20億円の仮設道路。 〜見える努力が、成果とは限らない〜
こんにちは。
株式会社スプリングボード代表の足立晋平です。
先日、ジムのパーソナルトレーニングで、トレーナーさんにこう言われました。
「足立さん、今日はまず、正しく立つところから始めましょう」
正直に言うと、少しがっかりしました。
こちらとしては、それなりにバーベルなど持ち上げて、汗をかいて、「今日もやったな」という手応えを持って帰りたいわけです。
ところがその日は、立つ。重心を移す。呼吸する。
ただそれだけで、30分が終わりました。
地味です。
写真映えもしません。
帰り道、まったく達成感がありませんでした。
汗もかいていない。
筋肉痛の予感もない。
今日は何もしていないに等しいな。
そう思いながら、コンビニでコーヒーを買いました。
ところが翌朝、腰がやけに軽いのです。
そのとき、ふと思いました。
私はこれまで、「効いている実感」と「効いていること」を、同じものだと信じてきたのではないか。
もっと言えば、私は「効いている実感」のほうに、お金を払っていたのではないか。
そして、この勘違いは、たぶんジムの中だけの話ではありません。
🌊 正月の日本海が、真っ黒に染まった
1997年1月2日の未明。
風速20メートル、波高6メートルの荒天の日本海で、ロシア船籍のタンカー「ナホトカ号」が真っ二つに折れました。船齢26年の老朽船でした。
積んでいたのは、暖房用のC重油。
約19,000キロリットル。
ドラム缶にして、9万5千本分です。
船尾は沈み、船首部は重油をまき散らしながら漂流し、5日後、福井県三国町の海岸に漂着しました。
流出した重油は、推定約6,240キロリットル。
冷たい風と荒波にもまれて、チョコレートムースのような固まりに変化し、島根県から秋田県まで、1府8県の海岸およそ1,000キロメートルを汚しました。
被害額は約360億円。
タンカー事故としては、日本史上最大。
延べ30万人ともいわれるボランティアが、全国から駆けつけました。厳冬期の海岸で、ひしゃくとバケツで重油をすくいました。

(画像 https://x.gd/Xd2yU)
回収作業に当たった住民やボランティアのうち、5名が過労などで亡くなっています。
ちなみに、この重油が福井県に流れ着くと予想していた人は、ほとんどいませんでした。
平均的な海流データでシミュレーションすると、油は北東へ流れていく。だから漂着当日の地元紙まで、「北陸には漂着しない」と報じていたそうです。
正しい計算が、間違った答えを出すことがある。
この時点ですでに、なかなか怖い話です。
私はこの事故を、NHKの「アナザーストーリーズ」で改めて見直しました。
そして番組が終わったあと、当時の福井県の記録や国土交通省の資料を読みはじめて、手が止まりました。
そこには、想像していたのとは少し違う数字が並んでいたのです。
🛣️ 20億円の道路が回収した、12パーセント
漂着した船首部には、まだ大量の重油が残っていました。
これを抜き取らなければなりません。
そこで、陸から船首部に向かって、海の上に仮設道路が造られました。
長さ約175メートル。
1月15日に着工し、時化で中断しながら、2月10日にほぼ完成。
投入されたのは、捨石およそ5万4千立方メートル。
10トンから25トンの消波ブロックが733個。
そして2月14日から25日にかけて、この道路を使ってクレーンで抜き取った重油は、381キロリットルでした。
一方、当初は躊躇されていた洋上からの回収作業。
つまり、船を出して沖で油を吸い上げる、地味な作業のほうは。
2,800キロリットルを回収しています。
道路が12パーセント。
船が88パーセント。
仮設道路にかかった補償額は、約20億4,800万円。
撤去は6月に始まり、11月にようやく完了。
土砂や捨石の運搬処理が終わったのは、翌年の1月でした。
建設に2か月。回収に11日間。撤去に11か月。
念のため申し添えると、私はこの決断を責めたいわけではありません。
