日光東往還3 谷貝宿→結城宿
2024.12.22
1.スタート地点まで


昨日は冬至、日の出は1時間30分後の06:48、まだ朝はやって来ません。
本日は北西の風が最大で7m、冬の街道歩きの最大の敵は風。体感温度が低くなり、身は縮み心は折れます。
街道を歩いてきた中で体感温度で、一番辛かったのが今年の三月に歩いた陸前浜街道、茨城県から福島県に入った前後ののことでした。

朝の気温は氷点下、日中も10℃に届かないうえに、台風並みの低気圧が接近しており海は荒れ模様、当然風も強くなって来ます。

上の画像の竹は、道路に倒れそうになる位しなっていました。歩道が無い道は自身の身体が煽られそうで恐ろしかったです。
この日は強風の影響で、羽田空港発着便が大幅に欠航していた記憶があります。
歩き終えて顔がガサガサしていたので、砂埃かと思ったら涙が流れた後の頬が塩の道になっていて、ひとりで笑ってしまいました。
強風の陸前浜街道を歩いた時の記録はこちら↓

女性専用車。
国内最初の女性専用車は、1912年に東京府の中央線で痴漢防止を目的に導入されました。昔からクズみたいな人はいたのですね。

鉄道の街大宮らしく、車両などの部品で作られたポストです。


バスでスタート地点の、茨城県古河市山田に向かいます。
2.谷貝宿





宿と言う名の交差点がありました。
この付近に宿があったのでしょうね。


日光東往還、歩いて3日目ですが街道らしい建物、旧家や蔵がほとんどなく、時々現れる蔵に惹きつけられます。




多国籍のレストランが古河市に入ってから多く見られるようになりました。
外国人が多いのかと思いましたが、古河市の人口約14万人のうち外国人人口が約3千人、人口に占める比率は2.1%。日本の平均は2.9%と比べると、低い数値なので、一概に多いとは言えません。


最近オープンした見たこともないような造りのセブンイレブンです。
ナチュラルな感じで、天井は開放感があり、気持ちよく買い物ができそう。



5店舗位が入る商業施設、そのうち3店舗がタイの商店でした。
3.諸川宿



生命保険会社の小さな営業所の建物、昭和の建築物として貴重な存在になりつつあります。




マクドナルドでの朝食。
マクドナルドには街道歩きの朝食ぐらいしか立ち寄ることがありません。グラコロ食べてみたかったので迷わず注文。サクサク・トロトロ・アツアツでした。
マクドナルドでいつも感動するのは、店員さんのホスピタリティとテンションの高さ、長きに渡り社員教育に力を入れているのでしょうね。





染谷喜重商店。
一世紀以上続く肥料販売店。
様々な場所や方法で物が手に入る時代、顧客との関係維持や後継者に引き継ぐための努力や情熱がないと、100年以上も商いは続が無いと思います。素晴らしいですね。





150年間使い続けた杉の桶で2年間熟成させ、添加物は使わず塩分控えめの醤油。

亡き母がここの醤油をこよなく愛してました。


三和諸川郵便局。
観光地では無い地域で、蔵造りの郵便局は珍しいです。


街道の風景が、あまりにも単調なので、道からそれて川の横を歩きます。




白菜の出荷風景。
茨城県は日本一の白菜の工作地帯。それ自体の重さが結構あるので出荷が大変です。
今が生産の最盛期、近所の方々や親戚を集めて、総出で出荷作業をしています。
冬の鍋の主役がデビューする瞬間に立ち会えました。





本殿の壁面に反物を広げている様子が彫られていました。結城は紬が有名なので、商いの風景かもしれません。
4.武井宿











© Google Maps
Googleマップを見ていたら気になる民家を発見しました。少し街道から逸れますがこれは見に行くしかありません。

堀囲いの民家。
武家屋敷を想定しておりましたが、普通の農家の様でしたが、いまだに堀が残っている奇跡に感動しました。

この堀の水はどのように維持されてきたのか、インタビューしたくなります。


シャープ結城太陽光発電所。
設置枚数54,774枚、敷地面接200,598㎡、東京ドーム4個分もの広さがあります。

© Google Maps
上の画像がGoogle マップで見た発電所の全容。左下の緑色の四角い一角が先ほど紹介した堀囲いの民家です。


大戦防。
この地で大きな戦があったのか調べてみました。
江戸時代の土地台帳である寛永水帳には"台仙坊"と記されていましたが、当時の商人が店の看板を頼んだ際に、手違いで文字が変わってしった、という説が有力な様です。







