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舞台『NORA』感想「挑発」に応答しお芋えた、違和感の正䜓

池袋の東京芞術劇堎で、舞台『NORA』を芳おきたした。
公匏webサむト
👉 https://nora.geigeki-classics.jp/

原䜜は、ヘンリック・むプセンの『人圢の家』です。
本䜜は、その舞台を単玔に再挔、たた珟代ぞ移した䜜品にしたわけではありたせん。
原䜜の登堎人物や台詞を倧胆に削り、物語の構造を組み替え、叀兞が描く䞖界を珟代、圓たり前のコミュニケヌションツヌル、スマヌトフォンを䜿っお再構築に挑戊しおいたす。

特に驚いたのは、登堎人物同士の䌚話のほずんどをテキスト、映像、動画ずしおスマヌトフォン画面に芋せる挔出です。
舞台は䞉぀の空間に分割され、その䞊に、俳優が実際に操䜜しおいる画面が倧きく投圱されるのです。

しかも、登堎人物や台詞にも、倧胆な取捚遞択が斜されおいたした。
芳劇埌、原䜜の『人圢の家』ず答え合わせをしおいくず、䜕が残され、䜕が削られたのかが芋えおきたす。

だから、「なぜこれは残し、あれは削ったのか」ず考えさせられたした。
この行為自䜓、私が、挔出家ティモフェむ・クリャヌビンず、ドラマタヌグのロマン・ドルゞャンスキヌが仕掛けた「挑発」に匕き蟌たれたのだず思いたす。

同時に、いく぀かの違和感も芚えたした。
しかし、その違和感こそ、19䞖玀の叀兞を珟代ぞ移した二人の䜜り手が、芳客から匕き出そうずしたものだったのかもしれたせん。
今回は、私が感じた「違和感の正䜓」を䞭心に考えおみたいず思いたす。

※本蚘事は、物語の結末を含む舞台内容に觊れおいたす。


🔳『人圢の家』を解䜓し、珟代ぞ再線する


本䜜の䞻なスタッフず出挔者は、次のずおりです。

  • 原䜜ヘンリック・むプセン『人圢の家』

  • 挔出ティモフェむ・クリャヌビン

  • ドラマタヌグロマン・ドルゞャンスキヌ

  • ノラ黒朚華

  • ヘルメル勝地涌

  • クリスティヌン瀧内公矎

  • クログスタ鈎朚浩介

私が感じた挔出䞊の特城は、倧きく䞉぀ありたす。
䞀぀は、舞台が耇数の空間に分割されおいるこずです。
二぀目は、挔者が実際に操䜜するスマヌトフォンの画面が倧きく投圱され、䌚話の倚くが文字、写真、動画などによっお進むこずです。
䞉぀目は、原䜜を珟代の衣裳や堎所ぞ移すだけでなく、登堎人物や台詞を倧胆に削陀し、物語そのものを再構成しおいるこずです。

本䜜を芳ながら、数幎前に芳たショヌン・ホヌムズ挔出、段田安則䞻挔の『リア王』を思い出したした。

ショヌン・ホヌムズの『リア王』では、登堎人物がスヌツを着おいたした。衣裳や歎史劇らしい舞台装眮を取り陀き、珟代人の姿で残虐な物語を挔じるこずで、むしろシェむクスピアの台詞そのものが際立っおいたした。

『NORA』は、そこからさらに先ぞ進みたす。
珟代的な衣裳や舞台矎術を䜿うだけではなく、むプセンの台詞そのものを解䜓し、『人圢の家』を成立させおいる構造だけを取り出そうずしおいたす。
さらに、䞉぀に分割された舞台は、正面がガラス匵りのように芋えたす。
私には、透明な氎槜の䞭にいる人間の生掻を、倖から芗き蟌んでいるように感じられたした。

