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定線観測30 木曽川と街道

川の姿を我が子の如く感じるとは、街道を歩くまでは考えもしませんでした。
そんな事に気づかせてくれたのが木曽路に源を発し中山道に寄り添い、濃尾平野を縦断し伊勢湾に注ぐ木曽川です。
中山道・美濃路・佐屋街道・東海道、それぞれの街道で出会った大河の姿を紹介します。


1.源流

2021.06.13 長野県木祖村

長野県木祖村。
人口2,430人の村に木曽川の源流があります。
中山道を東から西に歩き、鳥居峠を越えてホッと一息ついた場所が木祖村。
道沿いには木曽川源流を伝える、水場や道の駅があり、ここから木曽川が始まるんだと気付かされます。

太平洋と日本海

2021.05.16 長野県佐久市
千曲川

ここに辿り着くまで、中山道で渡った大きな河川は太平洋か日本海、どちらに注がれていたのか、地図を眺めながらふり返ってみます。
東京都から埼玉県内に入る時に渡る荒川は太平洋に、碓氷峠を越え長野県の佐久平を流れる千曲川は新潟県内に入るとその名を信濃川に変え日本海に、それぞれ注ぎます。

2021.06.12 長野県岡谷市
諏訪湖

中山道最大の難所、和田峠を越えた先の諏訪湖の水は天竜川を経由して太平洋に、塩尻峠を越え奈良井宿まで並走する奈良井川は、梓川(あずさかわ)と合流し犀川(さいかわ)と名を変え、長野市内で千曲川に合流して日本海に注がれます。

2022.06.13 長野県塩尻市
奈良井川

木祖村に辿り着くまでに出会った河川が、太平洋・日本海・太平洋・日本海と四度も行き先を変えています。
木曽川は中山道と並んで標高を下げて、太平洋に注がれます。

木曽川源流

2021.06.26 長野県木曽町
木曽川 菅橋(すげばし)
木曽川 菅橋
出典:国土地理院撮影の空中写真

木曽川に初めて出会ったのが、2021年6月26日、木曽川の源流がある長野県"木祖村"の南側にある長野県"木曽町"でした。
この紛らわしさには理由があり、木祖村は名前が変わっていませんが、木曽福島町が合併で木曽町に変わったからでした。

2021.06.26 長野県木曽町
福島宿

福島宿は宿場町のすぐ横に木曽川が流れています。川が増水したら手が届きそうな距離に立つ建物の景観は迫力満点。
福島宿の街並みは木曽川の流れが侵食した河岸段丘の上にあるため、木曽川沿いの段丘の下の地域を"下の段"、上の地域を"上の段とよびます。

発電所

2021.06.27 長野県木曽町
木曽川取水ダム

福島宿を出て少し歩くと、取水ダムが現れます。取水ダムとは、灌漑や発電に水の力活用するために、川の流れを堰き止めるダム。
川の高低差が高い場所の上流に設けられ、堰き止めた水は山中に設置された水路を通じて、川と平行して緩やかな傾斜で下り、一定程度の落差が出来た地点に設けられた水力発電所で、発電用に使われ、再び川に戻ります。

地図上の水路
出典:国土地理院 地理院タイル(標準地図)

先ほどの木曽川取水ダムからの水路は、国土地理院の地図に青い点線で記されています。
辿っていくと、12km下流の関西電力寝覚発電所まで続いていました。山の中にこの様なトンネルが掘られているとは驚きです。

2021.06.27 長野県上松町
桃山発電所

上の画像は先ほど紹介した取水ダムとは別の場所から引いた水で発電する桃山発電所。発電所は建物が独特なので、歩いているとすぐ目に飛び込んできます。
他の街道を歩いていても、川沿いには同様の発電所が必ずあります。


2.木曽路

2021.06.27 長野県木曽町
元橋

福島宿を出ると、木曽川の景色が一変します。
中山道は信濃路・木曽路・美濃路・近江路と、それぞれ素晴らしい景色が楽しめますが、歩いた人々が異口同音に木曽路を絶賛しています。

