日光道中2 越ケ谷宿〜栗橋宿
1991~1993年 東海道五十三次 完歩
2021年 春~夏 中山道六十九次 完歩
2021年 秋 甲州道中四十四次 完歩
2021年 秋~冬 日光道中二十一次
どんな旅になるか楽しみです!
2021.11.26
1.埼玉県内の移動

本日は越ケ谷宿から栗橋宿まで埼玉県内を歩きます。自宅はさいたま市なので、埼玉県内を一筆書きで反時計回りの一周。
少し早いけど、土曜日は4時に起きる身体になってしまったので、いつもの与野駅4:53の電車で出発。

駅に貼ってあった、隣のさいたま新都心駅みどりの窓口閉鎖の案内。効率化もわかりますが、元々国有鉄道として、公費でインフラ整備をした会社が、公共交通の効率化を突き詰めて良いのだろうかと、駅周辺の商業施設との共存を考えない駅ナカビジネスと同様に、私は違和感を感じました。

今日も福山通運の、20両連結貸切貨物列車が勢い良く駆け抜けて行きます。

この黄色と緑のポスター、埼玉県で先月から施行された、エスカレーターでは歩いてはいけないという、"埼玉県エスカレーターの安全な利用の促進に関する条例"の啓蒙用ポスター、誰も守ってませんが、守れる時代になって欲しいです。



北越谷駅に降りると、たくさんのだるまが目につきます。これは何かある、確か先週もだるま工場をみたぞ!

さて歩き始めます。
2.越ケ谷宿

早過ぎました…。只今の時刻05:52、まぁ明るくなる町も美しいので、楽しみましょう!

夜明けの東武伊勢崎線、美しいですね。空の色の定点観測はとても楽しく、明け方は、黒→紫→橙→青と変化し、夕方はその逆です。
沖縄に住んでいた頃、家の近所の瀬長島ビーチで撮影した夕方の定点観測を紹介します。




こちらは、青→橙→紫→黒です。
沖縄ではコロナ&単身赴任で時間を持て余し過ぎておりましたので、こんなことばかりしてました。


銀杏と元荒川、鳥の囀りも聞こえず、陽が昇るのを仲良く静かに待っている様にみえます。

宿場町の中心部を抜けると、単調な住宅地が続きます。

脇道を覗くと、街全体がスタイリッシュにデザインされた住宅地がみえます。
越ケ谷市に本社がある住宅メーカーPOLUSが手掛けた住宅地だと思われます。
3.越谷だるま


おおっ、だるま工場が登場しました。越ケ谷の名産なんですね。


東武伊勢崎線の踏切横で、"居酒屋かんかん"が踏切の音とシンクロしてました。店のBGMは踏切と電車の音かもしれません、行ってみたいなぁ。


ぎぎゅっと縦一列に並んでいる石仏群と、ぎぎゅっと実っているキンカン、歩道が有ったり無かったりする狭い道を進みます。


こちらにもだるま工場が。
中山道を歩くと、高崎宿を出て京方面に烏川を渡った辺りからの、ダルマ工場の数が凄かったので紹介します。




中山道沿いだけでこれだけあったので、相当数あったと思われます。
高崎のだるまは全国シェア8割の様ですが、越ケ谷のシェアはわかりませんでした。ちなみに越ケ谷だるまの特徴は鼻が高いこと、江戸に運ぶときに、距離が近いので鼻の先が折れないから出来る術だと、高崎を意識した差別化戦略ですね。


再び国道4号に合流、空もだいぶ明るくなってきました。


新方川の戸井橋、古利根川に合流します。
陽が昇ってきました!
4.春日部市


春日部市に入りました、暫く水路と並行して進みます。

歓喜院、いい名前です、新秩父三十四ヶ所29番。


宇都宮77km、私のふるさとの古河33km、日光が迫ってきます。
朝食前なのでビールにはまだ早いですね。

春日部に備後?由来は備後国の観音像がこの地でみつかったからでした。

立派なお屋敷、道から入口の門までこの距離です!

備後一里塚。

タンス店、春日部は家具屋さんが多かったと聞いてますので、実際にみるとテンション上がります!


徐々に畑が増えてきます。

ENEOSのランドリー、初めて見ました。給油と洗濯の親和性を追求されたのでしょうね、チャレンジしてますね、

さすが春日部、家具屋さんこちらにも。


御嶽・浅間と書いてあります。山岳信仰ですね。


東武野田線、東武鉄道は最近アーバンパークラインと呼ばせてます。娘のJKは最近パークと呼んでます。

このタイプの柵で覆われた歩道橋、懐かしい!

