琉球宿道3 東御廻い 園比屋武御嶽→玉城グクス
琉球の創世神、”アマミキヨ”が渡来したと伝えられる知念半島を巡拝する行事、”東御廻い(あがりうまーい)”を、起点の那覇市首里の”園比屋武御嶽”から、南城市玉城の”玉城グスク”まで、14の拝所を巡る道を歩いてきました。
2022.02.15
1.園比屋武御嶽(すぬひゃんうたき)

起点の園比屋武御嶽は、首里城守礼門を入りすぐ左側。

園比屋武御嶽。
国王が外出する際に旅の安全を祈願した場所、東御廻い最初の拝所。

世界遺産でもあります。

首里城の開門前、朝の空気は気持ち良いですね。


首里城の北側にある池、円鑑池(えんかんち)。

猫かわいい。

鳥もかわいい。

東御廻いについて14カ所の拝所の情報はあるのですが、どの道を王朝時代の人々が歩いたかの情報がありません。城の周りをうろうろしながら、地図にはない道筋をさがしているところ。無駄なようで嗅覚を発揮する大切な時間です。

どうやら首里城の城壁に沿って行くのが正しいと感じましたので、北側の城壁に沿って東に向かいます。

ハブ注意の看板は、沖縄本島はどこにでもあります。
仕事や遊びでやんばる(沖縄本島北部地域)の山中を結構歩きましたが、夜行性である為か、道で車にひかれた姿以外は一度も遭遇したことがありません。

太平洋が見えてきました、坂を下り首里の趣ある街中を通過します。

こちら識名酒造には沖縄最古の、150年ものの古酒(くーすー)があります。古酒とは全量が3年以上熟成された泡盛のこと、5年、10年などのようにラベルに年数が記され、高級品は壺に入れられて販売。ちなみに9月4日は古酒の日、ローカルニュースでは毎年取り上げられます。

看板商品、”時雨”のラベル。

目的地の知念半島がみえてきました、うっすらと光芒が確認できます。


この交差点は王朝時代に、これから向かう与那原(よなばる)方面に向かう道の分岐点であった場所、歩いている道としては、いい線いっているのでしょう。

沖縄自動車道那覇インターチェンジ付近。

起伏の激しい道、彼方には知念半島。

那覇市の可燃物の袋には、”もやすごみ”と書かれています。
那覇市に住んだとき、指定のゴミ袋を購入した時に”もやすごみ”と書かれていた事が衝撃的でしたが、考えたらゴミは自分からはもえないので、もやすごみが正しいのかと、自分に言い聞かせて納得していました。
ちなみに隣の浦添市では”もえるごみ”です。

途中の大名地区の史跡案内板。

那覇空港自動車道の下をくぐります。

ゆるやかな坂をくだり与那原町へ。

与那原町に入りました、このように読めない看板は沖縄あるあるで、うるま市・沖縄市でよく遭遇します。
短めにまとめた記事がありますので、お時間のあるときにご覧ください。
2.御殿山(うどぅんやま)

与那原町の中心地に入り、道が渋滞し始めます。

暖簾が素敵な畳屋さん。


こちらが御殿山、んんん、山がない?
解説文を読むと山と呼ばれる謎が解けました。

御殿山。
やんばるから船で運ばれてきた、高級士族の御殿建設用の材木が山の様に積まれていたことから、御殿山という名前になったといわれてます。


こちらが、御殿山の名前の由来となる、やんばるから材木を運んだ船。

海側からみた与那原町PRの巨大看板、迫力があります。

先程の看板裏側は与那原大綱曳き一色。町最大の祭りで沖縄の三大綱引きのひとつに数えられ、他は”糸満の大綱引き””那覇大綱挽”です。
ひきの文字が三者三様で面白いですね。


