北陸道7 倶利伽羅宿→松任宿
2024.08.27
1.倶利伽羅宿




津幡運動公園。
体育館、野球場・サッカー場・陸上競技場が独立している立派な施設です。
国体の時に作ったのでしょうか。
ここにも熊の看板が。

ただいまの時刻は06:12。
早朝は熊が出ると言われてます。
このような場所で熊に出くわす事の方が、山の中より恐ろしく感じます。


道路表示に、渡り鳥の様なイラストが描かれてます、鶴の飛来地かな?
この様な推測が湧くと検索しがちですが、しない方が当たった場合の感動が大きいので、そのまま歩きます。

2.津幡宿


金沢おでん食べてみたい。
今夜金沢で夕飯なので食べられるかもしれません。





関脇大の里の出身は津幡町。
ちょっとセクシーなポスターですね。
中学校からは相撲留学で、北陸道で歩いてきた新潟県糸魚川市の、能生中学校に通っていたそうです。
街道を歩いていると力士の故郷を通る事があります。
中山道の上松宿が、御嶽海の出身地でした。


街道沿いに母校の上松小学校がありました。番付表が商店に貼ってあったり、御嶽海愛に満ち溢れてました。
上松宿を二度目に訪れた時の記録はこちら↓


渡り鳥のマンホール。
先程道路表示に渡り鳥のイラストがありましたので、飛来地なのでしょうね。
このイラストからすると鶴の様です。





白鳥橋の欄干に片足で立つ銅像、地域の踊りっぽいです。
この橋の名前は白鳥橋、鶴ではなく白鳥が来るのか、白鳥と鶴の違いがよくわからなくなってきました。




のるーと。
善光寺西参道を歩いている時も、このバス停留所を見ました。コミュニティバスのプラットフォームの様です。


おい!なんだこれは!
24時間営業のベーカリー。深夜は無人店舗なのでどんな感じかと思って立ち寄ろうと思いましたが、7時になると店員さんがいる時間帯なのと、イートインコーナーがなかったので、近くのマクドナルドに変更。

平和堂。
滋賀県のスーパーマーケット。北陸道は滋賀までつながっているので、石川県にもあるのでしょうね。



神社の石標で、県社や村社の文字がコンクリートで塗りつぶされている光景を時々目にします。
これは第二次大戦後のGHQ占領下に、軍国主義の精神的な基盤であった神社の影響力を抑えようと行った政策の痕跡。
悲しい話ですね。

江戸時代に使われていた、屋根付看板と同じ形状の看板を再現しています。







3.二日市




もう稲刈りをしてます。
私が育った関東地方では、9月の中旬ごろが稲刈りのシーズンなので、4週間くらい早いです。
田植えの時期が違うのかもしれません。


誓入寺。
入口左右に見事な石垣が積まれてます。





波自加彌神社遥拝殿。
日本唯一香辛料の神様。参拝すると料理の腕があがるそうです。





八田興一。
土木技師で最大の業績は、昭和初期に台湾で大型ダムと旧排水路を建設した事業。
石碑は台湾と日本の人々により建立されています。

街道歩きの醍醐味は、昔の道路の形状がそのまま残っている場所を歩く時です。
特に桝形と呼ばれるクランク状の道を歩く時は、毎度毎度テンションが高まります。

数多くの桝形を見てきましたが、特に印象的だったのが、三国街道新潟県長岡市与板宿の桝形。
新潟県でよく目にする、雁木(がんぎ)と呼ばれるアーケード付の、ダイナミックな桝形がひとつの商店街に二ヶ所もありました。




三国街道与板宿の、雁木付桝形を歩いた時の記録はこちら↓













名残り松を通過し森下川を渡り、少しづつ金沢宿に近づいてきました。
4.森本





北陸新幹線が、北陸自動車道を跨ぐためにかなり高い場所を通ってます。
同じ北陸新幹線の敦賀駅新幹線ホームは、地上から21mの日本一の高さ、7階の建物の高さに相当します。

