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日光道中1 江戸日本橋〜越ケ谷宿

1991~1993年 東海道五十三次 完歩
2021年 春~夏 中山道六十九次 完歩
2021年 秋 甲州道中四十四次 完歩

2021年 秋~冬 日光道中二十一次
どんな旅になるか楽しみです!


2021.11.20

1.今年三度目の街道に向かう

与野駅04:53発京浜東北線、先々週まで毎週末甲州道中を歩く際に乗った列車。
これから日の出が遅くなったら、もう一本遅くしようかな。


その時間に必ず通過する、福山通運の貸切貨物列車が、今日も元気に南下していきます。


リニューアルしていた東京駅の北通路、そこで映画監督の私の兄が、ポスターで東京駅について語ってました。シン・ゴジラの次はシン・ウルトラマンです。
兄の名前はシンジ、私の名前はセイジ。似ているかなぁ?
ちなみに弟はユウジです。


これは東京駅のザックリとした概念図、こうすると精神的に迷わなくなる。人にわかりやすく伝えようとする気持ちが伝わる、シンプルなマップが好きです。


昨夜月食で楽しませてくれた月が、夜の役目を終えて西の方角に沈んでいきます。


2.夫婦で再び日本橋に立つ

日本橋に着きました、まぁ歩ける明るさになってきました。


甲州道中に続き、
「朝早くて・寒くて・眠くて・辛いのに、行きたくなっちゃう」
ボヤキながらも家内が同行してくれます。


ランプに見送られながら、いざスタート!まずは国道4号を歩きます。


3.夜明けの中央区

三越のクリスマスツリー、あと一ヶ月でクリスマスですね。


三越のライオン、なんだかあくびを我慢しているみたい。


三越横の江戸桜通り、今春に中山道を歩いた時は桜が咲いてました。


こちらがその時の様子です。


真っ直ぐ向かうと中山道、国道4号と別れて日光道中は右折します。


昭和通りをくぐって振り向くと、右の大きなビルが第一三共本社ビルで1階には"くすりミュージアム"がありました。
中央奥に頭が見えているのが武田グローバル本社。
日本の新型コロナウイルスワクチンを支える製薬会社が揃ってます。

ここ日本橋本町は江戸時代の町割りの後から、薬種商が集まっていた為、今に引き継がれていることがわかりました。


東京スカイツリーが突然姿を表します。
東海道では富士山、中山道では浅間山・御嶽山、甲州道中では富士山・八ヶ岳が道標になりましたが、日光道中では人工建造物のスカイツリーが最初の道標になりました。


都心の道沿いの二階建建築物って、貴重ですよね。美しかったのでパチリ。


"大伝馬町本通り"、小伝馬町は知ってましたが、大伝馬町もあったのですね。



蔦屋重三郎、所縁の地。江戸時代に出版界を繁栄させた第一人者なんですね。
現存する蔦屋は、1983年に大阪府枚方市で創業、現社長の祖父が営んでいた置屋の屋号から取ったそうです。


今年の春から、ほぼほぼ毎週土曜日を街道歩きをしていて、沿道でここ数年で増えたと思われる商業施設のトップが、24時間営業のフィットネス。日本橋らしく和テイストのインテリアでした。


4.横山町問屋街

横山町問屋街に入ります。繊維問屋さんが軒を連ね、江戸時代から行われている商いの本質は変わっていない様に感じます。


その中でランドマーク的な建造物に眼が釘付けになります。


最上階はホテルに、興味がある方は予約サイトのホームページをご覧ください。インテリアの色合いが時代を超越していて、素晴らしいです。


今でも、都心でも多くの建物に、うなぎの寝床文化が継承されてます。デベロッパーの誘いに乗ることなく、大型ビルが建たないと言うことは、江戸時代からの商いが続いている証拠ですね。素晴らしい!


振り向くとこんな感じ、平日の日中の様子も見てみたいです。



5.浅草橋

千葉に向かう大動脈、国道14号・京葉道路を横切ります。


船宿が並んでいます。船宿と言っても、宿ではなく、屋形船や釣船を営んでいます。


この橋が浅草橋、30m位の小さな橋です。


橋からの眺め、なんか雰囲気良いですね〜、エキゾチックです。


JR東日本総武線浅草橋駅をくぐります。


人形の久月本店。浅草橋を歩くのは20年ぶり位の気がするのですが、その頃は、雛人形や五月人形のお店が、どうしてこんなにあるのだろう?位沢山あったのですが、いまは殆ど見当たりません。


その代わりなの解りませんが、ビジネスホテルが目立ち、この写真でも3件ある事が確認出来ます。観光地浅草も徒歩圏内なので、良い立地なのでしょう。


ちなみに、日本橋から浅草までの日光道中の沿道に、アパホテルが5件あり、途中で工事中の物件もありました。距離にすると約5km、いつかは訪れる宿泊需要のピークを超えた後のアパホテルの未来戦略って、どのような内容なのか、みてみたいです。


