薩摩街道5 御馬下の角小屋→宇土宿
2024年1月に長崎街道を歩き終えてから1年が経ち、何故か身体が九州を求め始めました。今回は長崎街道との追分、福岡県筑紫野市の山家宿から鹿児島県鹿児島市の鹿児島宿まで、薩摩街道の約80里320kmを歩きます。
2025.02.27
1.御馬下の角小屋

菊南温泉ユウベルホテル。
今まで数多くの温泉に入ってきましたが、ここまで湯上りに肌がすべすべした経験はありませんでした。
一回しか入っていないので勿体無い、ゆっくり泊まりたい宿です。

只今の時刻は05:43。
日の出までまだ1時間ありますので、まだ星が綺麗です。

右側のタワー左下の灯りが熊本城の様にみえます。





すき家。
街道との相性が良いのか、朝食時の利用頻度が高い外食チェーン店です。

ゆっくり食事をしていたら、すっかり明るくなっていました。


桂花ラーメンは、東京のラーメンかと思っていました。熊本が発祥だったのですね。




昨日の十里木に始まり、カウントダウンが進み、ようやく一里木まで辿り着きました。


2.通勤通学時間




豊前街道の館。
高齢者向けバリアフリーマンション、ネーミングが秀逸ですね。

常夜灯がゴミステーションのケージの中に・・・・
助けてあげたくなります。

通勤する自動車で渋滞しています。
街道歩きの理想は土日祝日。
平日は自動車の交通量が圧倒的に多く、特に朝夕の通勤時間はみなさん急いでいるので、歩道がない道は恐怖でしかありません。
相手から見ても邪魔だと思います。
平日の朝、東海道の愛知県内の歩道がない狭い道で、猛スピードで追い抜いていく自家用車のドアミラーが腕にぶつかった事がありました。
そのまま逃げられて腹が立ちましたが、命を落としますので、歩く方も気をつけないと駄目ですね。


通学する児童や生徒の姿には、毎回癒されます。特に小学生の低学年、どうしてあんな元気なんでしょうね。


この付近の京町は、加藤清正がまちづくりをした様です。




上の画像奥の道が豊後街道。
阿蘇くじゅう国立公園を抜けて、大分に抜ける道です。
前職の旅行会社で顧客から、
「日本で一番きれいだと思う場所は?」
と聞かれると、
「阿蘇」
といつも答えていた場所です。
いつの日か歩く事になるかもしれません。
3.熊本城


加藤神社に向かう途中、戌亥櫓跡の光景に言葉を失います。
地震の直後に石垣の上にかろうじて建っていた櫓です


今から27年後の2052年に全ての復旧作業が終了する予定。
石垣をひとつひとつ元に戻す、気が遠くなる果てしない作業が続きます。




由来の説明文が達筆過ぎて困りました。




まだ開館前なので、天守閣はまたの機会に観光で来ます。





復旧が完了する頃、生きているのかわかりません。






里程元標跡。
ここを起点に、豊前・豊後・薩摩・日向街道の里数が測られました。
九州北部の五街道の起点が、小倉城下にある常盤橋。
九州南部の四街道の起点が、熊本城下にある札ノ辻。
この地に立つだけで心躍ります。
4.熊本宿








江戸時代の地図と照らし合わせた説明看板が、要所要所に設置されています。







明八橋。
熊本出身の名石工・橋本勘五郎が、東京の日本橋や皇居二重橋を架設したのち、帰郷して手がけた石橋のうちの一つ。





煉瓦調石畳の歩道、お手入れが大変だと思いますが、歩く分には心地良く最高です。


街道は熊本市内の中心繁華街は通らずに、白川を渡り南下していきます。
5.これからの産業


上の画像の左奥の道が日向街道。
この道もいつか歩くかもしれません。



銀シャリ亭。
ごはんの美味しい定食屋というコピーが面白すぎます。おかずはどうなんでしょうね…





日吉神社の鳥居が個性的な形をしています。山王信仰の象徴として知られる鳥居で、山王鳥居と呼ばれています。







街道と鹿児島本線と九州新幹線が並走してます。
時代と共に交通手段の主役が進化し、やがて空飛ぶ乗り物になるのか、人口が減って進化の必要がなくなり、退化して人々は再び歩き出すのか、未来が楽しみです。

郵便配達も電子メールに主役を奪われてこれからどうなる事やら。
やがて郵便物は郵便局に取りに行く時代になり、動けない人はウーバーイーツの様な代理人が取りに行くことになるかも知れません。