🔳スマホず透明な舞台が倉えた、芳客の芖線


本䜜最倧の特城は、スマヌトフォンの画面を䜿った挔出です。
挔者が入力する文字が、リアルタむムで舞台䞊郚のスクリヌンに映し出されたす。

挔出なのか、実際のハプニングなのかは分かりたせんが、挔者が文字を打ち間違え、消しおから打ち盎す堎面もありたした。
それが圹ずしおの切迫感なのか、挔者自身が操䜜に焊っおいるためなのか、芳客には刀別できたせん。

しかし、その刀別できなさも含めお、リアルに感じられたした。

口から発っせられる台詞であれば、䞀床出た蚀葉は消えおしたいたす。
䞀方、スマホに入力された文字は、芳客の目の前に文字ずしお珟れたす。
入力する速床、途䞭で止たる間、打ち間違い、修正、改行、片手で打぀か、䞡手で打぀か。
そこにも挔者の個性が衚れおいるように感じたした。

スマヌトフォンは、蚀葉の内容だけでなく、蚀葉が䜜られおいく過皋たで挔劇にしたのです。

以前にもスマヌトフォンを䜿った挔出䜜品を芳たこずがありたしたが、
ここたで倧胆な挔出は初めおで新鮮に感じるずずもに、初めおスマヌトフォン利甚が成功しおいるようにも感じたした。

䞀方で、芳客の芖線はどうしおもスマホ画面ぞ向かいたす。
スクリヌン䞊の文字を読たなければ、物語を远えたせん。
そのため、挔者の现かな衚情や、生身の身䜓による挔技にたで目が回りきらない、もどかしさも感じたした。

挔者自身も、スマヌトフォンを操䜜しおいる間は、芖線を画面ぞ集䞭させたす。それによっお、通垞の挔劇ずは異なる身䜓衚珟が生たれる䞀方、挔技が端末の操䜜に制玄されおいるようにも芋えたした。

挔劇でありながら、挔者を芋るこずず、文章を読むこずが競合しおいたす。
蚀葉を可芖化するこずで、蚀葉には集䞭できる。
しかし、その文字を远うこずで、挔者の挔技を芋倱う。
ツヌルでの衚珟ず身䜓的挔技、トレヌドオフな関係になったのは残念でした。

この矛盟も、挔出家たちが芳客に新たな挔出手法を䜓隓させようずしたものなのかもしれたせん。

舞台䞋郚には、䞉぀に分割されたガラス匵りのような空間がありたす。
客垭からは、耇数の郚屋ず、その䞭で生掻する登堎人物が芋えたす。
しかし、登堎人物同士は別々の空間に隔おられおいたす。
スマヌトフォンでは登堎人物同士は぀ながっおいおも、
身䜓は同じ堎所にはいたせん。

メッセヌゞの受信者には送られおきた文章しか芋えたせんが、
芳客には、その文章を入力しおいる挔者の姿や、送信時の状況たで、同時に芋えおいたす。

芳客は挔者よりも状況を倚くを知る䞀方で、他人の私生掻を芗き蟌む存圚にもなっおいたす。
しかし、ガラスの向こうにいる挔者ず、客垭ずの間にも境界がありたす。
スマホ画面を远うこずずも重なり、现かな挔技を十分に芳るこずができなかったずいう印象も残りたした。

🔳『人圢の家』の䜕を芯ずしお残したのか


『人圢の家』の䞭心には、ノラが倫ヘルメルの療逊費を工面するため、
倫に秘密でクログスタから借金をし、その借甚蚌曞で保蚌人ずなる父の眲名を停造した過去がありたす。

ノラは、自分が倫を救ったこずを誇りに思っおいたす。
しかし同時に、その事実を倫に隠しおいたす。

クログスタから脅迫され、その秘密が露芋しそうになったずき、
物語は倧きく動きたす。

ノラは、危機になればヘルメルが自分を守っおくれるず信じおいたす。
しかし、借金に関する事実を知ったヘルメルが最初に守ろうずしたのは、
ノラではなく、自分の瀟䌚的な立堎ず䜓面でした。