何が正しいかわからない極限状況で、現場の方々は、できることを必死でやった。それは間違いないと思います。
ただ、こう問いたくなるのです。
なぜ、海に伸びていく道路のほうが、沖で静かに油を吸う船よりも、「本気の対策」に見えたのだろうか、と。
💡ちょこっと理論紹介💡
🎭 労働錯覚(The Labor Illusion)
ハーバード大学のライアン・ビュエルらの研究に、こんなものがあります。旅行検索サイトで、瞬時に結果が出るバージョンと、「◯◯航空を検索中……」と作業の様子をわざわざ見せながら時間をかけるバージョンを比較しました。
すると人は、待たされたほうを、より高く評価したのです。同じ結果なのに。これを労働錯覚と呼びます。
人は、成果そのものではなく、成果に至るまでの努力が見えるかどうかで、価値を判断してしまう。裏を返せば、努力が見えない仕事は、正当に評価されないということです。
ブルドーザーが動き、道路が海へと伸びていく。
その映像は、沖合で船がポンプを回している映像より、はるかに「効いて見える」。
そして、予算も、人も、そちらへ動いていくのです。
思い当たることは、ありませんか。
📎 資料が分厚いほうが、丁寧な仕事に見える
📎 遅くまで残っている人のほうが、頑張っているように見える
📎 声が大きい人のほうが、貢献しているように見える
どれも、成果ではなく、努力の可視性を測っています。
🧼 洗った浜のほうが、回復が遅かった
もうひとつ、遠い国の話を。
1989年、アラスカのプリンス・ウィリアム湾で、タンカー「エクソン・バルディーズ号」が座礁しました。
ここで採用された主な浄化方法が、高圧・温水による岸壁の洗浄です。
油は、確かに落ちました。
白い泡が飛び散り、岩が黒から灰色に戻っていく。誰が見ても、浄化が進んでいるとわかる光景です。
ところが、アメリカ海洋大気庁が10年以上かけて追跡した結果は、こうでした。
油をかぶって高圧温水で洗浄された場所は、油をかぶったけれど洗浄しなかった場所よりも、生物の数が激しく減り、回復への道のりが険しかった。
洗浄は、表面の油とともに、そこに生きていた生き物を洗い流していました。
「何かをしている」ことは、「何もしないより良い」を意味しない。
介入は、それ自体が新しい負荷になりうる。
私はこの一文を、研修の企画書に貼っておきたいくらいです。
📊 誰も行かなかった、いちばん汚れた海岸
ナホトカ号の話に戻ります。
テレビが繰り返し映したのは、船首部が漂着した福井県三国町でした。全国から、ボランティアはそこへ向かいました。
ところが、記録された回収量を見ると。
🪣 三国町 ドラム缶12,598本
🪣 輪島市 ドラム缶15,005本
🪣 珠洲市 ドラム缶21,099本
1997年2月16日までの回収量です。
最も報じられた場所は、最も汚れていた場所ではなかった。
能登半島や鳥取県にかけての広い海岸にも重油は流れ着いていましたが、そこであまり注目されることはありませんでした。
回収を担ったのは、地元住民や、町内会やPTAといった互助組織でした。
しかも三国町では、受け入れ側の住民が、集まったボランティアに回収方法や場所を教えることに追われて疲れ果て、一時的に受け入れを止めざるを得なくなっています。
善意は、たしかに30万人分ありました。
けれど善意は、「必要な場所」ではなく、「見えている場所」に集まったのです。
私はこれを読みながら、自分の仕事を思い出して、少し気まずくなりました。
声の大きい顧客。
目立つプロジェクト。
数字が上がる案件。
そちらに、つい人と時間を寄せていなかっただろうか。
いっぽうで、漁業補償の記録には、こんな一文も残っています。
岩ノリなどを個人で売っていた磯の漁師さんたちは、漁獲高を証明する書類が揃わないという理由で、補償を請求することが難しかった。
被害を受けたことは、誰の目にも明らかでした。
それでも、帳簿に載っていないというだけで、その損害は「なかったこと」になったのです。
💡ちょこっと理論紹介💡
📏 マクナマラの誤謬
