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60代のリアル|第2幕、第6話【実録・介護の崖っぷち】渇きと忘却が告げていた予兆──七夕の転院が崩れ去る前夜の記憶


前回までのあらすじ

病院側から提示された「7月7日の強行転院」と「連帯保証人2名」という無理難題。私は厚生労働省のガイドラインや医師法といった公的根拠を提示し、理不尽な要求を退けて連帯保証人1名での受け入れを認めさせました。

Googleカレンダーに当日の過密なスケジュールを刻み、粛々と準備を進めていた私のもとに届いたのは、転院前日(7月6日)夕方の1通のメール。

「お母様が38度の発熱をされたため、明日の転院は見送りとします」──。

七夕の約束は直前で崩れ去りました。

しかし、この突然の発熱に至るまでの「予兆」は、すでに数日前から現れていたのです。

時計の針を、7月4日のお見舞いの日に戻します。


▼ 前回はこちらです。



「娘」と分かっていても届かない名前

7月3日(金)

帰宅後の私は翌週に迫った転院の準備に追われていました。

母の着替えとして、下着のシャツ、半袖のカットソー、寒がりの母が羽織れるカーディガン、ズボン、そして念のためバルンカテーテルが横から通せる特殊な下着をバッグに詰め込みました。


7月4日(土)

その荷物を抱えて14時頃に病院を訪れました。

病室に入ると、母は私の姿を見るなり「あっ、娘です。」傍らにいた看護師さんに向かって私を紹介してくれました。しっかりと私を覚えている姿に安堵したのも束の間でした。

看護師さんが
「娘さんのお名前は?」
と優しく尋ねた、その直後のことです。

母は少し首をかしげると、
「う~ん?」
少し考えて
「忘れた!」
と言い放ち、けらけらと弾けたような声で大笑いしたのです。

自分の娘であることは分かっているのに、名前だけが抜け落ちている。病室に響く母の乾いた笑い声を聞きながら、胸の奥に冷たい違和感が静かに沈んでいくのを感じていました。



渇きと身体のサイン、アップルジュースの一気飲み

名前が出ないやり取りのあと、看護師さんから母の最近の様子について話がありました。

「お母様、ここ最近あまり水分を摂ってくださらなくて……」

しかし、私はそれを聞いてもさほど驚きませんでした。

母は自宅にいた頃から水を好まず、温かいお茶かリンゴジュースばかり飲んでいたからです。病院のお水やお茶が進まないのも「いつものことだろう」と、最初は軽く考えていました。

そこで、差し入れとして持ってきていた紙パックのリンゴジュースを取り出し、ストローを挿して母に渡しました。

すると母は、待ち切れないといった様子でストローに吸い付き、ゴクゴクと勢いよく一気飲みしたのです。

普段の母からは想像もつかないような飲みっぷりでした。

好きな飲み物だったからという以上に、身体が強烈な渇きを訴えていたのは明らかでした。

自分で水分を欲して口にする認知や意欲が落ちているだけで、身体の深部では限界が近づいていたのかもしれません。

喉を鳴らしてジュースを飲み干す母の姿に、単なる「いつもの偏食」ではない、静かに進行する不調の影を感じずにはいられませんでした。



静かな予兆、笑い声の残像

リンゴジュースを飲み干した母を見届け、私は持参した衣類を病室に残して病院を後にしました。

帰路に就く道中、頭から離れなかったのは、名前を尋ねられたときの母の弾けたような大笑いと、あの渇きを訴えるようなジュースの飲みっぷりでした。

自分の娘であることは分かっているのに名前が出てこない寂しさと、身体の奥深くで何かが蝕まれているかのような不穏さ。面会時の断片的な出来事が、まるでジグソーパズルのピースのように胸の中で組み合わさっていきます。

あの乾いた笑い声も、水分を受け付けなくなっていた状態も、すべては母の身体が限界を知らせる悲鳴だったのかもしれません。

この7月4日(土)に覚えた小さな違和感の正体が、わずか2日後の7月6日(月)夕方、「38度の発熱」という決定的な事実となって、私に突きつけられることになります。



🌿次回予告

発熱によって突如として白紙に戻った7月7日の転院。

仕切り直しとなる介護医療院への手続きを進めるために、私が取った行動とは──?

仕事と介護が交錯する中で動き出す、次なる展開を綴ります。

つづく


▼ 次回はこちらです。



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