橋には大綱のオブジェ、自動販売機は大綱曳きのラッピング。
400年の歴史がある大綱曳に興味があり、2019年に観に行った際の様子を紹介します。

綱引きは東西に分かれて行われ、赤と紫の衣装を纏った人々が町を練り歩きます。

こちらは綱を運んでいる様子。

東西の綱が、御殿山の横の広場で対面。

綱の輪と輪を重ね合わせ、

綱と綱が重なった空間に、”カナチ棒”と呼ばれる木を挿入。
その瞬間が綱曳きの始まり。

こちらが本番前に撮影したカナチ棒。

あっという間に決着がついたと思ったら、

綱が切れてました・・・・。

切れ端を持ち帰り、いまでも宝物として飾っています。

さて、本題に戻ります。
赤い橋の奥が与那原の中心部、次の拝所まですぐです。
3.親川(えーがー)

親川。
天女が御子を出産し、産湯を使った井戸。

工事中の為、入れません。残念ですが、また来る時の楽しみが出来ました!

この敷地の地下に、先程紹介した大綱曳のカナチ棒が格納されています。


オリオン通り、行ったことありませんが、なかなかディープな飲食店街らしいです。

収穫したサトウキビを製糖工場に運ぶトラック。ちょうど今が収穫期、製糖工場周辺の道路に、キビが落ちていたりします。

歩く道は国道331号、しばらくこんな感じ。

沖縄発祥の人気のコインランドリー、全国展開中で関東地方では地上波TVCM中、凄いですね。

沖縄らしい店舗、よくみると建物に直接店舗名がペンキで塗られています。
看板が台風で飛んでしまう事が多いのでこうなったのかと思われます。
短めにまとめた記事がありますので、お時間のあるときにご覧ください。

この奥にあるスーパーサンエーは、私の中では海が一番綺麗に見えるスーパーマーケット。
4.場天御嶽(ばてんうたき)

南城市に入りました。


こちらが馬天港、戦前は日本海軍、戦後は米軍の管轄下でした。

これは落書きではありません、”チリ”とは沖縄方言でゴミのことです。


川を渡り坂を登り、

馬天御嶽に到着、漢字が地名の”馬天”とは違いますね。

場天御嶽。
14世紀前半から約100年続いた三つの国、北山・中山・南山の三山を統一した尚円志(しょうはし)の祖父、佐銘川大王(さめがわうふぬし)が移り住んだ場所。

説明書きの上にある、このマーク、いいですね。
太平洋から昇る太陽と14の拝所がデザインだと思われます。


神父的な森ですね。

イビの森と呼ばれています。

イビの森からの眺め、彼方にはうるま市の勝連半島がみえます。

沖縄らしさが詰まった道を歩きます。


牛舎。10秒くらい見ていると、ぞろぞろと寄ってきます、かわいい。

出荷前のさとうきび。
先程説明したトラックに積まれ、製糖工場に運ばれて行きます。


右も左もサトウキビ畑。


写真の白い綿はサトウキビの花、季節を感じます。
5.佐敷グスク(さしきぐすく)

立派な鳥居が突然現れます、佐敷グスクの一の鳥居。

又もや坂道が、よく考えたら海に突き出した半島の拝所は、おそらく久高島を望むことが出来る丘の上や海岸が多数を占めると思われます。
あと9カ所も拝所があるのか・・・・。


二の鳥居をくぐり、門を過ぎると拝殿が。

佐敷グスク。
三山を統一した尚円志と父、尚思紹王 (しょうししょう)の居住跡。

さて、山を下ります。


沖縄に来て街歩きをしていると、貯水タンクが多い事に気が付きます。

中央奥、建物屋上にある四角い部分の中に、貯水タンクが入っています。
せっかくなので、貯水タンクを求めて街歩きをしたときのYouTubeを紹介します。
撮影したのは2021年冬、前職の気が合う仲間、入社30年目・3年目・1年目の三人で近所の那覇市小禄の、貯水タンクや酒蔵を巡りました。

