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『サーバールームの下駄』(掌編小説)

ある日突然、会社が消えた。

いや、正確には、会社が先に消え、僕が後から「クビ」という形で消された。

僕は某有名企業のシステム子会社の中堅社員だった。COBOLを愛し、COBOLに愛され、COBOLにしか愛されなかった男である。

そこへ現れたのが、
あの建物界隈のスタートアップだった。



彼らはスニーカーで親会社の役員会に現れ、
スライドを40枚出し、最後まで日本語を喋らなかった。

「ソーシャルなカルチャーでビルドしたブリリアントなLLMプロダクトによりレガシーアセットをリプレイスメントしてマーベラスなコアコンピタンスをサステナブルなバリューにしてデリバリーします」

と言ったらしい。

役員は頷いた。
誰も理解していなかったが、全員が頷いた。
会議室に納得はなかったが、希望はあった。

少なくともスライド上には。
 



こうして、50年動き続けたCOBOLは、
「AIによる自動変換」という名の
異世界転生にかけられた。

僕らはテスト工程から参画した。

変換されたコードは、思ったより動いた。
いや、むしろ、よく動きすぎていた。

プロマネが言った。

「こんなにバグが少ないわけがない」

そこでありったけの本番バックアップを流し込んだ。

データは流れた。
画面も動いた。
夜も更けた。

バグは出た。
だが “破滅” は出なかった。

役員は頷いた。

「いける」

この世で最も危険な占い師である。

  



本番初日。

僕は転売できる量のパンツと、
国家備蓄分の胃薬を持って出社した。

……。

3日で帰れた。

奇跡だ。
天啓だ。
祝杯だ。

脳味噌だけが赤ちょうちんの暖簾をくぐった。



いやいや。

焼き鳥片手にビールを飲んでいる場合ではない。
ひょっとしたら、すでに免停だったのかもしれないのだ。

おまわりさんに、

「こんばんは。お酒の検問です。」

と言われないよう、
交通安全祈願に出向き、御札とサーバーを無線でつないだ。
 



2年が過ぎた。

旧COBOLは待機系から災害対策用ミラーになった。

「ほら、なんとかなったじゃん」と誰かが言った。

COBOL技術者だった人々は、「いや、今はAIエンジニアです」と名刺を書き換えていた。

そして黙示録の日 ──

まず画面が止まり、
次に呼吸が止まり、
最後に地球が止まりそうになった。

怒号が飛び、
ビルが揺れ、
マウスが床を転がった。

会社の床には人が倒れていた。
いや、寝ていただけだが、もはや区別はつかない。

「もしもーし、自分の名前を言えますかー」

もはや野戦病院である。
軍医はExcel方眼紙。 



やがて原因が判明した。

COBOLのたった1ステップ。

変換漏れ。

ログにはこう書いてあったらしい。

このコードの存在理由を理解できない。
必要かどうか判断できない。


AIは正直だった。

理解できないものは理解できないと言った。

人間は違った。

理解できないまま「いける」と言った。

雨ごい祈願は実らなかった。

スタートアップは青い顔で報告した。

アメダスがメンテナンス中でした。
気象衛星が墜落しました。
気圧配置が読めませんでした。

下駄はサーバールームに転がっていた。



※フィクションです(たぶん)



#構造素描