見出し画像

中山道14 下諏訪宿→洗馬宿

▽1991年3月
23歳 30年勤めた会社の入社前に、東海道を歩きました。
▽2021年3月
53歳 30年勤めた会社の退職後に、中山道を歩き始めました。

京都まで一気に歩く、"気力"、"体力"、"時の運"、が無いので、行けるとこまで歩く事を繰り返します。


2021.06.12

1.健脚風だらけの中央線

画像1
画像2

本日の出発地点下諏訪宿への道中、
中央東線の西国分寺駅のホーム。
2枚の写真に写る24名中10名近くが、これから登山やトレランに行きます、
と誰が見てもわかる出立ち。

私含めてみんな、
歩くのが好きなのか、
やる事ないから歩くのか、
まぁどっちでもいいですね。


画像3

信州に向かって中央東線に乗ると、
大月の手前で橋の上から左手に、
里山風景が一瞬見渡せる、
お気に入りスポットがあります。
この風景とこの後現れる、
甲府盆地の葡萄畑の風景が好きで、
特急はいつもD席を予約します。


画像4
画像5

ぼけ〜っと風景見てたら、
街道風の景色が、
甲州街道と並走しているのかと気づき、
ここを歩く日がいつか来るんだと、
身が引き締まって来ました。


画像6

上手く伝わらないかも知れませんが、
こちらが甲府盆地と葡萄畑。
晴れていると奥には南アルプス、
夜はやまなしイルミネーション、
春には一面ピンクの桃源郷、
鉄道車窓百景とかあれば、
ランキングに入ると思います。


画像7

韮崎駅に着くと観音様が!
平和観音と呼ばれ富士山の、
方角を眺めているそうです。
その横にある"アメリカヤ"の建物が、
味わい深くとても気になります。


画像8

街のシンボルであったが、
オーナーが亡くなり存続の危機に、
今はカフェやオープンスペースとして、
いい感じに蘇っていました。


画像9

家を出てから3時間が過ぎました。
上諏訪であずさ1号を降りて、
各駅停車で下諏訪に向かいます。

上諏訪は、市で特急停車。
下諏訪は、町で特急1日2本停車。

宿場町なのにね…。


画像10

上諏訪駅には足湯がありました。
面白い!


画像11

乗り換えた電車が豊橋行き、
どうやって行くのだろうか?


画像12

諏訪湖を眺めて、一駅で下諏訪です。


2.下諏訪宿

画像13

写真は下諏訪宿本陣岩波家の門。
かなり立派です。
本日は長野県在住の前職の先輩、
今は長野県観光機構に出向中の、
岩本さんに中山道歩く旨連絡したら、
「一緒に歩こう!」
と有難くノリノリの反応となり、
様々な段取りをして頂き、
いつもと違った旅になりました。


画像14

門を明けて登場した方は、
なんと下諏訪本陣28代目当主、
岩波太佐衛門尚宏さん。
自ら案内をしてくださりました!


画像15
画像16
画像17

今日のメンバーで記念写真。
中に入ります!


画像18
画像19
画像20

画像上から順に
江戸時代からある家紋入りの紋付袴、
鯉が泳ぐ庭園、
割以上まだ中身みていない蔵、
とにかくおもしろすぎました。


画像21
画像22

お茶も和菓子も
美味しゅうございました。


画像23
画像24

この木の札は参勤交代の時に、
大名が本陣や茶屋に持参する札、
全て置いていくので、
持ち運ぶ量が半端ないらしく、
徳川が諸大名に金を使わせる戦略が、
見え隠れしてます。
写真は仙台藩の札です。


画像25

この札の説明で面白かったのは、
札の1番下に書かれた一文字、

"休"→宿泊を伴わない滞在
"泊"→食事を伴わない朝までの滞在
"宿"→食事を伴う朝までの滞在
"寓"→食事を伴う朝までの滞在の連泊

"宿泊"の語源がわかったり、
先を急ぐ街道歩きで、
"寓"は本当に貴重らしく、
中山道唯一の温泉があったからだと、
思われます。
下諏訪宿凄い!