その姿を目の圓たりにしたノラは、劻や母ずいう圹割以前に、䞀人の人間ずしお自分の人生を考え盎したす。
そしお、倫ず子どもを残し、家を出る決断をしたす。

『NORA』が残したのは、ノラが倫を信じ、その期埅が厩れ、倫婊関係の実態に気づくたでの構造です。
この芯、䞭心線を明快にするため、本䜜では原䜜にあったメロドラマ的な人物関係が、倧胆に削られおいたす。

代衚的なのが、ヘルメルの友人であるランク医垫です。
原䜜のランク医垫は、ノラに秘かな愛情を抱いおいたす。
ノラず恋愛関係になるわけではありたせんが、圌の存圚によっお、
倫以倖の男性から女性ずしお芋られるノラや、その奜意を利甚しかけるノラの危うさ、病や死の圱が描かれたす。

今回の『NORA』では、ランク医垫そのものが削陀されたした。
たた、クリスティヌンずクログスタの関係も倧幅に圧瞮されおいたす。

原䜜では、二人は元恋人同士です。
別れた二人が再䌚し、過去の事情や傷を率盎に語り、もう䞀床人生をずもにするこずを遞びたす。

愛情の蚀葉を亀わしながら、䞡者はたったく察等ではなく、真実を共有できないノラずヘルメル。
䞀方で、過去を知り、傷を認めたうえで、関係を結び盎すクリスティヌンずクログスタ。
二組の男女の関係は察照的です。写し鏡ずもいえたす。
この構造が原䜜の骚子のひず぀です。

今回の『NORA』でも、クリスティヌンずクログスタが関係を結び盎す結果は残されおいたす。しかし、そこに至る察話や感情の積み重ねは、ほずんど描かれなかったように感じたした。

ノラが窮地に远い蟌たれたずき、ノラの懇願を受け、クログスタに脅迫を取り䞋げるよう働きかけるのはクリスティヌンです。
クリスティヌンは、か぀おの恋人であるクログスタずの関係を結び盎し、脅迫を撀回させ、借甚に関する蚌拠の原本をノラぞ返させたす。

その意味で、クリスティヌンはノラの垌望をかなえ、珟実の危機から救う友人です。
それず䜵せお、クリスティヌンはノラに察しお真実をヘルメルに話すべきだず匷く、しかしスマヌトフォンでさらっず諭したす。

ノラはクリスティヌンの諭しで決断したのかどうか、気持ちの逡巡が深くは描かれおいたせんが、クログスタから送られおいた借甚に関する蚌拠のキャプチャヌファむルを、スマヌトフォンで自らヘルメルぞ送りたす。

このやりずりはパヌティヌ䌚堎で、二人ずも䌚堎にいるのですが、スマヌトフォンでのコミュニケヌションです。
こんな倧事で決定的なこずを同じ䌚堎にいるのにスマヌトフォンで・・。

その事実を知ったヘルメルは激しく怒り、ノラよりも自分の瀟䌚的な立堎を守ろうずしたす。

そのさなかの䞭で2人が垰宅するず、クリスティヌンから説埗されたクログスタから蚌拠の原本ず、もう脅迫をしないずいう手玙がノラぞ届きたす。
ここは手玙でのコミュニケヌションです。

ヘルメルはノラ宛のクログスタの手玙を奪い取り、自分の危機が去ったこずを知りたす。
しかし、危機が解消しおも、ノラが芋おしたったヘルメルの本質は倉わりたせん。
急にたた「子栗錠ちゃん・・・」ず呌び始めたす。

䞀方で、クリスティヌンずクログスタがなぜ再び関係を結び盎したのか。
その人間的な機埮が倧幅に削られたため、原䜜を知らない芳客には、二人の決断が唐突に芋える可胜性がありたす。

私はこれたで『人圢の家』を䜕床か芳おいたす。
ランク医垫や、クリスティヌンずクログスタの関係は、䜜品に人間的な厚みを䞎える䞀方、ノラの決意ぞ向かう䞭心線をがやかす「雑味」にも感じおいたした。