須賀神社、現在の時刻は06:33。
ラジオ体操やってます、手の動きから推測すると体操は1番の序盤あたりですね。


ハンドバッグ会館、クは濁ります。


角地の商店の底力と意地を感じます。
"角地の商店"って良い響きですね。


版権が高そうなキャラクターが並んでいます!バンダイナムコ本社でした。


駒形橋からのスカイツリー。
アサヒビール本社のオブジェに、そろそろ朝日が降り注ぎ、ビールとウ○チが輝きを増しそうです。


6.浅草一丁目一番一号

雷門、早朝は静かですね、今日は天気が良いので混雑しそうです。


神谷バー、有名ですが入ったことありません。番地を見ると、浅草一丁目一番一号、THE浅草ですね。


東武浅草駅、カッコいいです!
電光掲示板要らないので、時計直して欲しい。


僅かに顔を見せる、日光まで行く特急スペーシア、道中何回も見るのでしょうね。
カーブの高架橋って、なんでこんなに美しいのでしょうか、芸術作品みたい。


姥ヶ池、娘想いの恐ろしく寂しい老婆の伝説の地。


神輿師の店、浅草らしいですね。早く神輿を担ぎたいものです。



かつてあった山谷堀、今は公園となってますが、当時の橋が残ってます。


7.南千住

泪橋、明日のジョーの舞台ではありませんか!橋の面影はないのですね。


隅田川駅、貨物専門の駅です。
広いですね〜。


貨物線を跨ぎ、南千住駅の下を潜り抜けていきます。


コツ通り商店会、かつて小塚原と呼ばれていたかららしいです。


国道4号、日本橋以来の再開です。


素盞雄神社、スサノオと読みます。境内が抜け道になっており、集団登校していた小学生が鳥居を抜けたら、踵を返してペコリと一礼してて、嬉しくなってきました!


千住大橋、子どもの頃茨城に住んでいて、祖父母の家が都内にあり、週末家族でドライブで遊びに来た帰りに、この橋を渡っていた事を想い出しました。
この橋を渡ると、華やかな都会から田んぼしかない田舎に戻る寂しさを、子どもながらに感じていました。今じゃ都会が嫌なのに、皮肉なものですね。
長年忘れていた感情を想い出させてくれて、ありがとうございます、千住大橋!


戦争を耐え抜いたんですね。


8.千住宿

富士山が見えたのですね、日光道中で富士山を眺められるのは、都内を暫く離れてからでしょう、楽しみです。


橋を渡ると、そこは芭蕉おくのほそ道の、旅立ちの地でした。
この地に船で到着し、三千里の旅を前に、心細そうな心境を歌っているように感じます。


足立市場、街道沿いに市場があるのは、初めてです。


市場の隣には芭蕉の石像が、千住宿の誇りなのですね。


さぁ千住宿の始まりです!


大名行列の案内看板。

先日、大名行列の秘密、という本を読んだのですが、経済効果などが数値で説明してあり面白かったです。
参勤交代無くして、現代の平和な日本はありえなかったと私は感じました。

NHK出版 700円消費税別


昔の屋号の案内地図、なんと千住宿は、当時の屋号を家々の軒先に飾ってあります。
都市部の宿場町でここまでやっている場所は、みたことありません。
街道愛に満ち溢れた素敵な町です。


このような感じで、町が屋号の札で飾られてます。
江戸から続く24時間365日イルミネーションみたいな感じ…。
なんて感動していたものの、あまりにも多かったので、撮影は一部しか出来ておりません…。


振り向くと京成スカイライナーが通過していきます。京成電鉄とはこれでお別れ。


お店によっては、こんな風に丁寧に解説してます。


千住掃部宿、後から千住宿に編入された、有力商人が集まった町でした。


ほんちょう商店街、テレビのレポーターが中継するエリアに入ってきました。
ここでも芭蕉がお出迎え。


お楽しみのモーニング、コメダ珈琲最高です!


新旧の粋なお店、いなり屋さんと、佃煮屋さん。


本陣跡、建物が残ってなくても、丁寧に案内してあります。街道愛ですね!


街頭の上には、日光道中の宿場町の案内、街灯の支柱には、千住宿を通った大名の家紋。
通った大名の家紋を、町全体で案内している宿場町も見たことありません。素晴らしい!