画像26
画像27

こちらは武田信玄公からの、
直筆と思われる感謝状。
みんな、へぇ〜、の連続でした。
岩波さんありがとうございました!


3.岡谷歴史の道

画像28

写真中央で指差し確認している方が、
諏訪観光協会の浅井学さん。
この後二日間二つがの峠道で、
死にそうになりながら…、
お付き合い頂きました。
ありがとうございました。


画像29
画像30

1枚目の写真の奥細道が甲州街道、
下諏訪宿は五街道の二つが、
交わる交通の要所。
五街道で複数街道が交わるのは、

日本橋・草津・下諏訪・宇都宮、

だけだと思われます。


画像31

御柱に護られた道祖神、
下諏訪ならではですね。


画像32
画像33
画像34

道に迷いながら岡谷に入ります。


画像35

この不思議な山門。
お寺なのですがなんとなく鳥居風、
この後もう1ヶ所くらいありました。
神聖な場所の入口であることには、
変わりないですね。


画像36
画像37

のどかな町並みを歩いていきます。
車が来ないので小学生みたいに、
並んでべちゃべちゃお喋り。
中高年4人組はよく喋ります。


画像38
画像39
画像40
画像41
画像42
画像43
画像44
画像45

この後塩尻峠の前後には、
屋根の上に鬼瓦の様な飾りがある、
家が目につく様になります。
権力の象徴みたいでした。
カッコ良かったです。


画像46

天然かんてん。
同行された浅井さんが、
この近くは寒天作りが盛んで、
地元の人たちは何処の寒天屋さんか、
拘るそうです。
寒天論争聴いてみたい。
歯応えとか喉越しとか、
蕎麦みたいな論争なんだろうな。


画像47

オーダーメイドケースショップ。
honey bee
この後木曽路まで歩きますが
養蜂農家が結構ありました。
美味しそうですよ↓


画像48
画像49
画像50

のどかな風景を抜けて、
塩尻峠を目指します。


画像51

バス停に中山道がついてるの、
初めて見ました。
意味もなく嬉しいですね。


画像52
画像53
画像54

この近くは蔵の家紋がオシャレで、
全部コレクションにしたら、
楽しくなりそうです。


4.塩尻峠

画像55
画像56

峠のて前に宿場がない場合は、
小休止をする場所が設けられます。
写真は小休本陣。
立派な佇まいと保存状態でした。


画像57
画像58

塩尻峠の地味な上り坂です。
晴れてくると暑いので曇って欲しい。


画像59

先人たちもこの石に腰掛け、
水分補給したんだろうね!
と熱く語っていたら撮られてました。


画像60
画像61
画像62

展望台からは、
諏訪湖や富士山から穂高連峰まで、
楽しむことができます。


画像63
画像64
画像65

テクテク下山
お腹が空いてきました。


5.焼肉東山

画像66

突然賑わっている焼肉屋さんが、
目の前に現れます。
汗まみれのみんなは、
迷わすチェックイン!
食べ終わったお客さんも
みんな満足そう。

画像67

ジンギスカン800円を頼むと
こんな鉄板が…
同行の長野の人たちは驚く顔もせず、
どうやら家でジンギスカンを
するのが当たり前みたいで、
スーパーにもジンギスカン肉が、
普通に並んでいるそうです。
ケンミンショーの久本雅美みたいな、
リアクションをしなていると、
立派な肉が届きます。


画像68

この分厚さみてください!

