🦠【名言の裏側×心のウイルス 76】~「今日の自分は、昨日までの習慣の結果である。」~ジェームズ・クリアー~―あなたのルーティン、“おまじない”で終わっていませんか?―
■第一章|人はなぜ「自分だけの儀式」を作るのでしょうか?
■人には「これをやれば大丈夫」がある
人って不思議なもので、「これをやれば大丈夫」という、自分だけのルーティンを持っていることがあります。
例えば、右足から靴を履く。階段は左足から上がる。試験前には必ず同じ音楽を聴く。スポーツ選手が試合前に同じ動作を繰り返す。
実際、それで結果が変わるかどうかは分かりません。でも、人はそういう行動を繰り返します。
なぜでしょうか?
おそらく、「安心する」からなんですね。
私自身も、昔はそういう時期がありました。「今日は右足から靴を履こう」「階段は左から上がろう」そんなことを意識していた時期がありました。今思えば、「これをやれば今日もうまくいく」という、自分なりの安心装置だったのかもしれません。
■ある女性の“完璧なお辞儀”
そんなことを考えていた時に、昔の職場にいた、ある女性のことを思い出しました。
その方は、40代の女性でした。毎朝、事務所に入ってくると、必ず深々と「おはようございます」とお辞儀をするんです。それも、かなり丁寧な45度のお辞儀です。帰る時も同じでした。「お疲れ様でした」と、きっちり深く頭を下げて帰っていく。
最初見た時は、「なんて礼儀正しい人なんだろう」と思いました。ここだけ切り取れば、本当に素晴らしいですよね。
■でも、日常を見ていると…
ところが、日常のやり取りを見ていると、少し不思議な部分が見えてきます。
例えば、それ以外の普段の挨拶は結構適当だったりするんですね。場合によっては、かなり素っ気ない対応をすることもある。
つまり、一日の中の“たった数回”だけ、完璧なお辞儀をするんです。
そんなある日、帰り際に私がちょっと冗談半分で、その「最後のお辞儀」ができないような流れにしたことがありました。すると彼女は、少し困った顔でこう言ったんです。
「私のルーティン壊さないでくださいよ」
もちろん半分冗談だったと思います。でも、その言葉を聞いた時、「ああ、人ってこうやって安心を作っているんだな」と感じたんですね。
■人は「儀式」で安心を作っている
つまり、その45度のお辞儀には、「今日もちゃんと終われた」「今日も大丈夫だった」という、自分を安定させる意味があったのかもしれません。
ここで少し考えてみたいんです。
人は、意識的に「良い習慣を作ろう」とすることがあります。右足から靴を履く。45度のお辞儀をする。こうした行動には、「良い方向へ行きたい」という願いも込められているのでしょう。
でも一方で、それ以外の時間はどうでしょうか?
普段の態度。
普段の言葉。
普段の考え方。
そこは、ほとんど無意識で動いてしまっている。
■本当に人生を作っているもの
つまり人間には、「意識して作る習慣」と、「気づかないうちに作られてしまう習慣」の両方があるのではないでしょうか?
そして実は、人生に大きな影響を与えているのは、後者の“無意識の習慣”の方なのかもしれません。
■第二章|「今日の自分」は、どうやって作られているのでしょうか?
