東海道 復路10 宮宿→岡崎宿
31年前、卒業旅行で東海道を江戸日本橋から京三条大橋まで歩いたので、今回は江戸に向けて歩きます。
調べたところ、大坂高麗橋が起点の様なので少し長めの、東海道"五十七次"の独り珍道中を始めます。
2022.12.29
1.宮宿




暗いうちに出ようとしていましたが、もたもたして30分位出遅れ。
この30分の油断が到着に影響する事が、いままで何度もありました。
2.笠寺観音







笠寺観音の正式名称は笠覆寺。
徳川家康が名古屋城築城にあたり、鬼門の方角にある寺院を鎮護とした尾張四観音の中のひとつ。




笠寺一里塚は、周りに陽を遮る物が無いためか美しいフォルム。
何度もふり返り眺めていました。





途中珍しく、リバーシブルレーンがありました。
国内には何カ所あるのか、調べましたが一覧がみつかりませんでした。





しばらく住宅地を東に。
名古屋の市街地から離れ、少しずつ空が広くなっていく様子を楽しみます。
3.鳴海宿





街道の醍醐味、桝形・鍵の手・丁の字。
桝形は垂直の曲がり角が二度続き、鍵の手は垂直の曲がり角、丁の字は読んで字の如しT字路。
不思議とその角にある建物は、街道の風情に満ちあるれており、ただならぬ風格を漂わせてます。上の写真の太田薬局も、そんな風情の建物でした。








桝形の角の和菓子屋さん、いい雰囲気ですね。




街道を歩いていると、交通事故と隣り合わせ。
運が良い事に自動車との接触はいままで一度もありませんでしたが、ついに当て逃げされました。左側を歩いてて右肘にドアミラーがぶつかった程度で済みましたが、そのまま走り去られて、腹が立ちました。
本日は珍しく平日の街道歩き、平日朝の通勤時間帯が一番恐ろしいですね。
4.モ~ニング!





初めて名古屋の昭和風喫茶店に入るので緊張しました。
喫茶店は”近所の人の溜まり場”と聞いてましたので、常連さんがカウンターを占領している居酒屋さんに入る気分です。
いざ入店、店内の状況は下記の通り。
右側は普通の2名掛けテーブルが3卓あり2名が新聞を読んでおり、奥はカウンターが3席あり1名がママと話してます。
左側はインベーダーゲーム台が4卓、ベテランマダム1人が物凄いダミ声で話しておりもう1人のベテランマダムが聴き役に、迷わずインベーダーゲーム台に着座。
後から仲間が入ってきて、孫に下の名前で呼ばせるか?とか、嫁・病院などの話に盛り上がってました。
パンもサラダもコーヒーも雰囲気も、何もかも美味しく楽しかったです。



川を渡ると、街道の風景・街並み・文化が変化します。そんな景色の移ろいを楽しむのも、街道歩きの醍醐味。
上の写真、小さな手越川を渡ると、大きな変化を体験する事になります。
5.有松












間の宿、有松。
宿場町ではありませんが、宿場町以上に街道の雰囲気が残ってます。
この後も同じ様な写真が続きますが、とにかく見どころが多過ぎました。



















重要伝統的建造物が盛りだくさんで、お腹いっぱいになりました。
3日分の歴史的建造物を、一気に見てしまった感じです。




重要伝統的建造物保存地区を抜けても、立派な建物が残っています。
有松は素敵な間の宿でした。
6.桶狭間





これだけ街道を歩いていて怒られそうですが、子どもの頃から歴史に興味がなく、日本史は赤点ギリギリでした。
桶狭間の戦いも言葉しか知らずに、古戦場に立ち寄りましたが、説明看板読んでも誰が誰だかわからず…。








中京競馬場の前を通ります。
大坂高麗橋を出てから2日目に京都競馬場の前を通りました。次の公営ギャンブル場はどこになるのか楽しみです。







愛知県内で両塚が残っている一里塚は、阿野一里塚ともう1ヶ所、知立にあるだけです。








和菓子屋さんの年季が入った大きな看板が地面に置かれていて、あぁ残念と思っていたら、新店舗が近くにオープンしており一安心。
いつまでも続きます様に。
7.三河國








境川を渡り、尾張國から三河國に入りました。
國境超えは、街道歩きで最もテンションが上がる瞬間のひとつです。





富士がつく地名です。
この付近から富士山が見えたのでしょうかね。











何も考えずに歩道橋を渡っていましたが、歩道橋に名前がついているのですね。この先意識して歩いてみます。
8.知立宿











知立という地名普通に読んだら、"ちたつ"になりそうですが、"ちりゅう"と読みます。
知立宿にはいると、"池鯉鮒"なる文字があちこちに出てきます。地名の由来は、御手洗池という池に、鯉や鮒がたくさんいたから。









中町交差点付近の建物は貫禄十分。
目を閉じると、往時の街の音が聞こえてきそうです。








有松を過ぎたあたりで、街道仲間の東さんが、東京から大阪の実家に帰省中、豊川稲荷に立ち寄っているとの情報が入ります。
これは遭遇出来るのでは!
本人に連絡を入れると、知立付近ですれ違います。
東さんは、東海道を京から江戸に歩き先月ゴールしたばかり。旧東海道は頭に入ってますので、旧道を運転してきます。
私は歩きながら遭遇の瞬間を待つのみ。





こういった関係って、とても好きです。
東さんありがとうございました!




国道1号の向こうに、立派な松並木が見えてきました。
おおっ、東海道らしい風景ではあ~りませんか!これを待ってました。
9.知立の松並木





かつて知立には馬市がありました。
馬市とは、馬の売買をする市で、旧暦の4月25日から5月5日まで開催。さぞかし賑わった事と思われます。










松並木はピークを過ぎましたが、まだまだ残ってました。
地域のみなさんの努力無しには、ここまで残る筈がありません。
大切に目に焼き付けながら、江戸を目指します。











松の木一本一本に、数種類の標札が付けられています。上の写真は一番細い松で3枚も付いてますので、改めて手が掛かっているなと実感しました。









途中、青麻神社に力士の石像が立ってました。明治時代に活躍した安城出身の横綱"濱碇"、力強く綺麗に彫られてますね。
10.雲竜の松






永安寺の雲竜の松、どうやったらこうなるのでしょうか…
樹齢350年、枝張り東西17.9m南北24.7m、凄過ぎました。

場所は異なりますが、沖縄単身赴任中に、久米島に行った際に、同じ様な松がありましたので上の写真で紹介します。







街道を歩いて、初めて虹を見ました。
ありそうでなかった自然現象に、しばらく興奮が治らず…










ようやく岡崎市に入り、陽が傾いて来ました。
冬はこの後、ストンと音が聴こえて来そうな勢いで陽が落ちます。









矢作川の堤防が見えてきました。
川を越えれば城下町、あと少しで休めます。
11.岡崎宿










八丁味噌蔵。
こんな大きな味噌蔵ってあるのですね。全愛知県民の味噌を作っているのかと思ってしまいます。









なんと岡崎宿には二十七曲がりが…
歩くの大変と思っていたら、様々な道標が、迷わず歩かせてくれます。










岡崎宿は品格が漂う街。
個々の商店が時代に合わせて、しっかりと営業をしている風に見えました。
岡崎信用金庫の資料館、中に何があるのか気になります。






本日はここまで。
明日も二十七曲がりの残りがあるので朝から楽しみです。
さぁ夜の町に繰り出そう!










夜の岡崎は賑やかでした。
どの店も若者でごった返しており、おじさんおばさんが殆どいません。
おじさん、〆は部屋でまったり、おやすみなさい。
