韓国の公園にある大きな木の台「평상(ピョンサン)」とは何か——縁側と툇마루から考える韓国の住文化
韓国に住み始めてから、ずっと気になっているものがある。
公園にもある。
川辺にもある。
登山道の休憩所にもある。
小さな食堂の前にもある。
地方へ行けば商店の前にも置かれている。
韓国ドラマを見ていても、気が付けば背景のどこかに映っている。
それは「평상(ピョンサン)」と呼ばれる大きな木の台だ。
最初はベンチの一種だと思っていた。
しかし、どうも違う。
ベンチにしては大きすぎるのである。
一般的なベンチの奥行きは50cm程度だが、평상は1.5mから2mを超えるものも珍しくない。その上で人々は靴を脱ぎ、あぐらをかき、時には寝転がり、お弁当を広げる。
座るだけの場所ではない。
まるで屋外に置かれた小さな床のようだ。
なぜ韓国にはベンチではなく평상があるのだろう。
なぜ今でも公園や店先に置かれ続けているのだろう。
その疑問について考えているうちに、평상は突然現れたものではないのではないかと思うようになった。
その背景には、韓国の伝統住宅に見られる「툇마루」があり、さらに日本の「縁側」ともどこかでつながっている。
家と庭のあいだ。内と外のあいだ。人と人とのあいだ。
今回は、日本の縁側、韓国の툇마루、そして평상をたどりながら、韓国の住文化に残る「あいだの場所」について考えてみたい。
1. 日本の縁側という場所——家と庭のあいだ

まず、日本の縁側について考えてみたい。
縁側とは、部屋の外側に設けられた細長い板敷きの空間である。
室内でもない。完全な屋外でもない。
家の内側と庭の外側、そのあいだに置かれた場所である。
一般的な縁側の奥行きは、おおよそ60cmから90cmほどだろうか。人が通ることができ、腰を下ろすこともできる。しかし、大勢で食事をしたり、長時間寝転がったりするには少し狭い。
つまり縁側は、居場所であると同時に、通路でもあった。
縁側は、何かをするためだけの場所ではない。
庭を眺める。風を受ける。
雨の音を聞く。夏の夕方に腰を下ろす。
誰かが帰ってくる気配を感じる。
そうした、はっきりと名前をつけにくい時間を受け止める場所だった。
日本の住宅では、庭は単なる外部空間ではなかった。
季節を映す場所であり、光や影の変化を感じる場所であり、
家の中から眺められる小さな風景でもあった。
縁側は、その庭に直接出る前の一歩手前にある。
だから縁側に座ると、人はまだ家の中にいるようでもあり、同時に外の世界に少し触れているようでもある。
この曖昧さが、縁側の魅力なのだと思う。
建築的に言えば、縁側は内と外をつなぐ緩衝帯である。
しかし暮らしの視点で見ると、もっとやわらかい。
縁側は、家の中の時間を少しだけ外へ開く場所だった。
ただし、縁側は基本的に家に属している。庭に開かれてはいるが、あくまでも家の一部である。
そこに座る人は、基本的にはその家の人であり、その家に招かれた人である。
家と庭のあいだ。内と外のあいだ。私的な生活と外の風景のあいだ。
縁側は、その境界に置かれた日本の「あいだの場所」だった。
2. 韓国の툇마루という場所——暮らしが外へにじむ板の間

では、韓国の툇마루はどうだろうか。
툇마루は、韓屋の部屋の前や建物の外側に設けられる板敷きの空間である。日本語にすると、しばしば「縁側」に近いものとして説明される。
たしかに、見た目だけを見ればよく似ている。
部屋の外側にある。庭に向かって開かれている。軒下にあり、雨や日差しを少し避けることができる。室内でもなく、完全な屋外でもない。
この意味では、툇마루もまた「あいだの場所」である。
ただし、実際の使われ方を見ていくと、日本の縁側とは少し感覚が違う。
툇마루は、眺める場所である以前に、暮らしが一度腰を下ろす場所だった。
そこに座る。誰かを待つ。野菜を干す。洗濯物を置く。子どもが遊ぶ。近所の人と話す。