■ジェームズ・クリアーが見ていたもの
ここで思い出されるのが、ジェームズ・クリアー の言葉です。
「今日の自分は、昨日までの習慣の結果である。」
非常にシンプルな言葉ですよね。でも、この言葉の中には、人間の本質がかなり詰まっています。
彼は世界的ベストセラー『Atomic Habits』の中で、「人は一気には変わらない」と繰り返し語っています。大きな決意や根性で人生が変わるのではなく、小さな行動の積み重ねが、少しずつ人を作っていく。
例えば毎日10分本を読む、毎日少しだけ運動する、毎日少しだけ早く寝る。そんな小さなことが、半年後、1年後には大きな差になって現れる。
逆に言えば、悪い習慣も同じです。毎日少しだけサボる、毎日少しだけ先延ばしする、毎日少しだけスマホを見る。その小さな積み重ねが、気づかないうちに「今の自分」を作っていく。
おそらく彼は、人間というものを観察する中で、「人は“たった一回”で変わるのではなく、“繰り返し”で変わっていく」ということを見抜いていたのでしょう。
■あの女性の「45度のお辞儀」を思い出してください
ここで、第一章の女性の話を思い出してみてください。
彼女は毎朝、毎晩、完璧なお辞儀をしていました。おそらく本人の中では、それは「ちゃんとした自分」を作るための大事なルーティンだったのでしょう。実際、その行動自体は悪いことではありません。むしろ礼儀としては素晴らしいことです。
ただ、ここで考えたいのは、「人は一部の行動だけを習慣化して安心しようとする」ということです。
つまり、「45度のお辞儀をする私はちゃんとしている」という安心感ですね。でも、その一方で、それ以外の普段の態度や言葉は、そこまで丁寧ではなかった。ここに、人間の面白さと怖さがあります。
■人は“部分的な習慣”で安心してしまう
私たちは時々、「これだけやっているから大丈夫」という安心装置を作ります。
・朝のルーティン
・成功者の真似
・決まった動作
・決まった言葉
もちろん、それ自体は悪いことではありません。
問題は、「その一部分だけ」で安心してしまうことです。本当に人生を作っているのは、一日のたった2回の45度のお辞儀ではなく、それ以外の時間の積み重ねだったりします。
普段どんな言葉を使っているのか?どんな態度を取っているのか?どんな考え方を繰り返しているのか?むしろ、そういう“何気ない繰り返し”の方が、その人の人生を作っていく。
■習慣は「意識」と「無意識」の両方で作られる
ここで少し整理してみましょう。人間の習慣には、二種類あります。一つは、「意識して作る習慣」です。右足から靴を履く。45度のお辞儀をする。これは、自分で「こうしよう」と決めて作っているものです。もう一つは、「無意識に作られていく習慣」です。
・イライラした時の反応
・人への接し方
・先延ばしの癖
・スマホを開くタイミング
こちらは、気づかないうちに繰り返され、自動化されていきます。そして実は、人生に大きな影響を与えるのは、後者の“無意識の習慣”の方なんですね。
■今日の自分は、突然できたわけではない
つまり、「今日の自分」は、突然作られたものではありません。昨日まで何を繰り返してきたのか?何を考え、何を選び、何を続けてきたのか?その積み重ねの結果が、今の自分なんです。
だからこそ、習慣というのは怖い。でも同時に、希望でもあります。なぜなら、小さな繰り返しを変えれば、人は少しずつでも変わっていけるからです。
■第三章|「おまじない」と「習慣」は、何が違うのでしょうか?
■習慣とは「繰り返しの自動化」
ここで少し整理してみましょう。良い習慣というのは、継続して繰り返し、その行為を続けていくことで、いつの間にか無意識でもできるようになることです。最初は意識してやっていたことが、やがて自然にできるようになる。これが習慣化ですよね。
一方で、悪い習慣も構造は同じです。例えば、先延ばしをする。スマホを見続ける。愚痴を言う。そういう行動を繰り返していくと、今度はそれが“普通”になってしまう。
つまり、良い習慣も悪い習慣も、「繰り返しによって自動化される」という意味では同じなんです。では、この違いは何なのでしょうか?
