定線観測4 注連縄と街道
注連縄(しめなわ)。
漢字表記は、注連縄・標縄・七五三縄・〆縄があります。耳では聞き慣れているものの、漢字で見ると読めない人が多いかもしれません。
今回の定線観測は、神社の鳥居や拝殿、民家や商店の玄関先など、街道沿いで目にした注連縄を紹介します。
注連縄とは

長崎県東彼杵町
注連縄が置かれる場所と目的は、主にふたつあります。
一つ目が、神社の鳥居や拝殿などに張る縄。神聖な場所と他の境界を示し、邪気を払う役割を担います。
二つ目が、民家や商店など建物の玄関などに飾る縄や飾り。こちらは邪気を払う、福を招くなどの役割を担います。
これより街道歩きで出会った四種類の注連縄を紹介します。
1.鼓動型

栃木県下野市
鼓動型の注連縄の特徴は、中央が太く両端が細くなる形で、水平に伸びています。
神社の鳥居などでよく目にします。

長野県東御市

佐賀県佐賀市

佐賀県佐賀市

長崎県武雄市

長崎県東彼杵町

長崎県大村市

福島県双葉町

青森県青森市
上の画像の注連縄は、津軽地方独特の注連縄で、じゃんばら注連縄と呼ばれています。

青森県青森市
じゃんばら注連縄の語源は、邪祓(じゃばらい)が訛って転訛したそうです。
松前道を歩いた際は、他のじゃんばら注連縄にはお目にかかれなかったので、機会を作って見に行きたいです。
寄り道 福島の復興
陸前浜街道
福島県大熊町~双葉町
2024.03.11

いまnoteで注連縄について改めて過去の記録を眺めながらふり返っていると、つい目が止まってしまう神社があります。
2024年3月11日に訪れた、陸前浜街道 福島県大熊町の初発神社と、双葉町の新山神社です。

歩いた当時は東日本大震災から13年後にもかかわらず、大熊町に入ると立ち入りが制限されている区域が多数残っており、人の気配が全くありません。

郵便局は廃墟のまま、その姿に言葉を失い暫く立ち尽くし、その後街道を歩き始めてから、すぐの地点に神社がありました。

初発(しょはつ)神社は、東京電力福島第1発電所まで、直線距離で6kmの場所に位置しています。

境内の石碑は倒れたままですが、新築の拝殿が眩いばかりの輝きを放っていました。

こんなに新しく綺麗な拝殿は、なかなかお目にかかることはできません。
その拝殿の正面には、こちらも眩いばかりの注連縄が張られていました。

東京電力福島第一原子力発電所は、廃炉に向けて大きなクレーンが立っておりますが、この先何十年かかるか先が見えない工事の真っ最中にあります。


線量計。
大気中の放射線量を計測する機械で、公共機関や学校など人が集まる場所に置かれています。
2025年夏に奥州街道を歩いた際も、沿岸部ではない内陸部の公園に線量計が置いてありました。

新山宿中心部、街道沿いはまだこんな感じです。

秋葉神社の参道を登ってみます。

拝殿がありその裏の広い敷地に、もうひとつの神社がありました。

真新しい社殿が建てられています。
震災の影響で、この場所にご神体を遷座(せんざ)し、建物を新築したものと思われます。

神額は以前の社殿にあったものを活用していますが、注連縄や鈴尾は新しくキラキラと輝いていました。
二度とあの様な惨事が起きませんように。
2.牛蒡型

茨城県かすみがうら市
牛蒡型は、牛蒡に似た形をしている注連縄で、藁などを一方向に捻ったもの。
片方が太くもう一方が細くなっているのが特徴です。

茨城県水戸市

三重県亀山市

栃木県さくら市
こちらは、二つの注連縄を繋げている、極めて珍しいケースです。

福岡県直方市
上の画像の注連縄の手前に、バスケットのゴールの様な網があります。

よく見ると、注連縄の上に小さな賽銭箱が設置されています。
バスケットのゴールの様な網は、小さな賽銭箱に投げて入らなかった賽銭を受け止めるためのものでした。

投げ賽銭の説明看板には、賽銭箱に入らなくても御加護があると、前向きな説明がされています。
私は運良く、2回目で賽銭箱に入れることが出来ました。網には結構な数の硬貨が貯まってましたので、相当お金を使っている人がいると思われます。
寄り道 蜜柑の産地
長崎街道
佐賀県武雄市~長崎県東彼杵町
2024.01.06~2024.01.07

