日光千人同心街道1 八王子宿→扇町屋宿
日光道中の脇往還は数多くあり、例幣使街道・御成道・日光壬生道・日光東往還を歩いてきました。
おそらくこれが最後になると思われる、日光千人同心街道を、甲州道中八王子宿(東京都八王子市)から、日光例幣使街道天明宿(栃木県佐野市)まで、桜の咲く時期に夫婦で歩きます。
2025.03.30
1.スタート地点まで

今回歩く日光の脇往還、Googleマップですと、日光脇往還と表示されています。
他の脇往還との違いをわかりやすくするために、日光千人同心街道と呼ぶことにします。
日光千人同心とは、江戸西側の警護を目的に、旧武田家家臣を中心に八王子に配置された組織。
日光東照宮の警護という任務も与えられ、日光まで移動する際に使われた道が千人同心街道になります。

スタート地点の西八王子駅まで、京浜東北線→武蔵野線→中央線を乗り継いで向かいます。

中央線にもグリーン車が導入されました。
行楽シーズンは賑やかになりそうですね。

西八王子駅到着。
さいたま市を出たときは気温6℃、八王子は4℃、まぁまぁ寒く感じます。


西八王子を出て、スタート地点に向かう途中、歩道ににいきなり千人同心の印が現れました。

千人同心の印を道標に、スタート地点の甲州道中まで向かいます。
2.千人町




石坂弥次右衛門。
最後の千人同心の頭。
幕末の1868年2月、前任者が病死し代番として着任。その1月半後に官軍が東照宮に攻め入り、戦を避けて東照宮がある日光山を明け渡しました。
戦火を逃れた日光山は、日本を代表する観光地として発展を遂げたが、戦わずして八王子に帰還した石坂弥次右衛門は、切腹を迫られ自決しています。
千人同心への感謝の意も含め、栃木県日光市は八王子市と姉妹都市の関係を結んでいます。










街道沿いに、八王子桑都千景の幟が上がっています。

八王子は繊維で栄えた街、この先の甲州道中には今も多くの呉服店が残っています。
遺構は残っていないのですが、マンションに挟まれながらも昔ながらの商店などが現役で健在し、新旧入り乱れた街並みが楽しめます。
本日はここで甲州道中を左に曲がりますので、前回甲州道中を歩いたときの記録はこちらをご覧ください↓

今日は国道16号の近くを、付かず離れず北上します。



聲阿彌稲荷社。
真っ赤な屋根の神社は目立ちますね。





くねくね曲がる坂道、美しいですね。


うかい亭。
ステーキレストラン。家内の実家が、ここから徒歩圏内なので、節目の結婚記念日などに何度か来ました。
東京都心にも何店舗か進出し、ミシュランガイドにも掲載されております。




小宮公園。
山全体が公園になっており、子どもたちが小さい頃遊びに来てました。
公園の横を通ると、南国にいそうな甲高い鳥の声が聞こえます。



鶯啼庵。
こちらも立派な料亭、庭がとても綺麗で法事で来たことがあります。





道の駅 八王子滝山。
東京都唯一の道の駅。
日本で道の駅が最も少ない都道府県は東京都、1番多いのは北海道で120を超える道の駅があります。






つくしを見ると季節を感じます。
春ですね♪


3.拝島宿





多摩川の岸辺が、グランドキャニオンみたいな茶色い岩の様になっています。
地質学に詳しかったら、面白いのでしょうね。












拝島大師。
残念ながら境内は撮影禁止の為、外から撮影。
撮影禁止だと、肉眼で目に焼き付けようとするので、とても新鮮で懐かしい体験が出来た気がしました。









御地蔵尊の由来を読むと、宿場町の東と西の端から一対の地蔵尊が向かい合って、町を見護っていたとのこと。
とても大切なお地蔵様ですね。


4.わらつけ街道




鯨のマンホール?
海でもないのに鯨、化石でもあったのでしょうか、また鯨の何かが出てくるのを楽しみに歩きます。


またもや鯨が出てきました。
調べてみると、八高線が多摩川を渡る河原で1961年に、全長16mもある約160万年前のヒゲクジラの骨格化石が出土し、アキシマクジラと命名されていました。