時には食事をする。
韓国ドラマを見ていると、古い家や田舎の家の前で、人が툇마루に腰掛けている場面がよく出てくる。
誰かを待っている。何かを考えている。
家族と話している。あるいは、ただ外を見ている。
その姿はとても自然で、特別な演出というより、生活の一部としてそこにある。
大きさで見ても、툇마루は縁側よりやや滞在性が高い場合が多い。縁側の奥行きが60cmから90cmほどだとすれば、툇마루は90cmから150cmほど確保されることもある。
もちろん家の規模や形式によって差はあるが、人が座るだけでなく、ものを置き、作業し、少し長く過ごすことを受け止める余白がある。
縁側は、庭を眺めるための場所として語られることが多い。
一方で툇마루は、庭に向かって暮らしがにじみ出る場所として見えてくる。
見る場所というより、使う場所。
通る場所というより、留まる場所。
家の内側で行われていた生活の一部が、少しだけ外へ押し出された場所。それが툇마루なのではないかと思う。
そして、この툇마루を考えるときに重要なのは、床であるということだ。
椅子ではない。ベンチでもない。床である。
床だから、人は自由に姿勢を変えられる。
腰掛けることもできる。あぐらをかくこともできる。
横になることもできる。ものを広げることもできる。
툇마루は、単に部屋と庭をつなぐ通路ではなく、暮らしの行為を受け止める床だった。
ここから、韓国の住文化におけるもう一つの特徴が見えてくる。
韓国の居場所は、椅子ではなく床としてつくられることが多い。
その床が、部屋の中にあれば마루になる。家の外側へ出れば툇마루になる。そして建物から切り離され、庭や道端や公園に置かれたとき、そこに평상という存在が現れる。
3. 평상という不思議な存在——建物から切り離された床

そして、韓国にはもう一つ特徴的な場所がある。
それが평상である。
평상は、簡単に言えば木でできた大きな台である。
しかし、ベンチではない。椅子でもない。テーブルでもない。
もっと正確に言えば、屋外に置かれた小さな床である。
一般的なベンチは、座るための家具である。幅は1.2mから1.8mほど、奥行きは40cmから60cmほどだろう。人はそこに横一列に座る。
一方で평상は、1.5m四方から2mを超えるものもある。
人はそこに腰掛けるだけではない。
靴を脱いで上がる。あぐらをかく。
横になる。食べ物を広げる。荷物を置く。
子どもが遊ぶ。複数人が向かい合って話す。
つまり평상は、座るためだけのものではない。
そこで過ごすための場所である。
韓国では、この평상を今でも本当によく見かける。
公園、川辺、登山道の休憩所、
小さな食堂の前、田舎の商店の前。
そして韓国ドラマの中にも、驚くほどよく登場する。
おばあさんたちが座って話している。
家族がスイカを食べている。
誰かが誰かを待っている。
子どもが寝転がっている。
近所の人が集まっている。
そこに평상があるだけで、なぜか物語が始まりそうに見える。
それは、평상が人を横一列に並べる場所ではないからだと思う。
ベンチは、人を同じ方向に向かせる。
公園のベンチに座る人は、多くの場合、同じ風景を眺めている。
しかし평상では、人は向かい合うことができる。斜めに座ることもできる。寝転ぶこともできる。距離を詰めることも、少し離れることもできる。
つまり평상は、人の関係を固定しない。
その自由さが、会話を生み、待つ時間を生み、食べる時間や昼寝の時間を生む。
建築的に見ると、これはとても面白い。
평상は建物ではない。壁も屋根もない。けれど、そこに床があるだけで、人は居場所を見つける。
床が一枚置かれるだけで、ただの道端や店先や公園の一角が、誰かの滞在場所に変わる。
だから평상は、家具というより、小さな建築に近い。
あるいは、建築から切り離された마루と言ってもよいかもしれない。
家の中にあった床が、툇마루として外へにじみ出る。そしてさらに建物から離れ、庭や道端や公園へ置かれる。
その時、床は평상になる。
そう考えると、평상は韓国の暮らしが外へ広がっていく過程そのものに見えてくる。
4. なぜ韓国では평상が残っているのか——床文化と小さな公共性
では、なぜ韓国では今でも평상が残っているのだろうか。
それは単に、昔の生活道具が残っているという話ではないと思う。
평상は、今でも韓国の暮らしの中で必要とされている。
公園に置かれている。店先に置かれている。川辺や登山道にも置かれている。

つまり평상は、伝統的な住宅の一部ではなくなったあとも、現代の都市や日常の中に生き残っている。
ここには、韓国の床文化が関係しているのではないかと思う。
韓国の暮らしでは、床は単なる足元ではなかった。座る場所であり、食べる場所であり、寝る場所であり、人が集まる場所でもあった。
床は、行為を限定しない。
椅子は座るためのもの。
テーブルは食べるためのもの。
ベッドは寝るためのもの。
しかし床は、そのどれにもなれる。
だから평상は便利なのだ。
特に小さな店の前に置かれた평상を見ると、その性格がよく分かる。