国道は右に逸れていき、日光道中は春日部市街地に。
5.粕壁宿


石柱に地図と説明が書いてあるのが、粕壁宿の案内方法。工夫してありますね。

道が広く交通量が少なく、電線がないので、とても快適に歩けます。


大塚家具は春日部発祥、島忠も春日部発祥、元々は桐箪笥屋さんでした。この地には江戸初期に東照宮の造営に関わった職人が住み着き、桐が自生していた事も重なり、さらに市内を流れる、大落古利根川を使って江戸に運べた地の利も後押しして、家具屋さんが繁栄したと思われます。

草加の影響なのか、日光道中にはお煎餅屋さんが目に着く気がします。この時間シャッターが閉まっておるおかげで、往時の様々な絵が楽しめます。





とてもいい感じです。


恒例の朝のコメダ珈琲に行こうにも、2km近く道を逸れるので断念。街道沿いにカフェが全くないので、東武鉄道を超えた場所にあるTULLY'sを目指します。
途中の地下道がAquarium風にペイントされてて、歩くの楽しかったです。


歩いても歩いても身体が温まらず、お店に入ると早くも動きたくなくなって来ます。
二人でホットドッグにたまごサンド頼んで1,100円、モーニング価格みたいで安い!

こちらが街道と反対側の駅前。

やっと出会えた特急スペーシア。
中山道は特急しなの、甲州道中は特急あずさ、それぞれ数十回見てますが、スペーシアはどうでしょう。平野なので思っているほど線路の近くを歩かないので、遭遇率は低いかもしれません。


春日部はクレヨンしんちゃんの故郷です。




粕壁宿の案内看板いろいろ。


各商店の前には、味わい深い手書きの幟が掲げられてます。



大落古利根川を渡ります。


静かな町並みを北上。


左日光道と書いてあるが、側面は読めず、石碑判読アプリが欲しい…。


再び国道4号と合流、この先関東の大動脈、国道16号と交差します。

黄色い稲は2期作のお米なのか、こんなに寒くても出来るのかなぁ?


埼玉県に多い梨畑です。
6.杉戸町



杉戸町に入りました、北緯36度にある不思議なパーキングエリア。二軒並んでいるお店が気になります。


再び国道4号から離れ、歩道がないけど交通量が少ない、まぁまぁ歩きやすい道を進みます。こんな感じの道が宇都宮まで続くのでしょうね…。




越ケ谷宿すぎてから、お寺がない小さな墓地が、あちこちにありました。宅地の真ん中に突然墓地だけがある、なんか不思議な光景です。


立派なお屋敷と、またもや登場、柵で覆われた歩道橋。

大谷石の蔵です、栃木県が近づいてきましたね。



再び国道4号、なかなかいい感じのバラ専門店。


再び国道4号から離れます。様々な野菜を販売する自販機、ひとつひとつの野菜が綺麗、お米も売ってました。
7.杉戸宿


のほほん茶屋。



造り酒屋、豊嶋屋。


高札場、よく見ると昔の文字や今の文字や英文の看板が入り混じっていて、カオス状態です。


交差点の名前が、本陣跡地前、わかりやすいです。


宿場町らしくなってきました。


桝形に立つ角穀跡。

この店気になる!東京駅食堂、元駅員さんが経営しているそうです。どんな格好で仕事しているのか気になります。今朝見た居酒屋カンカンから鉄分の濃い店が続きます。
そういえば、大宮駅西口1階のの浦和寄りに、ひっそりとOBカフェという店がありました。こちらはオフィシャルな、JR東日本のOB受皿的機能だと思います。


立派なお屋敷を過ぎ、再び国道4号と合流。今回は全ての国道4号との合流地点を撮影してみました。

出ました、ばんどう太郎、私の故郷茨城県にたくさんあります。ということで茨城県が近づいてきました。子どもの頃は行った記憶がありませんが、親孝行をテーマにした徹底したお客座目線で近年大人気。テレビ東京でたくさんやっているビジネス系の番組のどれかで、特集されてました。煮込みうどんが人気メニューです。

戦後の建物にはなりますが、関東平野の茨城県周辺の農家の、主屋で多くみられる様式です。


う〜ん、こちらにも、お米の二期作なのでしょうか、水が貼ってないけど、う〜んわかりません。

茨島一里塚跡地、跡ではなく本物が見たいです。

山田うどん、このお店は私が子どもの頃からある、うどんチェーン店。埼玉県のソウルフードとも言われてます。私埼玉県に25年住んでますが、近くにないので一度も行った事ありません。
TVのバラエティ番組で、埼玉県民が大袈裟に騒いでて、ゲストの人も熱く語ってますが、本当にそんなに食べた事あるのか怪しいです。検証する番組作ったら面白そう。
水曜日にやっているダウンタウンの番組で、様々な説を検証するコーナーがあるので、やって欲しいです。
8.幸手市