理髪店は街道に1番残っている店です。
髪の毛の成長をコントロールする薬、止毛剤が開発されると、一気に減るかも知れません。


葬儀場、今は高齢化バブルで繁盛してます。街道を歩いていても、新規開業と思われる式場をよく目にします。
今後どうなるか、2100年頃に高齢化バブルが過ぎると、一気にニーズが減ります。さらに死なない医療技術が発達してそれが解禁されたらどうなるのか。
考えるだけで恐ろしいです。
6.川尻宿


川尻宿は刃物が特産品の様です。








和菓子店が増えてきました。
ということは、寺が多い筈です。法事などで利用頻度が高くなるのでしょう。









三階建木造建築。
街道沿いに、昔から建っている三階建木造建築は、滅多にお目にかかれません。
江戸幕府が禁じていたのかも知れません。
記憶に残る三階建建築物が二つあります。
一つ目は陸前浜街道。
福島県南相馬市の原町宿に、三階建の蔵がありました。


南相馬市には、相馬の野馬追という一千有余年の歴史がある神事があり、歩いていると地域全体に馬のDNAが染み渡っている様に感じました。
陸前浜街道を歩いた時の記録はこちら↓
二つ目は佐渡相川街道。
新潟県佐渡市の小木港に、旅館の建物として残っていました。


小木は港町で、木造建築の独特な建物が並ぶ街並みがとても美しい町でした。
佐渡相川街道を歩いた時の記録はこちら↓




7.花と街道




梅が満開です。
春が近づいてきてますね。

鹿児島まで200kmを切りました。


かつて舟運が盛んだったころの名残りでしょうか。
遺跡の如く水路が残っています。


緑川は、その名の如く川が緑色です。





無骨な感じの鉄橋。
国鉄の鉄橋といった趣きが感じられます。



菜の花。
桜との競演まで、あと一月くらいですね。

水仙。
水仙は冬が似合います。

花々に癒され、花々に季節を教えられ、花々に元気をもらい、一歩一歩前に進みます。
8.宇土宿



畷道(なわてみち)。
田のあいだの道や、真っ直ぐな長い道通った意味があります。
旧街道を歩いていると、昭和に入ってから開発された、水田の直線道路などはよくあるのですが、ナチュラルな畷道がありそうでありません。
この畷道は、旧道の様なオーラを放ってました。


水田の四方に、五穀豊穣を願ってか、先端の葉を残した細い竹が建てられてます。







鬼がほどほどに歩きなさいと、私に伝えている気がしてきました。
帰宅してスマートフォンの歩数計を見ると4日間合計で160km超。
こんな無茶は何歳まで出来るのか。ほどほどにしないといけないとは、わかっているのですが、なかなか妥協出来ない自分がいます。

さっきも鬼がいました。
地域の守り神かもしれません。次回歩いた時に、答えを探してみます。



宇土駅から鉄馬車(鉄道)で熊本駅に向かいます。
9.帰り道



本数が少ないのか、歩いている時は1度も見ることができませんでした。

桜町バスターミナル。
空港に行く途中に立ち寄るのですが、見たことがない様なバスターミナル。
バス乗り場が大きな商業施設の1階の中にスッポリと入っていて、ホームドアの様にガラス窓などで完全に仕切られており、空調管理れていてバスが来るとドアが開く仕組み。乗降場の数は29カ所、1日に約4,300台のバスが発着します。
ここ利用してみたいです。

空港に到着。
遅めの昼は、今朝道中に発見した桂花ラーメンで。


熊本空港の飲食店は、出発ロビーにフードコート形式で6件くらい並んでおり、好きな場所で食べられます。
上の画面右奥の滑走路が見えるカウンターに写っている人は、桂花ラーメンを啜ってました。
空港の搭乗口の横のカウンターで、飛行機を見ながら食事ができるフードコートは、日本ではここだけかも知れません。


羽田空港混雑の影響で、房総半島上空を2周くらいしてたので、その間に富士山を撮影。
たったの3分で変化する、雲の色あいが美しかったです。

夕方に羽田に着くフライトは、都心上空を飛行します。
何度見ても飽きない景色、東京タワーを撮影して後から見たら、他のビルよりも小さく感じました。

都内の電車の人混みが嫌で、旅の余韻を失いたくないので、浦和までリムジンバス で帰ることに。
出発まで暇なので羽田空港フロアガイドを見ていたら、保育園・ペットホテル・足湯がありました。
羽田空港には5万人以上が勤務しているそうなので、あってもおかしくないですね。

怒涛の4日間でした。
続きは来月上旬から7日間歩き続け、目的地の鹿児島を目指します。