ベトナム戦争時のアメリカ国防長官、ロバート・マクナマラ。彼は徹底した数値管理で戦況を測ろうとしました。そこから生まれた戒めが、この言葉です。
第一段階。測れるものを測る。ここまではよい。
第二段階。測れないものを、便宜的に無視する。
第三段階。測れないものを、重要でないと決めつける。
第四段階。測れないものは、存在しないと見なす。
四段階目を、社会学者は「自殺行為」と呼びます。
ドラム缶の本数は、数えられました。
しかしメディアが向けたカメラの角度は、誰も測っていませんでした。
そして、測られなかったものが、資源の行き先を決めていたのです。
🏯 200年後に、高さが揃う
ここで、少し景色を変えます。
奈良の薬師寺。
その西塔は、1981年に宮大工の西岡常一さんの手で再建されました。

(画像 https://x.gd/0iqQj)
このとき西岡さんは、隣に立つ1300年前の東塔よりも、西塔を30センチほど高く建てています。
理由は、檜がこれから数百年かけて、ゆっくりと痩せ、沈んでいくから。
だから100年後、200年後に、ようやく二つの塔の高さが揃う。
竣工の日、西塔はあきらかに不揃いに見えたはずです。おそらく、批判もあったでしょう。
けれど西岡さんは、自分が絶対に見ることのない日のために、その30センチを残しました。
見えないところに、一番いい仕事をする。
神社仏閣めぐりが趣味なので、ときどき塔を見上げるのですが、この話を知ってから、塔の高さより、見えない仕口のほうが気になるようになりました。
「塔組みは木組み、木組みは人組み」
西岡さんの残した言葉です。
組織のことを言われているようで、少し背筋が伸びます。
⚾ バーベルを持たない、世界一の投手
もうひとつだけ。
ドジャースの山本由伸投手は、プロ入り後、いわゆるウエイトトレーニングを一貫して行っていないそうです。
野球界の常識からすると、かなり異例です。
代わりに続けているのは、柔道整復師の矢田修さんが考案した地味なエクササイズ。
やり投げやブリッジが話題になりますが、それらは氷山の一角で、最も重要なのは「正しく立つこと」なのだといいます。
高卒1年目、右肘の痛みを抱えていた山本投手は、矢田さんに「フルモデルチェンジが必要だ」と言われ、常識のほうを手放しました。
その後の投手四冠3年連続と、ワールドシリーズでの投球は、ご存じの通りです。
そう。
私がジムで言われた「まず、正しく立ちましょう」は、あの言葉と同じだったのです。
もちろん、私の腰が軽くなっただけで、球速が上がるわけではありませんが。
ただ、ひとつ確かなことがあります。
バーベルを持ち上げる姿は、写真になる。
正しく立つ練習は、写真にならない。
そして、写真にならないほうが、たぶん効いている。
🪞 で、私たちの職場は、どうでしょうか
長い会議の議事録。
分厚い提案書。
埋め尽くされた予定表。
深夜のメール。
それは、仮設道路でしょうか。
それとも、沖で油を吸う船でしょうか。
私はときどき、研修の設計をしながら考えます。
スライドの枚数を増やせば、準備した感は出る。
手を動かした時間も、そのまま自分に返ってきます。
でも、受講生の行動が変わるのは、たいてい、資料に残らない一言のほうです。
厄介なのは、その一言を用意するのに何時間かかったかを、誰も測れないことです。
私自身、測れません。
見えるものが、扱われる。見えないものは、なかったことになる。
だとすれば、リーダーの仕事の半分は、たぶんこうです。
自分たちの職場で、いま「見えていないけれど、効いていること」は何か。
それを見つけて、名前をつけて、光を当てること。
珠洲市のドラム缶21,099本に、誰かが気づくこと。
あなたのチームにも、静かに油を吸っている船が、いるかもしれません。
もしよかったら、その人のことを、コメントで教えてください。
読ませていただくのを、楽しみにしています。
🎦音声/動画解説/スライド資料はこちら(NotebookLM)
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