画像69

一人一人で焼けるので、
気を使わず最高です。
真ん中が共有スペース、
譲り合って野菜を茹でます。
少しビール飲みすぎましたが、
みんな大満足で午後の部スタートです。


6.塩尻宿

画像70
画像71
画像72

峠を越えて緩やかな坂を降り
塩尻宿にいつの間にか入ります。


画像73

今は東京から来る中央東線と、
名古屋から来る中央西線が交わる、
交通の要所なので宿場町も、
さぞ賑やかかと思いましたが、
静かな町並みでした。


画像74
画像75
画像76
画像77

画像はアップできませんが、
個人宅を土間まで解放している
お屋敷があり、
看板にSNSなどのアップお断り、
とありました。
それはそれで、なんか良かったです。

7.お祭り用ゲート

画像78
画像79
画像80
画像81

信濃路に入ってから、
お祭り用の幟を掲げるポールが、
集落の入り口にある事に、
気づく様になってきました。
塩尻に着くとその頻度が高まります。
ここにどんな幟が上がるのか、
人々がたくさん集まり一年で一番の、
賑わいをみせるのでしょうね。


8.ワイン畑

画像82
画像83

道祖神も二人いると、
寂しくないでしょうね。


画像84

首塚ではなく、耳塚。
お皿の形が耳に似ているから、
置いてあるのでしょうか?

耳の病が治る、
討ち死にした将兵の耳が祀られた、
諸説ある様です。

画像85
画像86

周りが田圃や葡萄畑なので、
かなりの存在感があります。
日本橋から来た中で1番目立つかも。
周りの風景が変わらないと
良いですね。


画像87
画像88

上の畑が食べる葡萄畑。
下の畑が飲む葡萄畑。
同行の長野県民が
熱く語ってくれました。

画像89

中央東線の踏切、
仲仙道の漢字が旧表記ですね。
これからこの線路としばらく、
木曽路を並走します。
この辺りから、
どこからが長野県民からも、
信濃路から木曽路に変わるのか
わからないねと、
話題が出始めます。

画像90
画像91
画像92

ワイナリーや葡萄園を抜けて、
国道19号に合流。
この道とも暫く木曽路を並走します。
木曽路はどこからなんだろう?


画像93

喫茶店だけど、
コーヒーとワインが同等の扱い。
楽しそうなハーモニー。
沖縄にいた時は、
泡盛のコーヒー割りが、
当たり前の様にあり驚きました。
ファミリーマートで売ってて、
いつも羽田に帰省する機内で、
見た目がコーヒーなので、
チビチビ飲んでました。


画像94

名古屋まで176km、
この看板のカウントダウンが、
モチベーションになるのか、
木曽路との別れの寂しさになるのか、
まだわかりません。


画像95

笠に 木の葉が 舞い落ちる
この看板シュール!


画像96

洗馬宿に到着、
善光寺に向かう街道との追分、
ここで私は洗馬宿の民宿に。
長野県民とお別れ。

一人は諏訪に帰宅
二人は県民宿泊プランで塩尻泊

↓このプラン羨ましいです!


9.民宿千倉

画像97

本日の宿、19号沿いの民宿千倉。
お客さん私だけみたいです。


画像98

宿帳です。
このスタイルは初めて書いたかも。
なんだか松本清張の小説みたいで、
書くのドキドキしました。

画像99

外食するかも知れなかったので、
夕飯頼んでなく、
ビール飲んで寝ちゃおうかと、
食堂に瓶ビール頼みに行ったら、
ご夫婦が晩酌してて、
おつまみご馳走になっちゃいました!
手前中央は山葵の葉の漬け物。
山葵の香りがするけど、
鼻につんとこない
はじめての味でした。

画像100

蜂の子もいただきました。
食べたの小学校以来かなぁ、
酒と相性抜群美味しかったぁ。
これがお腹にたまるのです。


画像101

その後はお約束、
焼酎の一升瓶が出てきて、
コップにドボドボ注いでいただき、
オーナーの楽しい独演会。

千葉県の千倉出身なので民宿千倉。
20代後半で長野に来て、
一時は従業員が10名くらいいて、
私が埼玉から来たと話したら、
昔は埼玉から石を売る人が来たとか、
スズメバチは痛いぞとか、
椎茸たくさん栽培しているとか、
要望の箱クマに壊されたとか、
防衛大学野球部の合宿が来てたとか、
フジテレビでバイトしてたとか、
朝は三時におきるとか、
とか・とか・とか、
記憶はその辺りまでで、

気づいたら布団でした。

ご主人、ご馳走さまでした。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集