短編小説 もういない 1話苦しみ
夜10時
街に、緊急車両のサイレンが響き渡った。
「何事だ?」
まさるはベッドから飛び起きた。
眠気の残る目で窓の外を見る。
赤いランプが、夜の街を照らしていた。
そして、その光が向かっている先を見た瞬間、まさるの表情が変わった。
「あれ、、ゆうの家じゃないか?」
サイレンの先にあったのは、幼馴染のゆうの家だった。
まさるは慌てて家を飛び出した。
冷たい夜風を切るように走る。
家に近づくにつれて、救急隊員たちの慌ただしい声が聞こえてきた。
「担架、こっち!」
「早く!」
「意識は?」
嫌な予感がした。
人だかりの向こうに、担架が見える。
そこに乗せられていたのは、ゆうだった。
服には血が滲み、ぐったりとしたまま動かない。
「ゆう!」
まさるは思わず叫んだ。
しかし、ゆうは目を閉じたまま、何も答えなかった。
救急車の扉が閉まる。
サイレンが鳴り響き、ゆうを乗せた救急車は夜の街へ消えていった。
まさるは、その場に立ち尽くしていた。
病院の廊下に、まさるは一人で座っていた。
時計の針だけが、静かに進んでいく。
やがて、手術室の扉が開いた。
医師がゆっくりと近づいてくる。
その表情を見た瞬間、まさるは悟った。
「ゆうは?」
医師は一度目を伏せた。
「残念ですが」
その先の言葉は、まさるの耳に入ってこなかった。
頭の中が真っ白になった。
「嘘だろ、」
昨日まで、普通に話していた。
一緒に笑っていた。
それなのに。
もう、二度と話すことはできない。
警察から告げられたのは、犯人の手がかりすら掴めていないという事実だった。
まさるは拳を強く握りしめた。
「絶対に許さない」
震える声で呟く。
「何がなんでも、犯人に復讐してやる」
葬儀の日。
悲しみを表すかのように、雨が降り続いていた。
黒い傘が並ぶ中、まさるはゆうの遺影を見つめていた。
幼い頃から、ずっと一緒だった。
くだらないことで笑って、喧嘩して。
これからも、当たり前のように隣にいると思っていた。
なのに、もういない。
まさるは静かに拳を握った。
「俺、絶対に警察官になってやる」
誰に聞かせるでもなく、そう決心した。
それから3年。
まさるは警察官になった。
駅前の交番勤務。
そこは、酔っ払い、喧嘩、金銭トラブル、男女の揉め事など、毎日のように様々な問題が起こる場所だった。
「おい、そこで何してる!」
今日もまた、まさるは走っていた。
無線から声が響く。
『駅前で暴行事件発生。至急、急行せよ』
「山田、行くぞ!」
「はい!」
まさるは現場へ向かった。
目の前の事件を一つずつ解決していく。
それが、今のまさるの仕事だった。
そして、師走の寒い冬の日。
署内の廊下を歩いていると、上司の加藤が近づいてきた。
「お前、すごいな」
「え?」
「今月も職務質問からの検挙率、一位じゃん」
「いやいや、加藤さんだって事件解決率一位じゃないですか」
「俺も刑事になりたいですよ」
「俺のことはいいよ」
加藤は笑った。
そして、少し間を置いて言った。
「そうだ。お前にいい知らせがある」
「え? なんですか?」
まさるの胸が高鳴る。
「まさか、刑事、とか?」
加藤は何も言わず、ゆっくりと頷いた。
「しゃあっ!」
思わず声が漏れる。
「これも、お前が頑張ってきた結果だよ」
「ありがとうございます!」
「刑事は大変だけど、頑張れよ」
「はい!」
まさるは深く頭を下げた。
署を出ると、冷たい風が頬を撫でた。
「やっとだ」
3年間。
この日を目指してきた。
刑事になれば、もっと事件を追える。
もっと深く、犯人を追える。
そして。
「やっと、ゆうの事件に一歩近づける」
その日の仕事を終えたまさるは、ゆうの実家へ向かった。
仏壇の前に座る。
遺影の中で、ゆうが笑っている。
「ゆう」
まさるは静かに手を合わせた。
「俺、やっと刑事になれるよ」
少しだけ間を置いて、まさるは続けた。
「絶対に犯人を見つける。俺の手で」
静かな部屋に、その声だけが響いた。
あの日から3年。
まさるの中に芽生えた復讐心は、今も消えていなかった。
続く