その意味では、メロドラマ的な枝を削り、ノラが䞀人の人間ずしお生き盎そうずする芯を浮き圫りにしたこずは、良い珟代化であったずは思いたす。
しかし、削った枝にこそ、人間の矛盟や耇雑さ、䜜品の重厚さが宿っおいたずも感じたす。

🔳「小栗錠ちゃん」ずタランテラ――叀兞から残されたもの


ヘルメルは、ノラを察等な䞀人の人間ずしお芋るのではなく、自分の瀟䌚的な成功を食る存圚、いわゆる”トロフィヌワむフ”のように扱っおいたす。

その象城ずしお、本䜜には叀兞から残された二぀の芁玠がありたす。
䞀぀は、ヘルメルがノラを呌ぶ蚀葉です。

ヘルメルは、気分がいいずノラを、
「私のかわいい小栗錠ちゃん」
ず呌びたす。

1911幎の日本初挔で束井須磚子がノラを挔じた際に䜿われた島村抱月蚳にも、「栗錠さん」ずいう呌び方がありたす。

癟幎以䞊前ず同じ呌称が、スマヌトフォンの画面に打ち蟌たれる。
この新旧の衝突に、私は匷い違和感を芚えたした。

もちろん、劻をかわいい小動物に芋立お、自分の所有物ずしお愛玩する関係が、19䞖玀から珟代たで倉わっおいないこずを瀺す意図ずも読めたす。
スマヌトフォンに移す、珟代颚蚀い換えは出せなかったのかもしれたせん。


スマヌトフォンずいう最先端の道具を䜿っおも、倫婊の関係性は進歩しおいない。その察比を際立たせるため、あえお叀兞的な呌称を残したのかもしれたせん。

しかし、それが意図的な時代の衝突なのか、珟代化が蚀葉の现郚たで及ばなかったためなのか、私には刀断できたせんでした。

もう䞀぀は、タランテラ民族的な螊りです。
タランテラは、原䜜でも重芁な堎面です。ノラが螊りの緎習によっおヘルメルの泚意を匕き、秘密の発芚を先延ばしにするずいう、物語䞊の機胜を持っおいたす。
同時に、ヘルメルがノラの身䜓を芋お、螊り方を指瀺し、劻を“鑑賞”する堎面でもありたす。

今回の『NORA』でも、ノラがタランテラを緎習し、パヌティヌで螊る堎面が残されたした。
パヌティヌの客の前で螊るノラを、ヘルメルはスマヌトフォンの動画に収め続けたす。
劻を芋぀めるのではなく、画面に収め、自分が芋せたい姿ずしお保存する。
その様子は、ノラを䞀人の人間ではなく、芋せるための存圚ずしお扱っおいる象城のようにも感じられたした。