シャッターも日光道中。


横道には前田藩の家紋が?なんだろう。


午前9時頃の街道の雰囲気です、昼間はさぞ賑やかでしょうね。


荒川が近づくと昔からの建築物が数件、軒を連ねてます。


荒川の土手が近づいてきました。渡しを前にして宿場町が、静かになっていく風景、風情があって好きです。


お団子を家族に買って千住宿とはお別れ。あまりにも美味しくて、兄弟喧嘩が起こりそうになりました。


9.荒川

私が住む埼玉県民にとって荒川は、テレビ番組の秘密のケンミンSHOW風に大袈裟に言うと、"母なる大河"的な存在。
都内に出かけて電車で赤羽を過ぎて荒川を渡ると、ホッとします。


下流には鉄道の橋が沢山、ひっきりなしに左右に行き来しています。
上流は埼玉県、源流はおく秩父の主峰甲武信ヶ岳です。


荒川渡ったので埼玉県かと思ってたら、まだ東京都でした。足立区が立ちはだかります。
スカイツリーがまだみえます。


"お客様に喜ばれる商店街になりたい"、ゆめろ〜ど千代田。


暖かそうなお地蔵さん。


東武鉄道梅島駅。高架複々線化工事の際に、狭い敷地にホームを作るために、上りと下りホームを交互に一直線上に並べている、一部のホームマニアには有名な駅。


こんな感じの単調な道を進みます。


建物の奥に銭湯が顔をのぞかせてます。


御成道松並木跡。


この店、放課後に子どもたちが集まっている風景が、目に浮かびます。


こんな感じの道がひたすら続きます。私は修行の道と呼び、家内はこんな道になると、あくびを繰り返してます。


街道らしい痕跡が久しぶりに登場。


清掃工場、街道沿道には珍しいです。そろそろ県境かな。


フライングで足立区の草加せんべい屋さん。


このトランクルーム凄い、"アロマとBGMで空間を演出する"、荷物に気持ちが伝わると思います。


南千住にはこんな倉庫もありました。この他にも沿道にJRのコンテナを用いた倉庫など、トランクルームが2~3個所ありました。狭い住居が多い地域性なのでしょうね。


毛長川、ここで東京都とお別れ。


10.埼玉県

浅間神社、この付近の総鎮守、銀杏の黄葉が見頃です。


火の見ヤグラ、建物の高さと密度が低くなり、空が広くなってきました。深呼吸したくなってきます。


火あぶり地蔵。奉公人が母危篤にも関わらず休ませてもらえず、休めると思い主人の家に火をつけ、火あぶりの刑に処された。村人が供養のために祀った地蔵。


蔵もぼちぼち増えてきました、嬉しいですね〜。


11.草加宿

草加宿に入りました。なんで"今様"がついているのか不明ですが、なんだか洒落てますね。


町並みは新旧入り混じる感じです。


江戸・葛西に抜ける葛西道との追分跡。


八幡神社、説明がありますが、本殿は奥の方なので、ごめんなさい。


有形文化財、藤代家住宅。


本陣跡。


12.草加せんべい

草加といえば煎餅!


こちらは、おせん茶屋。"おせん"さんが作り始めたので、おせんべい、だそうです。
お店沢山ありました。



久野家住宅。観光案内所になっており、お茶をご馳走になり、案内しているご婦人方に夫婦で質問攻めにあい、面白いひとときでした。


宿場町の中心地をすぎると銅像が。
河合會良、松尾芭蕉のお供をした人です。


13.草加松原

松林が見えてきます。
この橋を渡ると、


絶景が広がります!
かつては自動車道だった道を歩道に。距離は1.5kmもあり、日本の道百選に選ばれてます。


橋を渡り切るとこんな景色。
右手には綾瀬川が静かに流れてます。


ふり返るとこんな景色、歩きやすく快適でとても良い道でした。


首都高速外環道を抜けて、草加に別れを告げます。


蒲生の一里塚、日光道中埼玉県内で唯一の現存する一里塚。


静かな住宅街を道は抜けていきます。


14.越ケ谷宿

木でできた不思議なお地蔵様。


清蔵院、武蔵国八十八ヶ所霊場十六番。


交通量の多い県道に入ります。


蒲生駅前商店街。


新越谷駅の近くでお昼休憩。


こちらは越ケ谷のゆるキャラ、鴨のガーヤちゃん。名産品の"ネギ"と、宮内庁の鴨場の"鴨"を一緒にした、カモネギキャラクター。名物料理を目指しているとか。


南越谷は日本三大阿波踊りの場所なのです。越ケ谷に本社がある住宅メーカーPOLUSの徳島県出身の創業者が、地域に声を掛けて始まり、1985から続いてます。


武蔵野線を潜り、越ケ谷宿場町の中心部を目指します。


越ケ谷駅前、賑やかですね。


地酒で乾杯!越ケ谷宿、いいですね〜!


綺麗な小児科・産婦人科。ハワイの老舗ホテル、ロイヤルハワイアンみたいです。


木下半助商店、現役です!


交通量が減り歩きやすい町並みです。


はかり屋、古民家を改造した越谷野菜を提供する飲食店やショップが入った施設。


味のある建物が続きます。


元荒川緑道、娘の通っている大学があるので、街道から少し離れて寄り道していきます。


街道から外れても、石仏や庚申塔はあるのですね。


宮内庁の鴨?顔立ちが綺麗に感じるのは気のせいでしょうか。
家内はずっと鴨を追いかけてました。


鴨が集まる元荒川、穏やかな流れです。


珍しい、だるま工場です。
※街道沿いではありません。


さて本日はここまで。
最寄り駅まで38分、帰りが近くて楽です。
また来週!

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