佐敷地区のマップ、わかりやすくまとめられています。
6.テダ御川(てだうっかー)



サボテン、寒緋桜、コスモス、いろんな花が咲いています。


屋根の上のシーサー、玄関などの両脇に対で鎮座する姿が一般的ですが、本来はこの姿だったそうです。


川を渡り、


集落に入り、

食道を発見。

コロナでお弁当のみの販売でした。

切り立った崖の向こうあたりが世界遺産・斎場御嶽。

暫くは国道を歩きます。


フクギに囲まれた古民家。
フクギは暴風・防潮・防火の効果があります。


車エビの養殖場、中央に不思議な岩が。

隆起サンゴの根元部分が波の浸食などで削られた、ノッチという地形。

国道から海にそれ少し歩くと、


駐車場の横にいきなりテダ御川の看板が、どこだかわからず、不安になりながら海岸線を200m位進んだらありました。


テダ御川。
太陽神が降臨した聖地です。
7.斎場御嶽(せいふぁーうたき)

前方丘の上が斎場御嶽。

海岸には軽石が浮かんでいます。

除去している人々がいます。


サンゴと混ざっていますが、濃いグレーの石が軽石。

軽石を集めた袋、自然災害なので何とも言えませんが、対処するしかないですね。

安座真(あざま)港、久高島行のフェリー乗り場。
島には沖縄赴任中は3度上陸しました。

斎場御嶽。
沖縄最高の霊地と言われ、琉球の創生神・アマミキヨがつくった七御嶽のひとつ、残りの六御嶽は次の通り、斎場御嶽と同じ南城市に集中してます。
安須森御嶽(あすむぃうたき)/国頭村辺土
クボウ御嶽(くぼううたき)/今帰仁村今帰仁城内
斎場御嶽(せーふぁうたき)/南城市知念
薮薩御嶽(やぶさつうたき)/南城市玉城
雨つづ天つぎ御嶽(あまつづてんつぎうたき)/南城市玉城、
玉城城内クボー御嶽(くぼーうたき)/南城市知念(久高島)
首里真玉森御嶽(しゅいまだむいうたき)/首里城内

ゆっくり巡ると1時間くらいかかります。


久高島遥拝所。


中を巡ると、よく地元の方々が観光客が入る事を許したなあと感じます。


三庫理(さんぐーい)と呼ばれる最も格式の高い拝所。
今は中に入れなくなっています。
8.知念グスク(ちねんぐすく)

15時を過ぎ、ようやく折り返し地点を過ぎました。
日没までに巡れるか心配・・・・。


くねくねした道をすすみます。

珍しい緑の屋根。

案内看板が一切なく、不安しかない中、山道に入ります。

到着しました。

知念グスク。
廃藩置県まで続いた最後の琉球王朝を19代にわたり約400年統治した、第二尚氏(だいにしょうし)の第3代国王、尚 真王(しょう しんおう)の時代に築かれた新城。
琉球最初の王・天孫氏(てんそんし)が築いた古城。
2つの城からなっています。


おそらくこちらが新城の石垣。

おそらくこちらが古城の石垣。
9.知念大川(ちねんうっかー)


知念グスクの麓にあります。


知念大川。
アマミキヨが天から稲を持ち帰ったと言われる場所。
次に巡る拝所、受水・走水とともに、沖縄稲作発祥の地と呼ばれています。

琉球石灰岩が露出する山麓を眺めながら歩きます。


具志堅のシーサー、南城市内最大の大きさで地域の魔除けを担っています。

坂と道と海の風景ってどうして飽きないのでしょうね。

さぁ、次から続く3つの拝所は海辺にあるので、坂道を下り続けます。


坂の途中にあった”カー”。
水が湧く場所を”カー”と呼び、県内のあちこちに存在します。

山里ミニ文庫。



若い男女の恋愛が詠われている”手水の縁”歌碑、きれいな字ですね。

途中にあった警告文が、沖縄らしくて面白かったです。
中央左側、那覇市のオフィス街でよくみる路上での弁当販売。
中央右側、同窓会や忘年会など会合の横断幕での募集。
街中で良くみかけます。
10.受水・走水(うきんじゅ・はいんじゅ)