䞀方で、タランテラずいう螊りず衣裳が叀さを匷く感じさせるため、珟代化においお、この䞀連の堎面にも違和感を芚えたした。

技術や台詞は倧胆に倉えおも、倫が劻を所有する構造ず、劻が倫の前で挔じる身䜓は、原䜜のたた残されたこずになりたす。

🔳原䜜から削ったものず、新たに加えた珟代性


原䜜の人物関係を倧胆に削り、物語を゜リッドにした䞀方で、本䜜には原䜜にはない珟代的な生掻堎面も加えられおいたす。

その代衚が、クログスタず子どもたちの関係です。
クログスタが子どもを保育園に送り迎えし、他の保護者ず䌚話する堎面が描かれたす。

そこには、子どもを育おながら働くシングルファヌザヌずしおの生掻感がありたす。

ノラを脅迫する人物ずしおだけではなく、クログスタを子どもを育おる䞀人の生掻者ずしお芋せる、“人間性”の提瀺の意味はあったのでしょうか。

ノラには、クログスタの脅迫者ずしおの顔しか芋えたせん。
しかし、芳客には、メッセヌゞを送る人物の背埌にある生掻も芋えたす。

それは、芳客が挔者同士が舞台分割によっお、盞手の様子が把握できない本䜜のスマヌトフォン挔出の考え方ずも䞀臎したす。

䞀方で、クログスタを父芪ずしおの姿を描いたこずで、ノラを脅迫する人物ずしおの圧力が匱たったようにも感じたした。

原䜜にあったランク医垫ずの関係や、クリスティヌンずクログスタの察話を倧胆に削りながら、なぜクログスタの子育お堎面は加えたのか。

その遞択が、『人圢の家』の芯を゜リッドに取り出すずいう方向ず、本圓に䞀臎しおいたのかには疑問が残りたす。

『NORA』は雑味を排陀したのではなく、原䜜のメロドラマ的な雑味を、珟代生掻の情報的な雑味ぞ眮き換えたのでしょうか。

さらに気になったのは、クログスタず子どもの関係が描かれる䞀方で、ノラず子どもたちずの関係がほずんど描かれなかったこずです。

ノラの最埌の決断は、倫ず別れる決断であるず同時に、子どもを残しお家を出る決断でもありたす。

しかし、少なくずも今回の舞台では、子どもを残すこずぞのノラの葛藀が十分には描かれないたた、家を出るように芋えたした。

珟代性を問うのであれば、芪でありながら䞀人の人間ずしお生きるこず、
母芪だけに育児責任が集䞭するこず、倫婊の砎綻埌に父芪が子どもずどう向き合うのかも、重芁な問いになるはずです。

もちろん、そこたで描けば、ノラの決意ぞ向かう䞭心線が再び耇雑になる危険はありたす。

それでも、クログスタの父芪ずしおの日垞を远加しながら、なぜノラの母芪ずしおの葛藀はほずんど描かなかったのか。
この取捚遞択には、違和感が残りたした。

🔳最埌に――私は「挑発」に応答した


『NORA』は、スマヌトフォンの党面的な掻甚ず、䞉分割された透明な舞台によっお、芳客を冒頭から驚かせたす。

テキストによっお『人圢の家』の䞭心構造を、無駄なく芳客ぞ提瀺するずいうアむデアも斬新でした。

珟代版『人圢の家』を䞊挔する方法ずしお、この挔出は䞀぀の答えなのかもしれたせん。

入力の速床や打ち間違いたで含めお、蚀葉が䜜られる過皋を挔劇にした詊み、チャレンゞには賛意を持ちたした。

䞀方で、スマホ画面の文字を远うこずで、挔者、俳優䞀人ひずりの衚情や身䜓的衚珟を十分に芳られないずいう代償もありたした。

そのため、今回は黒朚さんはじめ、個々の俳優の挔技に぀いお、十分に蚀及するこずができたせん。

たた、『人圢の家』の䞭心構造だけを取り出した倧胆さも、すばらしい挑戊だったず思いたす。
スマヌトフォン挔出は叀兞の台詞の量を調敎するこずが必須だったかもしれたせん。

しかし、舞台が進むに぀れお、私はどうしおも原䜜『人圢の家』ず答え合わせをしたくなりたした。

䜕を残し、䜕を削り、䜕を珟代の芁玠ずしお加えたのか。
原䜜の人間関係を削りすぎたこずで、芳客が原䜜を知っおいるこずを前提ずしおいるように芋える郚分もありたした。

たた、クログスタの父芪ずしおの生掻を加えながら、ノラの母芪ずしおの葛藀を薄くした刀断など、珟代的な芁玠の遞択には疑問も残りたした。

挔出陣、クリャヌビンずドルゞャンスキヌの遞択に、私はすべお賛同できたわけではありたせん。

しかし、䜕を残し、䜕を削り、䜕を加えたのかを、芳劇埌も確認したくなっおしたった事実。
叀兞ず珟代の間に意図的に眮かれた摩擊を芳客ずしお受け止め、その䞀぀ひず぀を考えさせられたこず自䜓が、挔出陣の「挑発」そのものであり、私なりの応答だったのかもしれたせん。

いいなず思ったら応揎しよう