そこは店の中ではない。かといって完全な道路でもない。
店主が座る。常連が少し話す。
配達を待つ。買ったものを一度置く。
近所の人が立ち止まる。誰かが誰かを待つ。
それは商業空間でもあり、休憩場所でもあり、近所の小さな社交場でもある。
つまり평상は、店と道のあいだに置かれた小さな公共空間なのだ。
もちろん、正式な公共空間ではない。都市計画で決められた広場でもない。公園のベンチのように、行政が明確に設計した休憩施設とも少し違う。
しかし、そこに평상があるだけで、人は立ち止まることができる。座ることができる。話すことができる。待つことができる。
それだけで、道はただ通過する場所ではなくなる。
現代の都市では、多くの場所が用途ごとに分けられている。
歩道は歩く場所。店は買う場所。公園は休む場所。カフェは座る場所。
けれど평상は、その分け方を少しだけ曖昧にする。
歩道のそばに置かれた평상は、歩く場所に滞在の時間を生む。
店先に置かれた평상は、買う場所に会話の時間を生む。
公園に置かれた평상は、休む場所に家のような感覚を持ち込む。
だから평상は、単なる木の台ではない。
用途が細かく分けられた現代の都市の中で、暮らしの行為をもう一度ゆるやかに混ぜ合わせる装置なのだと思う。
평상が韓国に残っている理由は、懐かしさだけではない。
今の都市の中にも、そうした曖昧な居場所がまだ必要とされているからではないだろうか。
5. 縁側、툇마루、평상——居場所はどこまで外へ広がるのか
ここまで見てくると、縁側、툇마루、평상はそれぞれ別のものではあるが、どこかでつながっていることが分かる。
共通しているのは、どれも「あいだの場所」だということだ。
縁側は、家と庭のあいだにある。툇마루は、部屋と庭のあいだにある。평상は、建物と道、店と街、公園と暮らしのあいだにある。
どれも、完全な室内ではない。しかし、ただの屋外でもない。
人が少し腰を下ろし、時間を過ごすための余白である。
ただし、その広がり方には違いがある。
日本の縁側は、基本的には家に属している。庭に向かって開かれてはいるが、その場所はまだ家の一部である。
一方、韓国の툇마루も家に属している。しかしそこには、より生活が外へにじみ出る感覚がある。
そして평상になると、その床はさらに建物から切り離される。
庭へ出る。店先へ出る。道端へ出る。公園へ出る。
そこで床は、家族だけの場所ではなく、近所の人や通りがかりの人も使える場所になる。
日本の縁側が、家と庭のあいだで風景を受け止める場所だとすれば、韓国の평상は、暮らしそのものを街の中へ持ち出す場所である。
縁側では、人は庭を見る。
툇마루では、人は庭に向かって暮らす。
평상では、人は街や村の中で暮らし始める。
そう考えると、これは単なる建築部材の比較ではない。
どこまでを「居場所」と考えるか。どこまで外に身体を置くことを許してきたか。その違いなのだと思う。
日本では、家と庭のあいだに繊細な境界をつくった。
韓国では、その境界を少しずつ外へ広げていった。
部屋から마루へ。마루から툇마루へ。툇마루から평상へ。
そして평상は、庭や店先や公園にまで置かれるようになった。
つまり韓国の住文化では、居場所が建築の外へにじみ出していく。
壁や屋根がなくても、床があれば人はそこに集まる。床が一枚あるだけで、外部空間はただの外ではなくなる。
そこに座る人がいて、待つ人がいて、
話す人がいて、食べる人がいる。
その瞬間、そこは小さな居場所になる。
縁側、툇마루、평상。
この三つを並べて見ると、日本と韓国の違いは、形の違いだけではないことが分かる。それは、暮らしをどこまで外へ開くかという違いである。
6. 『나의 아저씨』(韓国ドラマ『マイ・ディア・ミスター ~私のおじさん~』)の평상——人の記憶を受け止める場所