2021.06.27 長野県木曽町
元橋

木曽路の素晴らしさは、奈良井・妻籠・馬籠の様な日本を代表する宿場町だけではありません。
それらの宿場町をつなぐ道中で目にする、ガイドブックには載らない小さな宿場町や道中の何気ない景色。
中山道を全て歩く人々しか味わえない特別なご褒美です。

木曽の桟

2021.06.27 長野県上松町
木曽川
木曽の桟
出典:国土地理院撮影の空中写真

風景が一変し、大きな花崗岩と深緑色に染まった木曽川が現れました。
川の流れが速いならば、岩が侵食されてこの様な景色になるのかと思いますが、川の流れが穏やかなので不思議です。

2021.06.27 長野県上松町
木曽川

少し場違いな感じの赤い橋が見えてきました。自然と調和していない気がしましたが、神社の前にある神橋の如く、厄除けの赤が良いのかもしれません。

2021.06.27 長野県上松町
かけはし

赤い橋が気になり、街道から逸れていましたが渡ってみます。
実はこの橋を渡らなかったら、最も中山道らしさを象徴する名勝、木曽の桟(かけはし)を見過ごすところでした。

2021.06.27 長野県上松町
木曽の桟

橋を渡ると、説明看板が何枚も建っています。これはただならない史跡がある様で、読んでみると"木曽の桟"と書いてあります。

要約すると、この付近の中山道は断崖絶壁で木曽川が氾濫すると、桟と呼ばれる木道が幾度となく流され、中山道最大の難所とも言われていました。
その木道の桟に変わって、尾張藩が人が歩ける幅の石垣を築き、その遺構が現在の国道の下に見える様に残してあります。

2021.06.27 長野県上松町
木曽の桟

松尾芭蕉が更科紀行で詠った句も、紹介されていました。

桟や命をからむ蔦葛

崖に張り出した桟を歩く際に、蔦が命綱の様に感じたのでしょうか、蔦を掴んだら切れてしまいそうですが、命懸けの街道歩きだった事が窺えます。

2021.06.27 長野県上松町
木曽の桟

中山道の三大難所を詠んだ歌もありました。

木曽の桟(かけはし) 太田の渡し 碓氷峠がなくばよい

碓氷峠は峠道の厳しさ、太田の渡しは洪水時の足止め、と想像が付きますが、木曽の桟は見てみないと想像が付かない難所です。

寝覚の床

2024.07.22 長野県上松町
寝覚の床
寝覚の床
出典:国土地理院撮影の空中写真

2021年に中山道を歩いた際に、木曽川屈指の名勝である寝覚の床がある事を知らずに通り過ぎてしまいました。
2024年夏に善光寺西参道を洗馬宿まで歩き終えた後、時間があったので立ち寄りました。

2024.07.22 長野県上松町
寝覚の床

まずは蕎麦屋で一杯。
店からは木曽川と寝覚の床と中央西線が一望出来、ご主人が特急が来る1分前に教えに来てくれたり、木曽節を歌ってくれたり、大サービスでした。

2024.07.22 長野県上松町
寝覚の床

寝覚の床。
浦島太郎が竜宮城から戻り日本中を旅した末に、この地で玉手箱を開けて、夢から覚めた場所が名の由来です。

2024.07.22 長野県上松町
寝覚の床

実際に降りていくと、ものすごい迫力です。柵などは一切なく、自己責任で楽しめる素晴らしい観光地でした。
元々は木曽川の川底にあったそうですが、水力発電で水量が減った影響で、川底が露出して、現在の景観を見る事が出来ている様になりました。

吊り橋

2021.06.27 長野県上松町
立山地区吊り橋

街道の真横に、地図には載っていない吊り橋がありました。
自動車が通れる作りではないので、小中学生の通学や、ちょっとした農作業などの移動で使っているものと思われます。

2021.06.27 長野県上松町
吊り橋からの木曽川

吊り橋からの眺めは、水面が近いので迫力満点、一番木曽川を身近に感じられた瞬間でした。
先ほど木曽の桟で見た花崗岩は一枚岩でしたが、この付近は丸い形です。地殻変動でもあったのか、摩訶不思議です。

2021.07.10 長野県南木曽町
国道19号と中央西線と木曽川

木曽川と中山道と国道19号と中央西線は、源流の木祖村からずっと並走してきました。
この付近は隘路の様に四者が見事に急接近、三世代に渡る陸路の幹線と木曽川が共演しています。

