東海道 復路 20 三島宿→箱根宿

31年前、卒業旅行で東海道を江戸日本橋から京三条大橋まで歩いたので、今回は江戸に向けて歩きます。
調べたところ、大坂高麗橋が起点の様なので少し長めの、東海道"五十七次"の独り珍道中を始めます。
2023.03.12
1.三島宿



部屋の窓から箱根峠方面の山影。
暗くなると道沿いに灯りが点々と続いていく様を、昨夜はぼんやりと眺めていました。
さぁ!お楽しみの峠越え。限りなく往時の旅人に近い風景を、目に焼き付ける一日の始まりです。






街道沿いの商店は、往時の雰囲気を感じさせる看板でお客様をお出迎え。
かなり凝ったデザインで、クオリティの統一感がありますので、相当のエネルギーを使ったと思われます。


商店街は、綺麗に手入れがなされた、クリームイエローのビオラが、どこまでも続いてました。
1種類1色の花で勝負する、こういうセンス大好きです。
2.三嶋大社

6:41に一ノ鳥居をくぐろうとすると、参道の向こうから大勢のアクティブシニアが、ラジオ体操が終わったのでしょうね。
ラジオ体操って、健康とコミュニティを維持する、素晴らしい仕組みです!






天然記念物の金木犀、よく見ると根元が首の皮一枚の様な状態。
どうして咲くのでしょうか?
科学では証明できない、人に見られて拝まれる、そんな氣が目に見えない栄養として、注がれているのでしょうね。
樹齢1200年!2023-1200=823年
鎌倉幕府が開かれる前から人々の姿を見護っている、本当に凄いです。

一ノ鳥居に戻ると、その先は下田街道の入り口。
街道仲間の2人が歩いており、話を何度も聞いているうちに、紅白歌合戦の石川さゆりの天城越えを真面目に聴くようになりました。
いつかは歩いてみたい街道です。









東海道本線は箱根には通らず、トンネルをいくつか抜けて、熱海に至ります。小田原までは暫しのお別れ。
3.愛宕坂






愛宕坂を昇りきると石碑が。
馬子唄は鈴鹿峠にもあり、馬を落ち着かせる効果があったそうです。
4.松並木









龍澤寺鈴木宗忠老師の句碑がいいです。
”歩歩道場の一里塚”とありますがまさにその通りで、街道を歩いていると、修行をしているかの様な錯覚に陥る時があります。
私が街道歩きで修行と感じた瞬間↓
雨でずぶ濡れになり震えた時
灼熱の太陽に朦朧とした時
足の豆の激痛と戦った時
誤計測で何里も多く歩いた時
店が無く飢えながら歩いた時
熊の足跡に怯えながら下山した時
空から降る山蛭の群に噛まれた時
思い返すといろんな修行がありましたね。
上記の修行抜粋のうち、三国街道では灼熱の太陽以外は全て経験しました。





塚原"公民館"。
ようやく”公民館”が現れました。東海道を西から歩いていて、どの辺りからかわからないのですが、地域の集会所の看板に○○”公会堂"と記してあります。私が住む関東地方は"公民館"と呼ぶ習慣があるので、どこで変わるかを楽しみにしてましたが、ついにその瞬間がやってきました。





普門院のお堂の中を覗くと、見事な観音様が鎮座。現在でも毎月17日には、観音講が行われているそうです。。







石畳の山道と集落が残る県道を交互に進みながら標高を上げていきます。
昨夜宿泊先の部屋からみた、箱根方面の山麓の灯りは、いま歩いている付近の家々の灯りや街灯だったと思われます。
5.軒下の美術館



冬眠しているカエルを想像して描いた、版画と思われる作品、黒しか使えない世界観を最大限に引き出していて素晴らしいです。




かめやマート。
商品が殆ど置いてなく営業していないのかと覗き込むと、画像右側の茶色い棚の中段にパンが5つくらい並んでいます。
棚の上には"第1パン"の文字が、毎日買いにくる誰がいるから、誰かが配達をしてくる、なんかジーンときました。





