秩父往還 復路3 小前田→熊谷〔完〕
熊谷から秩父に向かう秩父往還、2年前の同じ時期に夫婦で歩きました。今回復路で歩く目的は2つ。
1つ目は、前回の道中に水田で発見した兜エビを再び見ること。
2つ目は、3週間後に歩き始める、街道史上最長かつ過酷な、奥州街道白河→三厩百五十二里608kmの、暑熱順化のトレーニング。
日本一暑い熊谷が、ゴールで私たちを待っている事でしょう。
2025.07.06
1.スタート地点まで

我が家の近くには中山道が通っています。
浦和宿と大宮宿のほぼ中間地点。
今日のゴールは中山道の熊谷宿、大好きな中山道を歩けるので今から楽しみです。



改札口用QRリーダー。
新しい自動改札機に使用前ですがQRリーダーが設置されています。
いつから運用されるのか、調べてみてもハッキリしません。
こちらの方がコストがかからないのかもしれません。実際に全てがこちらに移行したら、交通系ICのようにスイスイ通過できないので、改札前は長蛇の列が出来そうな気がします。


本日の装備は、来週から4回に分けて歩く奥州街道(福島 白河宿→青森 三厩)と、同じ荷物で臨みます。
大きめのモバイル充電器を購入してしまい、荷物が破裂しそうです。


修学旅行。
大学で観光学を教えている身として、驚いたことがひとつありました。
コロナ禍で学生数が極端に減った年があり、学生に何でたと思うと聞いたところ、
「修学旅行がなかったからだと思います」
と言ったコメントをもらいました。
確かに、高校生時代の様々な体験は将来の進路選択に大きな影響を与えているんだなと痛感しました。
熊谷駅コンコースに体育座りしている生徒たちが、修学旅行の体験が観光産業に興味関心を示すきっかけになります様にと、七夕の短冊に念力で願いを刻みました。


この階段は貴重です。
ガムの跡、滑り止めの金具を踏むときのカチャカチャ鳴る音、たまりません。
これでホームに降りたら、みんな新聞や雑誌読んでて、線路はタバコの吸い殻だらけだったら昭和の駅です。


秩父鉄道は、東急電鉄の昔の車両を使っています。
天井でくるくる回っている扇風機が懐かしく撮影すると、一緒に写っていた蛍光灯と丸い吊り革も、いい味を醸し出していました。




ちょうど、燕の雛が子どもになり、飛ぶ練習をしている瞬間に立ち会えました。
普段目にする燕とは明らかに異なるゆっくりとした飛び方で、ほのぼのとする光景でした。


2.小前田





街道のすぐ横に牛の牧場があり、手を振って手招きして呼んでも、日陰からこっちに来てくれません。
牛も暑いのでしょうね。


本日の朝食は、ローソンのイートイン。
卵好きにはたまらない、溢れんばかりのタマゴサンド。これはおすすめです。



ふかや花園駅。
2018年に、アウトレット建設の計画のひとつとして開業した新駅。
近代的過ぎて、秩父鉄道の駅の中では異彩を放っています。





3.永田

時刻08:33 気温28℃




畠山重忠公 。
平安時代末期から鎌倉時代初期の武将。



土管工場の敷地に積まれた土管が、運動会の組体操の花形、ピラミッドに見えてきました。


参院選の時期がやってきました。
街道を歩いていると、あちこちで選挙をやっている様に感じます。
こういったポスターが写り込んだ画像を、SNSで使って良いものか、考え方によってはグレーな気がします。
4.秩父鉄道とともに









秩父往還は、荒川・秩父鉄道・国道140号と、時代ごとに移りゆく運輸の主役と並走しています。





ずっと秩父鉄道と並走してます。
その中でも、上の画像の車両が来ると何故かテンションが高くなります。
西武鉄道を走っていた車両を改造して、レッドアロー号の座席を使用しているそうです。




今回、秩父往還の復路は3日間に分けて歩きましたが、全ての日で絶妙なタイミングで蒸気機関車に遭遇出来ました。

埼玉県 皆野町

埼玉県 長瀞町
1日に1往復なのですが、運が良かったのですね。
5.兜エビ

おたまじゃくし。
普通おたまじゃくしは、卵から孵った直後でないとこんなに密集しないのですが、これは珍しい光景です。



兜エビ。
約2億年前からほとんど姿を変えていないと言われる、生きた化石です。
身近な田んぼに生息しており、1ヶ月くらいしか生き延びません。
昨年秩父往還を歩いた時に、この付近の田んぼで初めて目にして大感動。
また見に来たいと家内とずっと話をしていて、ようやく願いが叶いました。




