皇室が守った「国民に寄り添う姿勢」はなぜ重荷になったのか
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「伝統は、そのまま受け継がれるものだ」と思っていた
皇室のニュースを見るとき、私はどこかで「伝統というのは、そのまま次の世代に手渡されていくものだ」と思っていました。天皇皇后両陛下がどんな公務をされていても、その姿勢は自然に次の世代へ引き継がれ、皇室は一つの家族として滑らかに続いていくものだと。けれど時折流れてくる皇室関連の報道の端々に、言葉にしにくい違和感を覚えることがありました。同じ理念を大切にしているはずなのに、なぜか世代の間にすきま風が吹いているように見える瞬間があったからです。大木賢一さんの『「平成の天皇家」と「令和の天皇家」 二つの家族はなぜ衝突したのか』を読んで、その違和感の正体がようやく分かった気がしました。
大木賢一著『「平成の天皇家」と「令和の天皇家」 二つの家族はなぜ衝突したのか』はこちらから読めます。
同じ理念が、次の世代には重荷になっていた
本書によれば、平成という時代に築かれた「国民に寄り添う」公務のかたちには、大きな意味がありました。被災地で膝を折り、目線を合わせて言葉をかける。そうした姿勢は多くの人の記憶に残っています。しかし本書が指摘するのは、この理念がそのまま次の世代に受け渡されたわけではなかった、という点です。2004年5月10日、当時の皇太子は欧州訪問を前にした記者会見で、雅子さまのキャリアや人格を否定するような動きがあったという趣旨の発言をしました。この発言は「人格否定発言」として当時大きな衝撃をもって受け止められ、皇室のあり方をめぐる報道が一気に増える契機になりました。本書ではこの発言に至るまでの宮内庁内でのやり取りや、外交官だった雅子さまが皇室に入ってから歩んだ道のりが、時系列を追って詳しく描かれています。理想として掲げられた「寄り添う皇室像」が、なぜ次の世代には重圧として作用してしまったのか。平成流の完成期を扱う章、令和の皇室がそれをどう引き継いでいくかを論じる章もあり、本書ではさらに踏み込んだ分析が展開されています。
「対立」のニュースを見る目が、変わった
この本を読む前と後とで、私自身の変化のスイッチが入ったのは、皇室とは関係のないごく身近な場面でした。先日、親族の結婚式に出席したとき、年配の親戚が「昔からのしきたりだから」と当然のように言い、周りもただうなずいていました。以前の自分なら、私も同じようにうなずいて終わっていたと思います。けれど本書を読んだあとの自分は、少し違う言葉を返しました。「そのしきたりって、いつ、誰が決めたものなんだろうね」と聞き返してみたのです。理念や伝統は、それ自体は善意から生まれていても、時代や立場が変われば別の顔で誰かにのしかかることがある。本書が描く二つの皇室の間の出来事は、規模も重みもまったく違いますが、同じ理念を無条件に次の世代へ引き継ぐことの危うさを、私に教えてくれました。皇室のニュースを見る目も、単に「対立している」で終わらせず、その理念がどう受け継がれ、どこですれ違ったのかを考えるようになりました。
知らないままでいたら、ずっと誤解していた
早稲田大学卒業後の1990年に共同通信社に入社し、2006年から2008年にかけて社会部で宮内庁担当を務めた大木賢一さんだからこそ書けた一冊だと感じます。皇室番として長年現場に立ち会ってきた著者の目線があるからこそ、報道の表面だけでは伝わらない、理念と現実のずれが説得力を持って描かれています。もし本書に出会わなければ、私はこれからも皇室の報道を見るたびに、漠然とした違和感を抱えたまま、その正体に気づかないでいたと思います。伝統や理念は、次の世代にそのまま渡せるものではなく、渡し方そのものが問われている。そのことに気づかせてくれた一冊でした。
大木賢一著『「平成の天皇家」と「令和の天皇家」 二つの家族はなぜ衝突したのか』はこちらから読めます。
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