玉川上水を渡りました。
玉川上水はどこまで伸びているのでしょうか。甲州道中で何度か玉川上水の暗渠の上を歩いていたので、まさかの再会に感動です。

Kebab & Shisha、魅力的な店です。


わらつけ街道。
この先は箱根ヶ崎宿までは、街道が横田基地内を貫通しているので、わらつけ街道という鎌倉街道の道筋を歩きます。
わらつけ街道の名の由来は、民話おたすけわらじ。
鎌倉街道沿いの茶屋の息子が、立ち寄る侍や旅人に草鞋を売っており、侍になることに憧れます。
わらを編む技術に感心した侍が、武士の等身大の藁人形を、城の防御用に作らせるために息子を弟子にし、憧れの侍になる事ができました。
しかし戦が終わると、わらを編む以外に能力が無く居場所がなくなった為、再び茶屋に戻り、親孝行をしながら幸せに暮らしたという話です。




道が単調なので、横田基地の門前通り、国道16号に移動して歩く事にします。
5.横田基地


The Mint Motel、アメリカっぽいワッフルの店。


GEORGE'S INSURANCE、洋品店ではなく保険代理店。


TheFixxers、靴・革製品の修理店。







同じデザインの不思議なキャラクターが、様々な場所に描かれています。
この絵は何でしょうか?


TOMODACHI LANES、横田基地内のボーリング場。
















横田基地周辺、滑走路があり街道は歩けませんでしたが、街道以上に面白かったです。
6.箱根ヶ崎宿


道標の様な貫禄がある、貯水池の標柱。














上の画面右下の紫の花が、カタクリの花。
約20万株のカタクリの花が咲いているそうです。
只今の時刻は12:39。
花も見たいのですが、お腹が空いてきて”花より街道”の気分でしたので、前に進みます。



耕心館。
かつての豪農の館で、現在はカフェとコミュニティスペースになっています。
ちょうどイベント開催中で、人が多過ぎて入るのは断念。
街道を歩いていて思うのですが、人が多過ぎると腰が引けてしまう傾向がある事に気が付きました。
おそらく、現代の街道沿いは殆ど人が歩いていなにので、急に人が増えると、身体が驚いてしまうのかもしれません。

箱根ヶ崎宿は、青梅街道と交わっていた為、旅籠が9軒もあったそうです。







秋葉神社。
常夜灯に明かりが灯っています。
街道を歩いていると数多くの常夜灯を目にしますが、明かりが灯っていたのは、記憶の中ではこれが3度目です。
1度目は姫街道。
姫街道は浜名湖の北岸を通る東海道の脇往還。
近くに日除けの神様、遠州秋葉山本宮秋葉神社があるためか、常夜灯を大切にしている地域柄を、道中垣間見る事ができました。
東海道と合流する直前で、煌々と輝く現役の常夜灯に出会えました。


現役の常夜灯に出会った、姫街道を歩いた時の記録はこちら↓
2度目は伊勢参宮道。
雨の中、緩やかな坂道を昇り小さな交差点の右奥に、青銅の常夜灯が明かりを灯していました。

青銅の常夜灯ですら珍しいうえに、明かりが灯っている。
地域で大切にされているのでしょうね。

伊勢参宮道で、青銅の常夜灯に出会った時の記録はこちら↓









入間宮寺教会。
埼玉県では最初のカトリック教会。
小さな建物なのですが、とても良い雰囲気でした。





7.扇町屋宿


先月、東海道かわさき宿交流館で、街道歩きの講演会をした際に、1人の参加者が、
「私は歩道橋があると、必ず登って景色を眺めてます」
とお話しをしてくださりました。
その方を思い出し、歩道橋を昇って国道16号を撮影。
なんかとても良い感じで、道が美しく写ります。


狭山茶の産地、市街地にも所々茶畑が残っています。









丸大タクシー車庫。
昭和風のタクシーの車庫が好きです、
見ているだけで、不思議とワクワクしてきます。






入間市駅に向かいます。


西武池袋線→JR武蔵野線→JR京浜東北線を乗り継いで帰ります。


特急ラビュー。
かっこいいですね、残念ながらこの列車には乗りません。

入間市駅から乗った列車、車両の1/3が車椅子スペース、驚きました。

西武池袋線の秋津駅から、JR武蔵野線の新秋津駅までは、10分弱商店街を歩きます。
道中気になる店がたくさんありました。


さて、次週は桜満開の予定。
一年間で街道歩きが一番美しい時期、楽しみです。
