菩薩のような父を鬼にさせた話
麦茶の美味しい季節だね。
うちの実家は昔から麦茶を沸かす家だ。
夏は麦茶が必ず冷蔵庫に冷えていた。
水分をよく取りなさい!と教え込まれ育った私は、今では沸かした麦茶がなくなるとちょっとソワソワしてしまう身体になってしまっている。
そんな冷蔵庫に麦茶という組み合わせは、なんだか夫婦みたいだなとふと思ってしまった。
大きな冷蔵庫父に守られて、入り口のポケットで麦茶母が子供や大切な物を外敵から守る要塞的な。
私にとって冷蔵庫は家庭の象徴。
なんのこっちゃだけど、
皆の家にもきっとあるでしょ?
ないかな?
あると思いたい。
ちなみに、うちの父と母はお世辞にも仲がいいとは言えない。
よくいうオシドリ夫婦なんて全く当てはまらない2人。
とはいえ2人は年1でお気に入りの場所へ旅行に行ったり、日々の買い物もよく2人でいく。
しかし常に小さな口喧嘩をしながら。
夫婦とは、いつまでもラブラブなんてことはないのである。
2人を見てると共に生涯を過ごすパートナーはいわば戦友だと感じる。
仲良く手を繋いで歩いている御老人夫婦だって、見えないだけでオシドリじゃない。
きっと水面下で必死に足を漕ぎながら、お互いを支え合ってるだけなのだ。
全てが仲がいいからとは限らない。
父はA型。母はB型。
血液型なんて全く当てはまらない時もあるけど、ビックリするほどうちの2人はそのままなのだ。
父が童話の『アリとキリギリス』の蟻だとしたら、母はまるでお金持ちのお婆さんが膝の上に鎮座してる長毛種猫の様な気まぐれ猫。そして料理がうまい。
父蟻は、まあーコツコツ一生懸命家族のために働いて、家族の事を大切にしているのが手に取って見れる。
もしそれが報われなくても、きちんと生きているという感じ。
というかちょっとだけ修行中の僧侶みたいな思考を持ってる。
うちの母猫はある程度のことはキチンとこなす。
あくまでも自分が気持ち悪いと感じたことは確実にこなしてゆく。
例えば、洗濯物をためないとか、お皿の裏面もヌルヌルが取れるまで何回も洗うとかそんなかんじ。
外ツラがよくしっかり者に見られるが移り気で結構だらしない。
そんな戦友達から生まれた私は幼少期無敵だった。今思い出すと完全な黒歴史。
恥ずかしいから、いっそのこと穴掘ってブラジルの人に慰められたい。
小さい頃、父は仕事で忙しい毎日で夜は帰ってきてたが、疲れた父をゆっくりさせるために母が土日は、よく私を連れて実家に帰ったりしていた。
休日にあんまり一緒に遊んでいなかったせいか、父のことを穏やかで真面目で教科書通りというか、観音菩薩のような人だと思い込んでいた。
そんなフワッとした存在だった。
もっぱら家での遊び相手は母。
ひとりっ子だからか、専業主婦だった母は私にとってまるで姉のような人だった。
くだらないことで口喧嘩で始まり取っ組み合いの喧嘩までしていた。
でも基本、仲はすこぶるいいのだ。
くだらないことでゲラゲラ笑い合うのが面白かった。
ちなみに私は父も母も大大大好きである親コン。(ファザコンとマザコン)
いまだに抱っこしてもらえるもんなら抱っこしてほしい。
母の話も沢山あるのだが、
そのなかでも今日は、そんなうちの父菩薩を激怒させた話をしようかなとおもう。
小学生の時、私が今となってはしょうもない出来事で母と取っ組み合いの喧嘩をした時、体格差でも言葉でも何一つ母に勝てない私は父に泣きついていた。
そんな私をなだめてくれるのは、
いつも父で『うちはパパとママの中身が逆だ』なんて言ったら笑ってくれた。
母はもちろん怒ったら烈火の如く鬼と化す。
私が謝ってもすぐには許しはしない。
しょうがないよね。
親だって人間だもの。
常に母との喧嘩での最後は、父が菩薩のように私を包み込み、私は父に叩かれたことのない子供だった。
というかズブズブに甘やかされていたのである。
しかし、そんな父を一度だけブチギレさせたことがある。
小学校低学年のある日の夕方、私は母とまた口喧嘩をしていた。
喧嘩なんて日常茶飯時で、今になっては何をそんなに喧嘩することがあったのだろうと思うくらい些細なことでよく私は口答えをし、母を鬼にさせていた。
その流れか、前の投稿でも書いた通り無敵の思考を持っていた幼い私は父に八つ当たりをし始めた。
最初は多分アホ!とかそんな暴言から始まった八つ当たりだったと思う。