まもなく17時、陽が傾いてきました。今住んでいる埼玉県と比べると1時間くらい日没が遅いのでまだ安心ですが、心細くなってきます。

素敵な看板。

琉球松。
沖縄県の木、写真の様に存在感があり、沖縄方言ではマーチと呼ぶ。

ノッチがみえますね。


琉球の創世神”アマミキヨ”が降り立った地、道の名前になっています。


道に迷いながら到着しました、受水・走水。
勢いよく水が流れ出ている、沖縄では珍しい光景。

受水・走水。
アマミキヨが稲の種を持ってきて植えた場所、沖縄の稲作発祥の地。


なんと、小さいですが水田が2つあります、感動しました!
11.ヤハラヅカサ(やはらづかさ)



ヤハラヅカサ。
アマミキヨが久高島に降臨した次に、沖縄本島に初めて上陸した海岸。

奥にみえる岩が記念碑、干潮になると全容が表れます。
12.浜川御嶽(はまがーうたき)


浜川御嶽。
アマミキヨが、先程のヤハラヅカサに上陸した後に仮住まいをした場所。

斎場御嶽と同じくらいのパワーを感じる場所でした。
13.ミントングスク(みんとんぐすく)

まもなく18時、坂を上り次の拝所ミントングスクを目指します。

読めない道路標識、車が走っていない道。なんと最後に来てみつからず周辺をさまよう事30分、人も歩いておらず途方に暮れていると、

中高生くらいの女子が歩いて来たので尋ねたところ、
「ミントングスク?この辺はグスクだれけで、どれだかわからないッス」
と言いながら検索し調べたうえに、丁寧に歩いて案内してもらったのはなんと民家の中!躊躇っていたら、
「今は住んでいませんから大丈夫ッスよ!」
ということで中に入りました。

ミントングスク。
アマミキヨの安住の地。
知念さんという個人宅の中にあり、案内表示がひとつもなく本当にここでよかったのか不安でしたが、検索したら同じ画像が出てきたので一安心。

階段を上った先の、拝所と思われる場所。土地所有者の知念さんは、アマミキヨ直系であると言われているそうです。
14.玉城グスク(たまぐすくぐすく)

さぁ、ラストスパート、最後の拝所に向けて急ぎます。グスクロードの文字がウイニングロードに見えてきました。

シーサーが乗った、屋根の形をした植木。

イタジイの木。
やんばる地域では森の樹木の約7割がイタジイ、実際に見ると山全体がイタジイにみえる場所もあります。

到着しました。


玉城グスク。
アマミキヨが築いた、琉球最古の古城跡といわれます。

iPhoneの性能が良いので明るく見えますが、薄暗い中、山城の頂上一の郭を目指し上ります。

最上段の一の郭入口は、岩がくり抜かれている岩門。
夕暮れの岩門を定期的に撮影に来ているという地元の方がいました。

彼方に見える久高島、手前は琉球ゴルフ倶楽部。

岩門の中からみた風景、見方によってはハートに見えます。

さて、下城します。

下からの見上げた岩門、幻想的ですね。

最寄りのバス停まで約30分、街灯がない山の中の細い道を降りていきます。灯りが見えるのは奥武島(おうじま)、島の近くのバス停がある国道331号を目指します。


あと少しです。

今日は満月ですが残念ながら雲の中、轟音を響かせて飛行機が横切って行きました。

距離がフルマラソンとほぼ同じ!満足度が高まりました。

時間ぴったりにバスは到着、想い出に浸りながら、那覇バスターミナルまで約1時間の旅。
東御廻い、心に残る一日でした。
