本音を飲み込む
最近、保育でよく聞くドキュメンテーション
いろんな幼稚園や保育園でやっている。
ドキュメンテーションとは、
事例を可視化して、5領域の観点で子ども理解と保育の質をあげるために行われる。
確かに、1人ひとりの子どもの様子やクラスの現状を共有して発展させていくことは、園として、保育者一人ひとりとして大切なことだと思う。
でも、ドキュメンテーションがない時代で幼稚園教諭をしていた私は、当時を振り返ってみて
保育者たちに子ども理解が無かったか?
保育の質は悪かったか?
と言われたら全くそんな風に思わない。
普通に職員同士で、クラスの様子を共有し合って、保育に悩んだ時も同僚に相談して模索しながら保育した。
こんなこと言ったら保育界の研究者たちにおこららるかもしれないけど、
ドキュメンテーションって本当に必要?
(殴られるwww)
研究と保育の可視化が業務的すぎて
『保育って楽しい!』っていう時間が欠けていくように見えてしまう。
(ドキュメンテーションが楽しいならいいけど)
私だって、子どもの姿から環境とか保育を展開していくのは大切だと思ってるから
いろいろ保育の実践して自分の保育の課題を見つける反省は繰り返しやっていきたいけどね。
でもなんか、職員を見ていると
『あー、ドキュメンテーションやらなきゃな』
『あー、次のドキュメンテーション誰をとりあげようかな』
みたいな。
日々の保育がドキュメンテーションのネタ探しみたい。
ドキュメンテーションって、やるとしたら取り上げたいシーンや対象の子がいた時だけでもいいんじゃない?って思っちゃう。
昔、働いてた幼稚園も今は取り入れてるらしい。
今、私が働いてる保育園もみーんなドキュメンテーションをやってる。
でも同僚にドキュメンテーション楽しい?って聞くと
『その時間あったら寝て体力回復したい』って言ってた。
これがリアル。
必要なのはドキュメンテーションじゃなくて
明日も子どもたちと元気に向き合える体力を身につけることな気がする。
保育者が勝手にドキュメンテーションして盛り上がるくらいなら、
私だったら子どもたちと一緒にドキュメンテーションをやって保育を盛り上げたい。