2021.07.10 長野県南木曽町
山嶺と木曽川

上の画像は、歩道の右下に木曽川を眺めながら進み、道と川が右に曲がった付近からふり返った景色です。
木曽川の奥に聳える木曽の山嶺、ずっと見ていたくなる様な風景でした。

2021.07.10 長野県南木曽町
桃介橋

三留野(みどの)宿に、信じられない規模の吊り橋、桃介橋があります。
福沢諭吉の娘婿であり、木曽川の開発などを手掛け福沢桃介が、1922年に水力発電開発のために架けた吊橋。
日本で最大級の木橋で全長は247mもあります。

2021.07.10 長野県南木曽町
桃介橋
出典:国土地理院撮影の空中写真
桃介橋

これより中山道は、ハイライトの妻籠宿に入っていきます。その先にある馬籠峠に向けて山道を登っていくので木曽川と離れる事に。
一抹の寂しさを感じながら、桃介橋をふり返りました。

木曽路を歩いた時の記録はこちらからご覧ください↓


3.美濃路

2021.07.11 岐阜県中津川市
遠くに見える木曽川

馬籠峠を越えて岐阜県に入りました。
木曽路の深い谷の中とは異なる広々とした田畑を見ていると、木曽路が終わってしまった事に気付かされます。その瞬間にふと、木曽路の喪失感を感じてしまいました。
そんな事を考えながら坂道を下っていると、遥か彼方に木曽川が顔を覗かせていました。

太田橋

2021.07.25 岐阜県可児市
太田橋

美濃に入るも山道は続き、30km近く低い山々を越える十三峠を歩いているうちに、木曽川の存在をすっかり忘れていました。
そんな時に、突然目の前に見事な橋が現れます。

2021.07.25 岐阜県美濃加茂市
太田橋

太田橋。
1927年に開通した全長218mのトラス橋で、土木遺産に登録されています。
思わぬ形で久しぶりに木曽川に会うと、嬉しくて疲れが何処かに飛んでいきます。

2021.07.25 岐阜県美濃加茂市
太田橋
出典:国土地理院撮影の空中写真
太田橋

久々に再開した木曽川はとにかく雄大で、多くの人々が、ラフティングやSAPなどのウォータースポーツで楽しんでいます。
狭かった川幅が想像以上に広くなっている姿が、久々にあった親戚の子どもが立派な大人になっている姿と重なりました。

2021.07.25 岐阜県美濃加茂市
太田の渡し跡

上の画像の場所が、碓氷峠・木曽の桟と並ぶ中山道三大難所のひとつ、太田の渡し跡。
穏やかな天気の日でも、流れが早いので、もし川が荒れたらすぐに川止めになりそうです。

2021.08.06 岐阜県美濃加茂市
鳩吹山と木曽川

しばらくは木曽川の堤防の上を進みます。
日陰がない道でしたが、雄大で穏やかな木曽川の流れが、暑さを忘れさせてくれました。

2021.08.06 岐阜県坂祝町
日本ライン

岐阜県美濃加茂市から愛知県犬山市にかけての木曽川一帯は、ドイツの名勝ライン川に似ている事から、日本ラインと呼ばれています。
観光の目玉だった日本ライン川下りも、利用者の減少などが影響して2012年で営業を休止しています。

2021.08.06 岐阜県坂祝町
日本ライン

見事な景色です。
深緑の水と花崗岩の岩肌は、寝覚の床の景観を思い出しました。
この付近が日本ラインのハイライトの様です。

2021.08.06 岐阜県坂祝町
日本ライン

ここ付近で、中山道から眺める木曽川は見納めとなります。
美しい流れを目に焼き付けて、次の再会を楽しみに、別れを告げました。

2021.08.06 愛知県犬山市
鵜飼船

中山道の鵜沼宿から、南に3km弱逸れた場所に犬山城があります。
城の麓の木曽川沿いの宿を予約。街道から逸れてはいますが、川を満喫しながら一夜を過ごしました。

2021.08.07 愛知県犬山市
旅館 川美屋

部屋の目の前が木曽川で、流れの音が聞こえてきそうな距離。
翌朝は朝陽を浴びる犬山城を見ながら、木曽川を渡り中山道に戻りました。

2021.08.07 愛知県犬山市
犬山城

起渡

2024.06.16 愛知県一宮市
尾西歴史民俗資料館

東海道の宮宿(名古屋市熱田区)と中山道の垂井宿を結ぶ脇往還の美濃路、全長約60kmですが、見所が溢れかえっている街道です。
道中、木曽三川を渡る最初の川が木曽川で、往時の旅人は起渡(おこしのわたし)で川を渡っていました。