幸手市に入り、空が一段と広くなってきました。幸せの手、良い名前ですね。冷たい風が吹き始めて、空がますます青く澄み渡ってきます。


首都圏中央連絡自動車道、通称"圏央道"、私人生の殆どを北関東で暮らしましたが、本当に便利な道です。
東武鉄道の新型特急"リバティ"、かっこいいのですが、撮影すると景色に全く映えません。保護色のイナゴみたいで、目立ちません。
中山道と並走した東海道新幹線や、甲州道中で並走したあずさの、白系の方が綺麗でした。


下画像のTAIRAYAの交差点が、日光道中・日光御成道の追分。

整然と並べられた石仏群。あちこちから集められたのでしょうね。もしこの土地を整備する際に、また移動することになったら、次は何処に行くのでしょうか。石仏群タワーマンションが出来そうです。


銀杏も散り始めました、あと少しで秋も終わりですね。再び国道4号と合流。


倉松川、趣のある橋がいくつも架かってます。



神明神社、山車の格納庫がとても大きい。立派な山車がお祭りの時は町を練り歩くのでしょうね。
9.幸手宿



有名な桜が咲く土手があるので、看板のデザインは桜をモチーフにしてます。

昔からあるペットショップ。

芭蕉の壁画。

今は使っていない感じの洋風建築。

何でも売ってそうなワインハウス。


沖縄の魔除け、石敢當(いしがんとう)が何故か幸手宿にありました。地権者と思われる宮田商店さんと関係がありそうです。


本陣跡。



現役でご活躍の桝形。



丁度桝形の角に一里塚跡がありました。




宿場町風情に満ちた建物群。

再び国道4号に合流。

気になる店が!これは入らないと!


豊富なメニュー、100種類はあります。


あまり悩む事なく、ラーメン・カツ丼・ビール、毎度お馴染みのオーダーでした。


こちらが桜の名所、権現堂公園。奥は春に菜の花と桜が競演する桜堤、手前の空き地にはクルマと出店が埋め尽くされ、大変な賑わいをみせます。



この川は中川、都内に入ると荒川と並んで東京湾に注ぐ、地味ながら結構長い河川です。

キラキラ輝く川面。

虫に食べられ放題の白菜。

道は農家の間を進みます。


ここまで丁寧な道標の案内看板はみたことありません。いつも石碑の道標がよく読めなかったので助かります。

彼方に日光男体山がみえてきました。
中央の電柱左側の雪の薄化粧をした山です。

安野光雅の絵本に出て来そうな商店。とにかく美しいです。

鳶と烏、ど迫力の空中戦。体の小さな烏が鳶を追いかけてますが、烏が遊んでいる様にみえました。

雷電神社、北関東の雷多発エリアに入ってきました。
10.久喜市

久喜市に入ります、栗橋町かと思ってたら合併されちゃったんですね。私はの故郷、茨城県猿島群総和町は、この後向かう隣の古河市に合併されちゃいました、故郷の町の名前がなくなるのは、本当に寂しいものです。

絵になるトンネル。


一里塚跡。

白く美しい二つの蔵がつながっているお屋敷。

暫く国道4号の法面の下を歩くので、右手の景色は楽しめません。

国道4号の下をくぐれる場所があったので、右手の景色を見に行くと、静かな権現堂川の流れが。
11.大きな祠のある家

北関東の昔からある広い農家などの一角には、小さな祠がある家はたくさんあるのですが、この付近だけ競う様に祠が妙に大きかったです。




一般的な家庭の敷地内にある祠の、5倍はあります。



東北新幹線、このまま一気に高い土手の利根川を渡るので、随分高い場所を走ってます。

栗橋大一劇場、まだまだ健在のストリップ劇場、他県ナンバーの車がたくさん来てました。希少なんでしょうね。
12.栗橋宿


栗橋宿に入ります、まだ川の近くの宿場町の雰囲気が感じられませんが、この後が楽しみです。


大根に、干しプチトマト?どんな食べ方するのだろう?


会津見送り稲荷、個人の家の庭にありました。



国道125号の下を潜ると、

栗橋宿の町が現れます。


ほうろく地蔵、別名イボ地蔵。

イボが治るらしく、揖保乃糸の箱がシャレで置いてあります。

中を覗くと、名前が書かれたお皿がたくさん奉納されています。地蔵の名の由来の"ほうろく"とは、豆を煎る素焼きのことなので、奉納に使うのですね。



今月は暖かい日が続いたのですが、急に今日木枯らし1号が吹いたので、とにかく寒く忍耐の一日でした。

町中にある個人宅敷地内の祠も立派です。


紅葉もあと少しですね。


今日はここまで。来週は利根川を渡り、先ずは故郷古河宿を目指します。
