奥州街道 松前道16 沼宮内宿→一戸宿
2025年春、薩摩街道を南下し鹿児島の地に辿り着きました。
次はどの街道を歩こうかと迷っていた頃、還暦を迎えた街道歩きの仲間から体力のピークの話をよく耳にする様になります。
現在57歳、体力があるうちに歩ける道を考えたら、一番過酷な道が頭に飛び込んできました。
いざ出陣、津軽半島最北端の三厩まで行けるか、年齢との戦いが始まります。
2025.08.28
1.沼宮内宿



北上川名前の由来。
日本書紀で、この地方が日高見(ひたかみ)国と呼ばれており、その発音が変化して北上になったのが由来の様です。



本日も全国的に最高気温が35℃を超える地域が多数ある様ですが、沼宮内宿の現在の気温は16℃、肌寒い位です。

いわて沼宮内駅。
昨日街道を歩く中で一番驚いたのが、北上川の雄大な風景。
次に驚いたのが、沼宮内に新幹線の駅があったこと。
昨夜駅前のバルで店員さんに、
沼宮内に新幹線が停める事が出来る大物政治家がいるのですか?
と聞くと、新幹線は長いトンネルなどがあると、安全管理上前後に駅を設置する義務があるそうで、そのお陰で駅があると言ってました。




街道をふり返ると、朝日を浴びて赤く染まった岩木山の雄姿が見えました。
この先お目にかかる事が無いかもしれませんので、神々しい姿を拝んで前に進みます。








2.御堂

北上川の源流が近づき、川幅が徐々に狭くなってきます。

岩木山がまだ拝めます。

ローソンで昼食と水分を調達。
この先は約27kmにわたり、コンビニエンスストアや商店が無い山岳区間。
今回の街道歩きで最も不便な区間に入ります。













3.北上川源流













弓弭の泉。
平安時代に源頼家が北に進軍の途中、一行が暑さに疲弊した際に、天に向かって矢を放ち、突き刺さった杉の大木の根元から清水が湧き出た場所が弓弭の泉。
その後、元気を取り戻し前九年の役と言われる長い戦を鎮圧したといわれています。
そんなご縁からか、この泉が北上川の源泉と呼ばれる様になってます。
※弓弭とは、弓のつるをかける先端部分。



のんびり休憩をしていると、観音堂がある階段の上から、住職があたたかいコーヒー・クッキー・桃を運んできてくださりました。
この先ずっと何もないから水分を摂りなさいと、ありがたい差入れです。
元気をいただき、いざ出陣!

街道歩きで源流といえば、忘れられないのが中山道木曽川の源流、長野県木曽村の藪原宿です。

長野県木曽村
江戸から京都に向かうと、碓氷峠から木曽路に入り奈良井宿の西にある鳥井峠を超えるまでに渡る川は、千曲川信濃川に合流し日本海に注がれます。

長野県木曽村
鳥井峠を越えると、川の流れが逆になり太平洋に注がれます。
その最初に現れる川が木曽川。以降、川は大きく成長して犬山城の近く鵜沼宿まで並走します。
木曽川の源流、中山道 藪原宿を歩いた時の記録はこちら↓




※岩手町教育委員会


※一戸町教育委員会
御堂・馬羽一里塚。
2つの自治体に跨った珍しい一里塚。
岩手町にある東塚が御堂一里塚、一戸町にある西塚が馬羽一里塚と呼ばれています。
4.中山高原





高原に出ると、突然牧歌的な風景が広がり、北海道を歩いている様な気分になれます。













中山高原。
普段埼玉の自宅で飲んでいる牛乳のラベルに、中山高原牛乳と書いてあるのを思い出しました。
毎朝飲んでいる牛乳の故郷を今歩いている、不思議な気分です。







5.ヨノ坂 小繋














ヨノ坂。
奥州街道の難所のひとつ。
明治天皇東北巡幸の際に石畳を整備する事になりましたが、ヨノ坂は険しすぎたため、十分に工事ができなかったそうです。





お腹を空かした熊に気づかれない様に、一気に食べます。













小繋の灯。
小繋事件と呼ばれる、この地域の小繋山の入会権に関して、1917年に地元住民を原告として起こされた一連の裁判に至った事件を、後世に伝えるための石碑。
ドキュメンタリー映画にもなったそうです。




野菜や花々が綺麗に売られています。
6.小鳥谷







出発後すぐにローソンで購入した冷凍アクエリアス。
シャツに包んでおいたまま歩くこと8時間、開封すると中心部はまだ凍っていました。























7.一戸宿



一戸南小の校舎が立派、近代的な博物館の様です。















6日間の行軍が終わりました。
岩手県で人気のクラフトビールBAERENと地酒の男山で乾杯しながら帰路に着きます。
猛暑日もなく・怪我もなく、予定通り無事歩けた事に感謝。
次回は9月中旬、8日間200kmの行軍で終点の三厩を目指します。