香取神社。
正月の準備で初詣の幟が点々と街道か続いていたので、釣られて寄り道をします。
今年もあと僅か、一年はあっという間ですね。今から一年前は長崎街道歩いていました。

佐賀県神崎市の麦畑
佐賀平野二毛作の麦畑が広がっており、今日歩いている西風が冷たく吹き荒れる付近の白菜畑とは対照的で、穏やかな午後の時間でした。

街道冒険家 土岐くん
ちょうどその時、同じく長崎街道歩いていた、20歳の大学生土岐くんと出会い半日ほど一緒に歩きました。
なんと彼はテントで野宿をしながら歩いており、その後は大学を休学し今は北海道から沖縄まで歩き続けてます。
今でも定期的に会ったり、毎日どこを歩いてるか連絡を取り合っており、北海道から始まった旅は現在九州に上陸したところです。

街道おじさんの新年会に参戦
上の画像は今年初めの新年会で日本橋に集合した時の記念写真、彼の将来が楽しみです。
街道冒険家の土岐くんと出会った長崎街道を歩いた時の記録はこちら↓
5.白菜畑のみち



街道が退屈なので、再び白菜畑の中の道を歩き始めました。防風林がないため、冷たい西風をまともに浴び、悲惨目に会います。
街道の神様が、ちゃんと街道を歩かないから怒っているのでしょう。


白菜畑が続きます。
茨城県は白菜の生産量が日本一。特に今歩いている茨城県の西部は県内でも1番の生産地です。
生産量2位の長野県と茨城県で、国内の白菜シェアの半数を占めています。

この付近から西へ4キロほどの畑の中で私は育ち、小さい頃から養豚と白菜が日本一なんだよと教えられて育ってきた事を思い出しました。


如意輪観音。
人々の願いを聞き届ける観音様。
右膝を立てる半跏の姿勢で座り、右手を頬に添えて首を傾げているのは、思惟と呼ばれる考えている姿を表しています。
願いを伝えると一緒に考えてくださるのでしょう。

こちらではグリーンリーフを出荷中、家族や親戚、近所の人が総出でやっていると思われます。
ちなみに茨城県は北海道に次ぐ日本で2番目の農業王国、農作物の北限と南限が重なっているのと、日本一の消費地でかる首都圏に位置しているためです。


かまねこ堂。
アンテークショップの庭に、キッチンカーが集まり、個性的な人々が集まる素敵な空間。



お昼にはまだ早かったので、見学だけにしましたが、また来たくなる様な空間でした。
日光御成道の川口市内にも似た様な空間があり、様々な店が集まっていました。

埼玉県川口市 senkiya

埼玉県川口市 senkiya
senkiya。
千木屋という造園屋の跡地に、様々なテナントが入ってます。
日光御成道を歩いた際は時間がなくてゆっくりできませんでしてので、赤山街道というsenkiyaの近くにある赤山陣屋がゴールの道を歩き終えた流れで、ゆっくり楽しんできました。

埼玉県川口市 senkiya

埼玉県川口市 senkiya

埼玉県川口市 senkiya
ゆったりと時を過ごせるお勧めのスペースです。senkiyaに立ち寄った時の記録はこちら↓







6.結城宿




ゆでまんじゅう。
白玉粉のような生地で包み茹でてある感じ。プルプルで初めての食感、美味しかったです。





不許葷酒入山門(くんしゅさんもんにいるをゆるさず)。
ニラ・ネギ・ニンニクなどの臭う野菜や、酒を寺に持ち込むことは修行の邪魔になるため禁止していることを示す石碑。
私は入れませんね…










日光東往還を歩き始めて3日目の終わりに、ようやく本格的な宿場町の街並みが楽しめました。
7.紬の里




結城蔵美館。
見世蔵の中で、写真家の個展が開かれておりました。見所は結城家17代当主の結城晴康公の愛槍「御手杵の槍」全長4mのレプリカ。
刀剣乱舞に登場する刀なので、ファンの方々が沢山来ているようです。

(旧黒川米穀店店舗)







澤屋。
結城紬の老舗"奥順"が展開する着物店。









本日はここまで。
水戸線・宇都宮線を乗り継いで帰ります。
続きは年明けに歩く予定。
