映画『開戦前夜』|空気は、誰がつくるのか
映画を観終わっても、すぐには言葉にならなかった。
帰り道、頭の中を巡っていたのは、ただ一つの問いだった。
鶏が先か、卵が先か。
空気が人を動かすのか。
それとも、人が空気をつくるのか。
『開戦前夜』は、そんな問いを胸に残す映画だった。
戦争映画と聞くと、戦場や銃声を思い浮かべる人も多いかもしれない。
けれど、この映画で描かれるのは、会議室で交わされる言葉だ。
総力戦研究所の若者たちは、あらゆる資料を集め、数字を積み上げ、議論を重ねる。
そしてたどり着いた結論は、「日本は負ける」というものだった。
けれど、その正しさは、国を動かす力にはならなかった。
映画の中で印象的だったのは、「戦争は儲かる」という現実だった。
軍服はすでに作られている。
乾燥食料も備蓄されている。
そこには莫大なお金が動き、利益を得る人がいる。
ここで戦争をやめれば、それらは無駄になる。
だから、止められない。
戦争は軍だけのものではない。
経済も、産業も、社会も、一つの大きな歯車として噛み合ってしまう。
そんな構造が、静かに描かれていた。
東條英機の描き方も印象に残った。
私はこの映画を観るまで、「戦争へ突き進んだ人物」というイメージしか持っていなかった。
しかし映画の東條は、戦争を始めることの現実を理解していた。
最後には止めようともする。
けれど、自ら鼓舞してきた軍、戦争を望む世論、その場を覆う空気の前で、方向を変えることができなくなってしまう。
もちろん、その責任が消えるわけではない。
それでも、「権力者だから自由に決められる」という単純な話ではなかったことを、この映画は教えてくれた。
そして、私が最も心を動かされたのは、総力戦研究所の報告会だった。
若い研究員たちは、「日本は負ける」と結論づけた分析を、内閣の前でそのまま報告する。
それは、ただ研究成果を読み上げることではない。
家族が監視されるかもしれない。
自分自身が最前線へ送られるかもしれない。
そんな危険を知りながら、それでも事実を語る。
あの場にいた彼らの覚悟を思うと、胸が締めつけられた。
不思議だったのは、現役の内閣よりも、総力戦研究所のほうがずっと健全に見えたことだ。
研究所には、数字があった。
議論があった。
「本当に勝てるのか」という問いがあった。
一方で政治には、世論があり、軍があり、経済があり、面子があり、責任の押し付け合いがあった。
正しい答えを探す場と、決断を下す場。
その間には、想像以上に大きな隔たりがあることを、この映画は見せてくれる。
誰が悪かったのだろう。
軍だろうか。
政治だろうか。
マスコミだろうか。
戦争特需で利益を得る企業だろうか。
あるいは、何も知らずに戦争を支持した民衆だろうか。
映画は、そのどれか一つを指差すことはしない。
だからこそ、帰り道で考えてしまった。
空気は、誰がつくるのだろう。
誰か一人がつくるものではない。
一人ひとりが少しずつ譲り、少しずつ黙り、少しずつ流される。
その積み重ねが、やがて誰にも止められない「空気」になる。
その構図は、八十年以上前の日本だけの話ではないように思えた。
職場でも、学校でも、社会でも。
私たちの周りにも、「みんながそうだから」という空気は、確かに存在している。
だから、この映画は戦争の映画でありながら、戦争だけの映画ではなかった。
過去を裁く物語ではなく、今を生きる私たちへの問いだった。
映画館を出たあとも、まだ答えは出ていない。
けれど、きっとこの作品は、すぐに答えを出さないほうがいい映画なのだと思う。
帰り道に考え続けた「鶏が先か、卵が先か」という問いは、まだ私の中で静かに続いている。
📷 試写会会場で撮影したポスター

試写会でこの作品を観る前には、裁判が続き、さまざまな議論を呼んでいる映画だということだけは耳にしていた。
それでも上映が終わると、会場には「本当に観てよかった」という思いを共有するような、静かで温かな空気が流れていた。
作品の中では、一度生まれた空気が人をのみ込み、止められなくなっていく姿が描かれていた。
その映画を観終えた私たちは、今度は互いに考え続けようとする空気を、その場に生み出していたように思う。
映画『開戦前夜』の原案となった、猪瀬直樹さんの原作小説はこちら↓
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映画『開戦前夜』
2026年7月23日(7月31日〜全国公開)
Fan's Voice 特別試写会 @fansvoicejp
ヒューマントラストシネマ渋谷