2024.06.16 愛知県一宮市
尾西歴史民俗資料館

起渡の手前にある宿場が起宿。
旧脇本陣 林家邸宅跡が、美濃路×木曽川ミュージアム 一宮市尾西歴史民俗資料館になっており、展示物に面白いジオラマがありました。

2024.06.16 愛知県一宮市
尾西歴史民俗資料館

船橋のジオラマ。
将軍や朝鮮通信使などの通行時には船を270艘以上並べて橋にしていました。
この様な模型になっていると、とてもわかりやすいです。

2024.06.16 愛知県一宮市
渡船場跡

渡宿の宿場町を抜けて、いよいよ木曽川の堤防に登ります。
3年ぶりの木曽川、さらに成長した姿に出会えて本当に嬉しかったです。
木曽路を歩いた日々を思い出しました。

2024.06.16 愛知県一宮市
濃尾大橋

濃尾大橋。
開通1956年、延長777.7m、見事な橋です。木曽川上流には100mにも満たない橋があった事を思い返すと、川の成長と共に橋も成長している事が実感できます。

2024.06.16 愛知県一宮市
木曽川

河口の伊勢湾まで30km超あるとは思えない見事な川幅。川の流れが穏やかなので雲が水面に映っています。
木曽川を街道歩きで渡るのは、同じ街道を再び歩く以外ではこれが最後になりそうです。

出典:国土地理院撮影の空中写真
濃尾大橋

美濃路を歩いた時の記録はこちらからご覧ください↓


4.尾張路

2022.12.28 愛知県愛西市
佐屋駅周辺地図

東海道の脇往還 佐屋街道の佐屋宿。
木曽川を直接眺める事はできませんでしたが、その流れを感じる事が出来ました。
最初は駅前の地図、大きく木曽川が描かれています。

きこくの生垣

2022.12.28 愛知県愛西市
きこくの生垣

きこくの生垣。
きこくとは、生垣などに使われる柑橘系の洛陽低木で、一般的にはカラタチと呼ばれています。
この説明看板に、木曽川が出ていました。

2022.12.28 愛知県愛西市
きこくの生垣

上の画像の絵は、尾張藩の絵師が描いた尾張名所図解。
絵の上半分にが木曽川、対岸の町が米粒の様に描かれ、川の中央には渦が巻いており、その雄大さが伝わってきます。

起渡船

2022.12.28 愛知県愛西市
佐屋舟場道

佐屋舟場道道標。
佐屋舟場とは、東海道桑名宿(三重県桑名市)までの渡しの渡船場。東海道の桑名宿と宮宿(名古屋市熱田区)を結ぶ七里の渡しより短く、三里の渡しと呼ばれていました。

2022.12.28 愛知県愛西市
佐屋三里之渡趾

三里の渡は、徳川三代将軍の家康・秀忠・家光、吉良上野介、松尾芭蕉など、錚々たる偉人たちが使っていました。

2022.12.06 愛知県弥富市
関西本線 木曽川橋梁

最後の画像は、東海道を西から桑名まで歩き、自宅に帰る際に近鉄特急から撮影した木曽川河口付近、川幅は1km近くもありました。

出典:国土地理院撮影の空中写真
関西本線 木曽川橋梁

これにて木曽川の源流から河口までの記録は終了。
上空写真
改めて中山道の記録を見返していると、その素晴らしさには改めて気付かされました。
次回は利根川を紹介します。

定線観測シリーズは他にも、巨樹・熊・桜・酒・鉄道など、様々なテーマで記録をまとめています。
詳しくは目次をご覧ください。

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