■もう一度、あの女性を思い出してください
ここで、あの「45度のお辞儀」の女性を思い出してみてください。彼女が朝と帰りにしっかりお辞儀をするという行為自体は、決して悪いことではありません。むしろ、「ちゃんとしよう」「礼儀を大切にしよう」という意味では、とても良い行為だったと思います。そして、おそらく本人の中では、「こうやってきちんと挨拶をすることで、自分を整える」という感覚もあったのでしょう。
ただ、ここで一つ大事な違いがあります。それは、その行動が「人生全体につながる習慣」だったのか、それとも「安心するためのおまじない」だったのかということです。
■右足から靴を履くのと同じ構造
これは、右足から靴を履くとか、左足から階段を上がるという話と、実はかなり似ています。つまり、「これをやれば大丈夫」という安心感ですね。でも、そこには時々、「その後は運任せ」という感覚が入ってしまうことがある。
例えば、「朝ちゃんと挨拶したから今日はうまくいくだろう」「ルーティンをやったから大丈夫だろう」というように、その行為そのものが“お守り”になってしまうんですね。これは、ある意味で“おまじない”なんです。
■本当の習慣は「その後」に現れる
一方で、本当に良い習慣というのは、おまじないではありません。例えば今回の話で言えば、「朝と帰りだけ45度のお辞儀をする」のではなく、人と接する時も、普段の言葉も、態度も、相手への姿勢も、少しずつ丁寧にしていく。その積み重ねが、初めて“習慣”になっていく。
つまり、45度のお辞儀そのものが大事なのではなく、「人に対してどう接するか」という姿勢を、日常全体で繰り返していくことが大事なんですね。ここが、「ルーティン」と「習慣」の大きな違いなのかもしれません。
■ジェームズ・クリアーの言葉に戻りましょう
だからこそ、ジェームズ・クリアー の「今日の自分は、昨日までの習慣の結果である」という言葉が、重く響いてくるわけです。
人は、“たった一回の気合い”では変わりません。毎日どんな言葉を使っているのか?毎日どんな態度を取っているのか?毎日どんな考え方を繰り返しているのか?その積み重ねが、いつの間にか「今の自分」を作っていく。
つまり人生というのは、一発逆転というより、「繰り返しの方向」が少しずつ形になっていくものなのかもしれません。
■第四章|「おまじない」を「人生の習慣」に変えていく
■「おまじない」と「習慣」は違う
今回のお話をまとめると、「おまじない」と「習慣」は似ているようで、実は大きく違うということなんですね。
右足から靴を履く。左足から階段を上がる。45度のお辞儀をする。こうした行為そのものが悪いわけではありません。むしろ、人はそういう“小さな儀式”を作ることで、自分を整えたり、不安を落ち着かせたりしている。
これは人間らしい行動なんだと思います。ただ、そこで止まってしまうと、それは単なる「おまじない」で終わってしまう。
■本当に大事なのは「その後」
本当に大事なのは、その行動を通して、「自分はどういう人間でありたいのか?」「どういう姿勢で人と関わっていきたいのか?」という目的につなげていくことなんですね。
例えば、45度のお辞儀をするのであれば、その瞬間だけ丁寧にするのではなく、普段の言葉も、態度も、人への接し方も、少しずつ丁寧にしていく。その積み重ねが、初めて“良い習慣”になっていく。
つまり、「良い習慣」というのは、形だけを真似することではなく、その奥にある目的や姿勢を、日常の中で繰り返し続けていくことなのかもしれません。そして逆に言えば、悪い習慣も同じです。気づかないうちに繰り返している言葉、考え方、態度、それらもまた、少しずつ「今の自分」を作っていく。
■「今日の自分」は積み重ねでできている
だからこそ、ジェームズ・クリアー の「今日の自分は、昨日までの習慣の結果である」という言葉が重く響いてくるわけですね。私たちは普段、何気なく行動しています。
でも、その「何気なく」が積み重なって、人生になっていく。今回の記事では、「ルーティン」と「習慣」の違い、そして「おまじない」と「本当に人生を変える習慣」の違いについて考えてみました。
■メンバーシップで考えていきたいこと
現在準備しているメンバーシップでは、こうした「普段は気づかずにやっている行動」や、「無意識の習慣」が、実はどんな意味を持っているのか?そして、どうすれば“自分を苦しめる習慣”ではなく、“自分を支える習慣”を作っていけるのか?そんなことを、日常の具体例を通しながら、一緒に考えていきたいと思っています。
習慣というのは、才能ではありません。小さな繰り返しを、どう積み重ねるか。その方向が、少しずつ未来を変えていくのかもしれません。
