色相環が好きな子どもの決まりごと
色相環と金魚図鑑
子どもの頃に好きだったものの一つが、「シキソーカン」色相環のこと。黄・緑・青・紫など「色の種類」を虹の順番に並べて、円環状にした図表のことです。色どうしの関係性を一目で把握できて、配色を考えるための「地図」のような存在でした。
図鑑の付録のような冊子があって、色相環の説明と、類似色や補色など色の関係がわかりやすく書かれていて、それを眺めるのがすごく好きでした。金魚の小さな図鑑と、ノートサイズくらいの色相環が宝物でした。お出かけするときにも持って行く。電車の中で眺めるのです。
色相環には、たぶんすごく執着していて、色の組み合わせには一家言ある子どもでした。
洋服だけじゃなく、布団とシーツと枕、猫の模様と目の色と首輪。
ちなみに、好きな金魚はオランダシシガシラ。オレンジに白のひらひらした組み合わせが好きだったようです。30代の頃には、オランダシシガシラみたいなヒラヒラのドレスを着ていたし、今でも好き。笑
組み合わせには、理由があった
子どもながら、グラデーションは大人っぽい、補色は元気いっぱいというイメージがあって、毎日の洋服の組み合わせに異議申し立てをしていたようです。その日の気分があったのです。
母は「あの頃は、とにかく朝がめんどうだったわ」と言っています。
私はあまり覚えていないのですが、気分に合わせて色を選びたかったらしく、思い通りにならないと泣く。しくしく泣き続けて、タンスの前から一歩も動かなくなったそうです。
嫌いな色合わせもありました。
赤とピンクの組み合わせ。黒と紺の組み合わせ。
色相環的に隣り合うけれど、グラデーションとは違う色を一緒に着るのが嫌でした。
赤いエナメルの靴を履くから、ピンクは着たくない。
紺色の幼稚園の園服に黒いタイツや靴下は絶対に嫌、とか。
園服の紺と黄色い帽子で色がいっぱいだから、幼稚園には赤い長靴は嫌。園服には黄色の長靴。でも普段は赤い長靴がいい。ちなみに、私の幼稚園バッグは、イタリア製の黄色いレザーで、ブラウンのストラップ。キャラクターの幼稚園バッグは、子どもっぽくてイヤでした。
黄色い雨かっぱは嫌い。どっちの長靴にも合わないから。雨の日は、いつも怒られて泣いていた記憶です。紫陽花の思い出は、いつも歪んでる。たぶん、出がけに揉めたんでしょう。
そんな頑ななこだわりを持っていたことは、うっすら覚えています。都合が悪いことは、覚えていない。笑
雨がっぱは、最終的には、カルピスみたいな水玉になりました。どこで見つけたんだろう。笑
私だけの色の法則
昭和50年代、東海道線はまだ国鉄で、彩度が低いオレンジの車体に緑のライン。
ドラえもんは、元気なドラ色ブルー(←私が命名)に黄色。
昭和の補色の組み合わせは、元気なイメージでした。
お習字の文鎮の紐は紫がいい。朱色じゃ嫌。
黄色とピンクの組み合わせはヒヨコみたいで好き。
水玉はいいんだけど、カルピスの組み合わせ以外は好きじゃない。
テレビのアイドルとキキララは、ピンクに水色の組み合わせで、ちょっとお姫様みたいで好き。でもアイドルやキャラクター物は別に好きじゃない。
ピンクレディーは、ピンクが毒々しくて苦手。
そんなふうに、私の中では色の組み合わせに、それぞれ理由がありました。
その流れで、桜は曇り空が合うと思っていたし、彼岸花は秋晴れに禍々しく咲くのがいい。
朝顔は朝が似合って、落ち葉は土の色となじむ。
虹は、キラキラ光る晴れた瞬間がいい。
季節にも、それぞれ決まった色合わせがあると思っていました。その感性は、今も変わりません。
描きたいのは絵ではなく、色
お絵描き教室では、水彩絵の具で色を混ぜるのも楽しかった。
グラデーションを作って、ただ画用紙に塗っていく。
赤とブルーを合わせて紫を作る。
赤に白を合わせてピンクを作り、黒を足す。
色は無限に組み合わせができて、すごく楽しかった。
「今日もお絵描きしないのかしら?」
と絵の先生に心配され、母が面談をしていた記憶があります。心の闇でも抱えていると心配されたのでしょうか。
母からは、「なんでなんにも描かないの!」と詰められました。
でも、私にとっては「色を作ること」が楽しかったのです。
クレヨンの減りが偏るのが嫌でした。
満遍なく使いたい。並び順も決まっている。崩したくない。
だから、髪の毛は黒や茶色ばかりでなく、緑や紫で描くこともありました。
お姫様はピンクのドレスに、黄色いティアラ、そして紫ヘア。
80年代風のパンクを意識していたわけではありません。クレヨンの減りを揃えたい!が理由でした。笑。

母は几帳面に保管していた。
後編へ続く
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