国民は政治家のよい上司でいられるか
上司が部下を信頼し、「責任は俺が取るから、思い切って仕事をしろ」と言えば、部下は自分の判断で仕事を進められる。
任せてくれた上司の期待に応え、その信頼を裏切らないよう、よい仕事をしようと考える。
上司が小さなミスを見つけるたびに口を出せば、部下は仕事より上司の反応を気にし始める。
何がよい仕事かより、何をすれば叱られないかを考える。
思い切った判断を避け、上司が気に入りそうな仕事を選ぶ。
国民を上司、政治家を部下として考えると、同じ関係が見えてくる。
政治家は国民に選ばれ、政治を任される。
国民から信頼されていると感じれば、自分を選び、仕事を任せてくれた人々の期待に応えようとするだろう。
国民が政治家の一つ一つの言動に反応し、小さな失敗にも小言を言い続ければ、政治家は国民の反応を先に考える。
国の将来に必要な仕事より、国民から叱られない仕事を選ぶ。
小言の多い国民は、政治家に、よい仕事より叱られない仕事を覚えさせる。
政治家に成果を求めながら、そのための負担を政治家だけに負わせれば、政治家は国民が嫌がる判断を避ける。
国民にとっての「責任は俺が取る」とは、政治家に任せた選択の結果を、自分たちも引き受けることになる。
よい上司は、小さなミスより仕事の方向を見て、任せた目的から大きく外れたときに止める。
政治家が国民から託された方向を大きく外れれば、国民は声を上げ、選挙で交代させることができる。
信頼して任せ、選択の結果を引き受け、大きな方向の間違いは正す。
政治家の質を問う私たちは、政治家にとってよい上司でいられているだろうか。