この付近で発掘された埴輪馬のレプリカ。
本物は国立博物館に展示されている様です。


時刻11:21 気温32℃
あまりに暑く、身の危険を感じ始めたので、街道から逸れてセブンイレブンで身体を冷ましてから、深部体温を冷ましにかかります。
深部体温とは、脳や臓器など体の内部の温度。熱中症は深部体温が上昇し、その熱をうまく外に逃がすことができずに生じるさまざまな症状の総称です。
深部体温を下げるには、冷たい飲み物などの摂取と、静脈部分と手のひらを冷やす行為が効果的なので、アイスを食べながら、冷凍ペットボトルを握りしめながら、静脈部分に当てながら歩きます。
気をつけないといけないのは、冷凍ペットボトルの冷たい状態での飲み過ぎ。
お腹をくだして歩けなくなります。



兜エビ、家内が大漁に捕獲しましたが、ちょっと気持ち悪いですね。


今歩いている道は旧道ではありませんが、木陰があり本当に助かります。


ホウネンエビ。
兜エビを探していたら、今度は絶滅危惧種のホウネンエビを発見。
田んぼは奥深いですね。
6.石原

喫茶店 夢街道。
駐車場にたくさんの車が停まっていました。雰囲気もよく間違いなく人気店ですね。






熊谷うちわ祭。
江戸時代中期から続く祇園祭。
うちわ祭の形式になったのは、明治後半の頃。その後絹産業で熊谷が繁栄し、各町競って山車・屋台・神輿を購入し、現代の華やかな祭の姿に至っています。
うちわが祭りに使われるくらい、熊谷は往時から暑かったのでしょうね。







熱中症注意の看板、初めて見ました。
さすが熊谷です。
7.中山道追分

中山道と秩父往還の追分。
ちちぶ道と刻まれた立派な道標が残っています。


時刻15:59 気温33℃
秩父往還は終了。
昨年は2日で歩いたのですが、今年は3日かかってやっと歩いてもうヘトヘトです。
57歳、体力の衰えを感じた瞬間でした。


栃金帽子店。
カーテンが閉まっている点以外は、4年前に中山道を歩いた時と同じ佇まいです。

前回中山道を歩いた時は、熊谷市在住の会社の同僚に案内いただきながら、道中の知人宅に寄り道しながら、ワイワイと楽しく歩きました。
その時の記録はこちら↓




8.熊谷宿

本日のクライマックス、八木橋百貨店が見えてきました。
早く涼しい館内に入りたい…

八木橋百貨店の館内には中山道が通っています。
熊谷市は太平洋戦争最後の空襲があった都市。隣接する群馬県太田市に中島飛行機製作所があり、その下請け工場が熊谷に多くあったからと言われています。
その影響もあり、熊谷市内は区画整理がされており、街道の雰囲気が残る道がほとんどありません。
歩いていて物足りないのですが、中山道跡地の上に建てられた八木橋百貨店が、敷地内を通っていた中山道に敬意を表して、1階の通路に中山道を再現しています。

八木橋は数少なくなってきた地方のご当地百貨店。館内に入ると驚くくらい活気があります。
家電量販店やインテリア量販店などがテナントとして入ることもなく、昔ながらの百貨店の雰囲気が残っており、特筆すべきなのは飲食店街。
和・洋・中・カフェなど、5店舗は入っており、13:00を過ぎていましたがどの店もほぼ満席。ラーメンを食べようと中華レストランに行きましたが、10人くらい並んでおり諦めました。

上の画像の温度計、よくニュースに出る温度計です。
2時間前の記録で、手動の温度計は31.7℃となっていますが、もっと暑く感じます。










ビールが美味し過ぎて、いつもの醤油ラーメンを食べ損ねました。

時刻14:23 気温34℃
これにて秩父往還の復路は終了。
一つ目の目的、兜エビとの再会は大成功に終わりました。
二つ目の目的、来週から4回に分けて奥州街道600kmを歩く前の、暑熱順化訓練はできたものの、今日20km程度の歩きてクタクタになっている自分の肉体に、不安だけが残りました。
下の画像が来週から歩く奥州街道の計画。
どうなることやら、まぁ楽しんできます!