佐賀県武雄市
年末年始に街道を歩くと、地域性豊かな注連飾りや門松を楽しむ事ができます。
冬の長崎街道を歩いていた際に、様々な場所で、注連縄に特産品の蜜柑が供えられていました。
蜜柑といえば、和歌山・愛媛・静岡の印象が強いのですが、2023年度日本のみかんの生産量を見ると、長崎街道沿いは長崎県が5位で佐賀県が6位と、2県で全国シェアの12.3%を占めています。
順位 県 収穫量(t) 割合
1位 和歌山 143,900 21.1%
2位 愛媛 111,100 16.3%
3位 静岡 99,800 14.6%
4位 熊本 80,600 11.8%
5位 長崎 43,600 6.4%
6位 佐賀 40,400 5.9%
7位 愛知 21,800 3.2%
8位 福岡 16,500 2.4%
9位 三重 16,300 2.4%
10位 広島 15,600 2.3%

佐賀県武雄市
歩いた時期が正月明けで、民家の玄関先で何軒か目にする事が出来ました。

佐賀県嬉野市
お世話になった宿泊施設玄関の注連飾りにも、蜜柑が飾られています。

長崎県東彼杵町
愛宕神社では鳥居の注連縄に、蜜柑が供えてありました。

長崎県東彼杵町
正月の時期に、全国の注連飾りを定線観測をしたら、もっと面白いかもしれませんね。
3.大根型

茨城県牛久市
大根型は、牛蒡型より太く大根に似た形をしている注連縄で、太い方の端は藁が大根の葉の様に広がっているのが特徴です。
上の画像の注連縄には、飾り付けがしてあります。
逆さ吊りの人間の胸から下の様で、ギョッとしますが、神様に捧げる奉献酒(ほうけんしゅ)の様にも見えます。

三重県亀山市
東海道の関宿の中心部では、師走に入っていたからか、多くの家々に綺麗な注連飾りが飾られていました。

長崎県武雄市
蜜柑の産地佐賀県武雄市では、正月の注連飾りに、蜜柑が添えられています。
牛蒡型と比べると、大根型は正月用に家の玄関先などに飾られる、注連飾りに使われる場合が多く感じられます。
寄り道 笑門飾り
東海道 伊勢参宮道 北陸道
滋賀県 三重県 石川県
2022~2024年

滋賀県大津市
街道沿いの宿場町などの住宅店舗の軒先の注連飾りに、"笑門"と書かれた札を時々見かけます。

三重県亀山市
笑門(しょうもん)飾り。
笑う門には福来るを意味し、縁起物として伊勢地方を中心に飾られています。

三重県四日市市
御利益は、邪気を払い福を招き入れるとされ、木札には"笑門"または、上の画像の様に、"蘇民将来子孫家門"と書かれます。

三重県鈴鹿市
正月だけではなく、1年中飾る家庭や事業所なども多く、大晦日に新しいものと交換します。

石川県金沢市
北陸道の金沢市内でも、笑門の注連飾りを見ました。
更に寄り道

福島県福島市
街道沿いの寺院の入り口に貼ってある住職の訓示、読むのが好きで全て撮影しています。

福島県福島市
奥州街道の福島市北部にある鎌秀禅院、立派な板に書かれていた住職の訓示に、"笑"について書かれていました。
年末に発表する今年の漢字に、“笑"が入る年が来る事を祈ります。
参考
公益財団法人日本漢字能力検定協会が発表している今年の漢字を、1995年から2025年まで、古い順に並べてみました。
震食倒毒末金戦帰虎災愛命偽変新暑絆金輪税安金北災令密金戦税金熊
金が多いのは、オリンピックパラリンピックの影響、天変地異の災害を思わせる字も多いですね。
4.一文字型