松雲寺にはみどころがたくさん。
明治天皇御腰掛石、軒下の美術館、そして北海道の富良野とまではいきませんが、ミニパッチワークの丘、晴れていたら富士山も眺める事が出来ます。








◆
こわめし坂。
急すぎて背負った米が汗と熱気で蒸されて強飯になったのが名の由来。なかなか経験できない、急斜面の舗装道路。このくらいキツイと気持ち良くなってきます。昇り坂が好きなのでたまりません。







森の谺を背に
此の径をゆく
次なる道に
出会うため


SKYWALKは富士山を眺めながら渡れる、歩行者専用の吊り橋。
バンジージャンプやジップラインも楽してるので、アドベンチャー好きにとっては満足度が高そうです。




霧しぐれ
富士を見ぬ日ぞ
面白き
芭蕉も富士山を見ることができなかったのですね。









幾億の足音が
坂に積もり
吐く息が
谷を埋める
わが箱根にこそ
いい句です。今日私が歩いた足音と吐く息も、往時の旅人と同じく、しかと箱根に残されました。
6.山中城跡






戦国時代の山城。
発掘と維持管理はさぞ大変な事だと思われます。管理する三島市教育委員会及び関係者の皆様、お疲れ様です!



酒飲みで面倒見が良い雲助の久四郎の墓。
雲助とは、街道の要所で荷物の運搬などをしていた無宿の者。身分が低かった雲助をいじめる武士をこらしめたり、読み書きができない雲助の面倒をみたり、愛された人だったそうです。






ようやく峠を下山する人々とすれ違いました。
この後は続々とすれ違う事でしょう、人と挨拶するとホッとしますね。












峠茶屋という名で、往時と同じ場所で同じ業態で営業しています。
よく何気ない峠道の食事処も歴史を考えると、何代も引き継がれてきたDNAがそこに働く従業員にも残っているのでしょうね。


TOYOTA製でJR貨物の文字が入った謎の重機が運ばれていました。
7.箱根宿



この付近は、横断歩道が無い有料道路の出口を通過したり、歩道と道路の境目が無かったり非常に危険なので、歩く際は気を付けてください
























直線道路に入り、この道の風景みたことがあると思っていたら、箱根駅伝の往路ゴール付近でした。ちゃっかり箱根駅伝ミュージアムまであります。
近くの酒屋さんはサッポロビールの看板が。そして銅像まで・・・・。
関所周辺はすっかり”駅伝の街”になっていました。
駅伝と街道の宿駅制、人力勝負の世界に親和性がありますね!
8.箱根関所







箱根の関所は往時の姿を忠実に再現しています。
新居の関の記念館が広々としていたので、係の方に
「こんなに狭いのですか?」
と聞いてらここは日本一なのですと、誇らしげに説明を受けました。










箱根は関所エリアと、箱根神社がある元箱根エリア、元箱根エリアの方が3倍以上賑わっていました。









下りが始まりました。
膝を傷めない様にゆっくり降ります。
9.甘酒茶屋









甘酒茶屋。
箱根地域に9軒あった茶屋の中で唯一残った茶屋。江戸時代のままの姿で今も現役で営業しているなんて、信じられません。









箱根七曲り。
急斜面の狭い場所に、県道と有料道路が絡み合う二匹の大蛇の様に斜面を降りていきます。素晴らしい土木技術ですね。
10.畑宿

































沢が山道の終わりを教えてくれます。
須雲川の水面の輝きを左に、本日の目的地湯本温泉を目指します。
11.湯本温泉











温泉街に入ってきました。
せっかくなので温泉街を散歩します。






箱根湯本駅前の歩行者専用あじさい橋。
訪日外国人観光客が早川の撮影をしています。ひょっとしたら、速い流れの川が珍しいのかもしれません。渋谷のスクランブル交差点もそうですが、何に興味を示すかは、国や地域によって異なるから面白いですね。

夕食は、前職で新規事業の担当をしているときにお世話になり、現在は独立し小田原に移住した先輩と合流。中華料理店でまったりとした、いい時間を過ごしました。
湯本までご足労いただき、ありがとうございました。




箱根峠を越え、日本橋まで100kmを切りました。
あと2日行けるところまで行きます。
