水戸街道2 小金宿→藤代宿
黄門様が歩いた、五街道に準ずる脇街道の水戸街道。水戸徳川家・沿道周辺の諸大名などが頻繁に往来した茨城県の大動脈、一八宿二十八里を夫婦で歩きます。
2022.05.14
1.スタート地点まで







午前中大雨の予報の中、スタート地点まで向かうのは気合いと覚悟が必要。そんな時はいつも、街道を行き来した往時の人々は、きっと天気は関係無かったはず、と言い聞かせます。
2.柏









常磐線・国道6号と、交わったりを繰り返す市街地の単調な区間。史跡はありませんが、冷食自販機の様な、現代食文化の流行を楽しんだりしながら進みます。






北柏駅前を過ぎると突然、ゆったりとした風景に。農家風の黒瓦のお屋敷が広い敷地の中に点在し、空が広く感じられます。






"角の屋敷は残る"の法則。
街道の曲がり角は、とても絵になります。そして不思議と、角にはお屋敷が今も残っている確率が高く、曲がり角を見ると、不思議とテンションが上がります。





我孫子宿に入ります。貴重な道路の起点を示す、赤矢印付きのおにぎり型国道標識がありました。
3.我孫子宿







我孫子の街中に入りました、畑と住宅が混在、近くには手賀沼がありとても住みやすそうな街です。







我孫子市ゆかりの文化人の説明看板がが駅前に設置してありました。別荘地だったのですね。嘉納治五郎、柳田國男、武者小路実篤、志賀直哉、教科書に出てくる錚々たる顔ぶれです。






水戸街道を歩き始めて、千住以外で初めて本陣跡の表示、嬉しいですね。







我孫子宿を抜けると、空が更に広く感じ、道沿いの植物たちが街道歩きを楽しませてくれます。
4.街道の語尾に"ル''が付く目印?









街道沿いでよく見かける語尾に"ル"が付く目印。理髪店サインポール・マンホール・バス停留所ポール。結構ありそうですが、水戸まで粘り強く撮り続けてみます。



途中道に迷い、眺めの良い高台に出ました。彼方に国道6号と常磐線の利根川橋梁が見えます。離れているのに大きく見えて、迫力も感じられます。
5.坂東太郎










利根川の凄さは、河口の銚子まで80km以上あるにもかかわらず、堤防間の距離を表す川幅がとても広く、国道6号大利根橋は利根川を架かる道路橋では1番の長さ1,209m。川自体の幅も広く、特急ひたち号の車両の幅とほぼ同じでした。
ちなみに日本三大暴れ川には名前がついており、利根川=坂東太郎 ばんどうたろ)う、筑後川=筑紫次郎 つくしじろう、吉野川=四国三郎 しこくさぶろう、と呼ばれています。
6.取手宿






常磐線ガード下に、壮大なスケールの壁画があります。取手市が2000年から取組む、壁画によるまちづくりの一環。1枚目写真の作品は2021年作品で、テーマは「取手の街と利根の龍」、素晴らしい取組ですね。







常磐線ガードをくぐり、本陣通りに入ると街並みが一気に街道モードに入ります。利根川の渡船場があり、かなり賑わった事でしょう。








見事な茅葺屋根の本陣。徳川家の歴代藩主、水戸藩士、他大名が宿泊や休息に利用してました。
7.坂東太郎との別れ







本陣を過ぎると、元商店風の旧家がいくつか残っています。






利根川堤防の近くまで道は向かい、近づいた後に左に別れます。利根川=坂東太郎はとてもとても雄大な大河でした。
8.生垣の道










坂東太郎と別れ少し歩くと、多くの家の塀が生垣でできた集落が現れます。雨上がりと新緑が相まって、街道沿いに鮮やかな色彩を放ってました。




石垣の上に生垣を施してある家もありました。大袈裟ですが、日本の道100選に選ばれそうな、ポテンシャルがある道でして。
9.田園の道













GW前後の田植えが終わり、田んぼではカエルが鳴き始めてます。街道歩きで長閑な風景を歩いている時間は、史跡と同じくらい楽しい時間です。




田んぼの真ん中にポツンと残る、屋敷や木立や墓が、とても美しく見えます。眺めていると、田んぼが海に見えてきて、そう考えると景色が違って見えてきます。
松島海岸の風景みたいで、"田園松島"と呼ばせてもらいます!






田園地帯のため、灌漑用水が縦横無尽に流れています。写真では撮影できませんでしたが、1m弱の幅の用水に鯉がたくさん泳いでいたのは、不思議な光景でした。
10.藤代宿







藤代宿に入りました。静かな街並みで、所々に街道らしさが自然に残っています。







愛宕神社が、オートバイジンジャーと銘打って、幟や顔ハメパネルが設置してありました。調べると、一般社団法人 日本二輪車文化協会が認定しており、バイクで地域活性化を目指していることがわかりました。お遍路さんみたいな感じで全国を巡る、面白いですね!








私は茨城県出身なので、小貝川というと洪水で氾濫するイメージが残っております。川の勾配が緩く利根川からの逆流の影響を受けるなど、条件が揃っているためです。利根川は本来は東京湾に流れていましたが、江戸の洪水を防ぐために、元々鬼怒川が流れていたルートに、流れを変えた歴史があります。小貝川の洪水は人災でもあると思うと複雑になります。









途中踏切で渡った関東鉄道は、竜ヶ崎線と呼ばれ、4.5km先の竜ヶ崎駅が終点。自治体名は龍ヶ崎で、略字が今に残っていているのでしょうね。










本日はここまで。久々の雨の街道でした。来週以降も田園地帯を歩くので楽しみです。


帰り道、先週に引き続き馬橋の銭湯に。ここがとても落ち着くのです。サウナのルールが複雑で、40年通っている常連さんに教えてもらったりして、人情味溢れる、旅の最後の楽しいひとときでした。