私は気にくわない事があると、泣きながら母を叩いたり蹴ったりしていた。
最低な子供だ。
そんな子供に対して、【目には目を】タイプの母は、幼い我が子であろうが、やり返す。
今だとDVとか言われちゃうのかも。
でもそんな時代だったの。
それが普通のしつけの一部だった。
時代に合わないだろうけど、私はそんな母にされたしつけの仕方は、いまだに別におかしいとも思っていない。我が子が、こんな娘なら私だってなる気がする。
でも残念ながら、それが引き金で気の強いワガママな無敵モードの私は負けじとヒートアップしてしまう。
なんともお粗末な繰り返し。
常に終わりは私が勝てない事に絶望してヒィヒィ泣きながら逃げるのである。
その日は、絶望する前にレフェリーの父が止めに入った。
止めに入ったのはもちろん初めてではない。
でもその日は、止めに入った父に私の怒りの矛先が向いてしまった。
いつもならば、菩薩オーラ全開の父に泣きついて終わるはずなのに。
あろうことか、止められたことに憤慨し、父を攻撃しはじめたのである。
『パパのアホ!』から始まり、父に掴みかかり叩いたり蹴ったりする私。
小学校低学年の子供だから大人の父は私を羽交い締めにして優しくなだめながら止めさせられるはずだった。
しかし狭い玄関で喧嘩をしていたので、明日ゴミに出す予定のゴミ袋が転がっていて私の足がもつれて転んだ。
そして蹴ろうとしてた足が、
あろうことか!なんと!!
父に【金的】をしてしまった!
菩薩に金的喰らわした幼女。
もう地獄行き決定である。
仏の顔も3度までってよくいうよね。
多分今回3度目だったんだと思う。
金的くらった父は激怒し、とっさに私の胸ぐらをつかんだ。
もちろん生まれて初めて。
私はそんな鬼と化した父にえらく驚き、ピタッと涙は止まり目をひん剥いた。
ガーーン!! 菩薩じゃない!!!
そして我が子であろうが決して人に手をあげてはいけないと、父は固く結んだグーを私の頬にグッと押し付けた。
『これ以上やったら殴るぞ!』
初めて父が激怒してる!!
痛みを我慢してるのか、フンフン鼻息も荒い。
押し付けた拳もブルブルしてる。
でも叩かない愛がより恐怖を感じた。
叩かれてない。ただ脅してるだけ。
胸ぐらは掴んでるけど。
全く暴力ではない。
父の私への最大級の怒りのぶつけ方がコレだった。
今となっては笑い話で、叩かなかった父はあらためて優しい人だなと思う。
でもその直後私は、父にブチギレられた事が悲しくて悲しくて悲劇のヒロインよろしく
もうカラスも鳴く夕方だってのに裸足で家を飛び出した。
多分真冬ではないけど、ちょっと寒かった頃なんじゃないかなー?
裸足の足でマンションの階段を降り、近くの坂を駆け下りた足の裏が冷たかった事をぼんやり覚えている。
裸足で出てきてしまった事に後悔しつつ、今まで怒られたことのない父が怖くて家に戻れなかった。
でも私はプライドが高い幼女だった。
自分からは戻れない。
でも帰りたい。
だから駆け下りた坂を半分まで登ることにした。
そうこうしてるうちに、母が靴を持って半笑いでコチラに向かってくるのが見えた。
うちの娘が顔面グシャグシャにしながら泣いてる。
でもこの子裸足。
しかも坂の真ん中でコチラを見ながら仁王立ちしてる。
アホすぎると母は思ったのであろう。
ヘラヘラしながら、『ばかだねーほら、帰ろう。』と言ってくれた母に少し抵抗したのち、一緒に家に帰った。
実際には少しの抵抗ではないのだけど。
母が近づくとジリジリ逃げるという鬼ごっこをさらにしていたんだけど。。
後にも先にも父に鬼のように激怒されたのは、あの一度きりしかない。
あれから菩薩だった父は人間になり、多少怒られる事も増えた。
多分今まで我慢してくれてたんだと思う。
父も人間だった。
そんな父は今では菩薩だった面影はなく、歳を重ねれば重ねるほど頑固になり、母の様にしょっちゅうプンプンプリプリしている。
ただ、いまだに修行僧の様な諦め方で日常の腹立つ事をよく収めている。
もしかしたら私が幼くて気付かなかっただけで、もとから似た者夫婦だったのかもしれない。
あの頃の両親は今の私くらいだろうか。
父も母も老いてきた。
怪我や病気が増えてきたお年頃。
怒りが活力になるなら、どんどんプンプンしてほしい。
まだまだ私の面白エピソードとして活躍していただきたいので、長生きしてほしいと願いながら、今も麦茶を沸かしている。
