帰る場所があるから、
人は遠くまで歩いていける。
そして、誰かにとっての
「帰れる場所」になれる人も、
きっと素敵な人です。
今日も仕事が終わったら、
田んぼを少しだけ見に行こう。
風に揺れる稲を眺めながら、
「今年も、ここまで来たな。」
そう呟いてみようと思います。
『耳をすませば』の歌のように。
自分の歩いてきた道を振り返りながら、
また明日、自分の道を歩いていくために。
最後まで読んでいただきありがとうございます😊
※過去のジブリ名言×介護×農業の記事です🍀