韓国ドラマの中で、평상はよく登場する。田舎の家の前。小さな店の前。路地の途中。
誰かが座り、誰かを待ち、誰かと話している。
そこに평상があるだけで、場面には不思議と生活の気配が生まれる。
多くの人が「人生ドラマ」と語る『나의 아저씨』にも、そのことを感じさせる場面がある。
主人公のジアンが、住み慣れた街を離れようとするとき、정희の店の前でしばらく立ち尽くしていた場面だ。
細かな記憶は少し曖昧だが、そこは家の中ではなかった。
店の前だった。
人が通り過ぎることもできる場所でありながら、誰かの時間が残っている場所だった。
정희は後に、その時のジアンについて「行かずに、そばにいてくれた」と語る。
そしてジアンが「この町が好きだった」と言った言葉を、まるで「あなたが好きだった」と言っているように受け取る。
そこにあったのは、劇的な告白ではない。大きな事件でもない。
ただ、店の前に立ち、誰かのそばに少しいるという時間だった。
けれど、その短い時間が、言葉以上に多くのことを伝えていた。
もしそれが、ただのベンチだったらどうだっただろう。
人が横一列に座るための場所だったなら、あの場面は少し違って見えたかもしれない。
평상的な場所には、座ることも、立ち止まることも、待つことも、沈黙することも受け止める余白がある。
だからこそ、そこには人の感情が残る。
誰かが座っていた記憶。
誰かを待っていた記憶。
言葉にできなかった思い。
去る前に、もう一度だけそこに身を置きたくなる感覚。
평상は、そうした時間を受け止める。
韓国ドラマの中で평상が何度も登場するのは、おそらく偶然ではない。
そこに평상があるだけで、人は自然に集まる。
人が集まれば会話が生まれる。会話が生まれれば関係が生まれる。
そして関係が生まれれば、物語が動き出す。
평상は、背景ではない。
人の記憶を受け止める、小さな舞台なのだ。
おわりに——そこに床があるだけで、物語が始まる
韓国の公園や店先に置かれた평상を、最初は不思議に思っていた。
なぜベンチではないのだろう。
座るだけなら、あんなに大きな木の台である必要はない。
けれど、そこに座る人たちを見ているうちに、少しずつ分かってきた気がする。
평상は、座るためだけのものではなかった。
誰かを待つための場所であり、話すための場所であり、食べるための場所であり、横になるための場所でもあった。
つまり평상は、用途を一つに決めない場所だった。
だからこそ、人はそこに自由に身体を置くことができる。
ベンチは人を座らせる。
しかし평상は、人に過ごすことを許す。
この違いは小さいようで、とても大きい。
縁側は、家と庭のあいだにあった。
툇마루は、暮らしが外へにじみ出る場所だった。
そして평상は、その床が建築から離れ、店先や道端や公園に置かれた姿だった。
そう考えると、韓国の街角にある평상は、単なる休憩施設ではない。
それは、暮らしの一部が外へ出てきたものなのだと思う。
小さな店の前に평상이ある。
そこに店主が座る。常連が立ち寄る。
誰かが荷物を置く。子どもが腰掛ける。老人が少し休む。
それだけで、店先はただ商品を売る場所ではなくなる。道はただ通り過ぎる場所ではなくなる。
そこに、ほんの小さな生活の時間が生まれる。
そして時には、その場所に人の記憶が残る。
誰かが座っていたこと。誰かを待っていたこと。誰かのそばに、しばらく立ち尽くしていたこと。
韓国ドラマの中で평상がよく登場するのも、おそらくそのためだ。
建築とは、必ずしも大きな建物だけを指すものではない。
壁や屋根がなくても、人が腰を下ろし、風を感じ、誰かを待つ場所があれば、そこにはすでに空間が生まれている。
평상は、そのことを静かに教えてくれる。
日本の縁側が、家と庭のあいだに生まれた居場所だとすれば、韓国の평상は、暮らしが街へにじみ出した居場所である。
そこにあるのは、ただの木の台ではない。
人が少しだけ立ち止まり、身体を預け、時間を過ごすための床である。韓国の公園にある大きな木の台。
それはベンチではなかった。
人が座り、誰かを待ち、時には別れを惜しむ。
韓国の暮らしと記憶を受け止めてきた、小さな床だったのである。
人は、建物そのものを記憶しているようでいて、実はそこで過ごした時間を記憶しているのかもしれない。
誰かと座った時間。
誰かを待った時間。
何もせず、ただ風を感じていた時間。
평상が教えてくれるのは、場所とは形だけではなく、そこに積み重なった時間によってつくられるということだった。
こうした「時間の中で建築を考える視点」は、私が続けている「時間建築論」にもつながっている。
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はじめて読んでくださった方へ。
このnoteでは、建築、暮らし、時間、そして日本と韓国の住文化について、建築家の視点から記録しています。
私がどのような立場で、どんなテーマを大切にしながら書いているのかは、こちらのプロフィール記事にまとめました。
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▶︎ 建築家として、時間と暮らしを記録する|新しいプロフィール
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