長野県下諏訪町
一文字型は、鼓胴型と同じ作りをしていますが、太さが数倍もあります。
数が少なく三度しかお目にかかれていません。
初めて一文字型の注連縄を目にしたのは、中山道最大の難所和田峠を越えて、下諏訪宿を散策していた時です。
上の画像の太鼓橋に一文字型の注連縄が架けられています。橋の名称は下馬橋、下社で一番古い建造物で室町時代に建立されました。現在は一般人はは開放されておらず、神事の折に神輿などがこの橋を渡るそうです。
道の奥に見えるのが諏訪大社下社春宮の石鳥居、この道はかつて春宮の専用道路で、武士達が流鏑馬を競った馬場でした。

長野県下諏訪町
下社春宮にも一文字の注連縄があり、拝殿かと思い拝みに行こうとしたら神楽殿でした。
有名な出雲大社の大注連縄がある建物も神楽殿です。

長野県下諏訪町
次に一文字型の注連縄に出会ったのは、甲州道中を歩き終えて参拝した諏訪大社下社秋宮、こちらは拝殿に設置されていました。

広島市中区
最後は、西国街道で広島市内を歩いた際に、歓楽街のアーケード沿いにある胡神社。ビルの中にある神社ですが地元の信仰が強く、見事な注連縄でした。
寄り道 諏訪大社
諏訪大社とは全国に25,000か所もある諏訪神社の総本社。
二社四宮でからなる神社の総称で、上社が本宮(諏訪市)と前宮(茅野市)、下社が秋宮と春宮(下諏訪町)、3市町村にわかれています。
街道歩きで訪れたのは、最初が中山道で二度目が甲州道中、いずれも2021年でした。
中山道 諏訪大社下社春宮2
長野県下諏訪町
2021.05.30

標高1600mの和田峠から、諏訪湖半までこの後800mを一気に下ります。

下る道中、神聖な場所の四方に御柱(おんばしら)と呼ばれる、木の柱が建てられてます。

この場所は申年と寅年に執り行われる、御柱祭のクライマックスの木落坂。
この上から45度の傾斜を木と人々が転がり落ちます。

御柱は樹齢150年を越える樅(モミ)の大木。

先程紹介した、御柱祭で木落坂から落とした御柱は諏訪大社に奉納され曳き建てられます。
同じ年に、道端などにある小さな御柱も建て替えているそうです。

諏訪大社下社春宮の拝殿。
諏訪大社は、本殿が無く拝殿が本殿の役割も担っており、諏訪社様式と呼ばれています。

御柱は次の御柱祭まで6年間、拝殿の四隅に四本建てられています。
甲州道中 諏訪大社 下社秋宮
長野県下諏訪町
2021.11.06

甲州道中を日本橋から西に歩き、終点の下諏訪宿に着く手前も、多くの御柱を見る事が出来ます。




随所で目にする御柱に、終点の下諏訪宿が近づいてきていると実感出来ます。

目処梃子(めどでこ)。
御柱祭を見た方はご存知かもしれませんが、諏訪大社下社の御柱には目処梃子という、氏子が乗る足場を付けます。
なんとその目処梃子が、民家の駐輪場に置いてありました。

茅野駅前には上社大鳥居があります。
上社までは街道から4km近く逸れるので、別の機会に参拝します。

紅葉が美しい時期でした。


春宮同様に、見事な一文字注連縄でした。
参拝した後は、知人が下諏訪宿本陣の二十八代当主なのでご挨拶にお伺いします。

扉が閉まっていま門の前で、約束の時間に待っていると、ご当主が門を開けてくださりました。



二十八代岩波当主、素敵なひとときをありがとうございました。