山崎パン配送車。
日本中どこに行っても目にします。
街道を歩いていて、一番多く目にする食品メーカーのトラックです。









クマ特別警戒地区。
あと少しで金沢市中心部なのですが、出るのですね…
何故か朗らかなクマの木彫り人形が、微笑んで立ってました。
5.城下町


隣同士の家々が隙間なく隣接している、往時の区割りのままの街並みが残っています。
金沢市は、大火や空襲が無かったので、街並みが残されていると、地元の人から聞いたことがあります。








下口の門松跡。
ここを過ぎると城下町、私も往時の人に見習い、身支度を整えたつもりで歩きます。








6.ひがし茶屋街






能登半島地震の影響か、常夜灯が分解されて路上に安置されてました。



城下町らしくなってきました。
酒蔵、醤油醸造、和菓子店、歴史的な商家が綺麗に残ってます。







ひがし茶屋街。
観光客で賑わっています。
楽しみにしていたのに、人の多さに圧倒されてしまい、そそくさと通過してしまいました。
この感覚は、中山道の奈良井宿に入った時に似ていました。
人に圧倒され、風景を撮影する気力が失せてしまう、うまく表現できませんが、不思議な感覚です。





ひがし茶屋街の喧騒は、往時から変わらないのでしょうね。
いよいよ城下に入ります。
7.金沢宿







五木寛之 浅の川暮色。
文章を読んでいるだけで情景が浮かんできます。
この様な文章を書ける様に精進しないと駄目ですね。



主計町茶屋街(かずえまちちゃやがい)。
ひがし茶屋街と対照的に、落ち着いた雰囲気です。浅野川を渡っただけですが、城に近いからかもしれませんね。










曲がる道を間違えたら、尾崎神社に辿り着きました。
徳川家康を祀っており、門の屋根には徳川家葵の紋が三つ並んでいます。









ラーメンのナルトが独特でした。








8.にし茶屋街





にし茶屋街。
茶屋街とは、江戸時代から続く歓楽街。金沢市内には先程歩いて来た、ひがし茶屋街、主計町茶屋街と合わせて、3つも茶屋街があります。




画家、細川陽平さんのアトリエ。
テレビで見たことがあります。








城下町もそろそろ終わり。
金沢宿は、歩いてみると想像以上に賑やかな街でした。
9.野々市宿


事件発生。
セブンイレブンの冷凍ペットボトルの在庫が無くなってました。これがないと熱中症のリスクが高まります。
店員さんに聞いたら、メーカーで在庫切れなので入荷の目処がないそうです。
という事で、ロックアイスを購し、身体を冷やしながら歩く事に。









野々市宿の中心部に入ってきました。
街並みの雰囲気が良く、期待が高まります。









北国街道広見プロジェクト。
近くにある金沢工業大学が、野々市宿の街並みを細かく調査し、今昔の様子の比較などを非常にわかりやすく展示してあります。





喜多家住宅。
中に入ると、施設の方が丁寧にわかりやすく説明してくださりました。










猫瓦。
鬼瓦が猫の形をしています。
これは養蚕農家の屋根に見られる特徴で、蚕の天敵であるネズミを駆除する願いが込められています。




野々市宿。
街並みがきれいに残されている、素敵な宿場町でした。











竹細工の塀。
金沢に入ると時々目にした塀。風情があり、程良く風景に溶け込んでいます。


洋菓子 ミルフィーユ


クランクの道路標識。
これを見ると、間もなく桝形が現れる証、街道歩きをしている人たちは、高い確率で興奮します。










洗濯と入浴を済ませて、金沢市内で働く前職の同僚に会いに行きます。





治部煮(じぶに)を初めて食べました。
念願の金沢おでんも地酒もいただけて、幸せなひととき。

前職の同僚。
16年位前に何度か仕事でご一緒して、それでも繋がっているって、ご縁なのでしょうね。


金沢駅では同じホームの左右に、富山行きと福井行きが来ます。
間違えない様に気を付けて、更に座ると福井まで寝てしまいそうなので、立って宿泊地の松任駅まで向かいました。
