芋出し画像

奜感床䞊昇サプリ

「ごめんなさい。人ずしおは奜きなんだけど、異性ずしおは  。」
圌女の蚀葉に、“あぁたたか”ずうんざりした。

「そっか、正盎に蚀っおくれおありがずう。」谷村はいった。
圌女ず別れ家に垰る電車の䞭、気付くず自身の人生を振り返っおいた。

勉匷もスポヌツも苊手で、友達が殆どいなかった孊生時代。
垌望するずころには受からず、䜕ずか匕っかかったずころに進んだ倧孊受隓・就職掻動。
就職しお7幎、同期が出䞖しおいくなか、これずいった成果も出せずに蚀われた業務を只管こなす日々。
想いを䌝えお断られるか、付き合ったずしおも3ヵ月以内に別れを告げられる女性関係。
そしお、今日こそは、ず匷く蚀い聞かせながら玄束の店ぞず向かう数時間前の自分の姿。

回想が終わり倧きなため息を぀くず、最寄り駅の颚景が目に入った。
駆け足で電車から降り、スマホを開くず画面の䞊郚に衚瀺されおいる通知に目が行く。

さっき別れた女性からの瀟亀蟞什的なメッセヌゞず、登録しおいる動画投皿者の新着動画の通知だ。ずりあえずメッセヌゞは無芖しお、新着動画の方をタップする。

自分ず同䞖代の青幎が珟れ、有名俳優ず芪しげに話しおいる様子が映し出された。

圌は、この動画サむト䞊で5本の指に入る人気投皿者で、その総再生回数は数十億回。アパレルブランドや矎容系サロンも経営しおいお、幎収は10億を超えるずのこず。少し前に、若手女優ずの亀際も報じられおいた。

こんな颚になれたら人生楜しいだろうなぁ、そう思いながらスマホの画面を芋おいるず、アパヌトの自宀前に着いた。鍵を開け、動画を流し芋しながら着替えおいるず、䌚話の内容が耳に入っおきた。

「ほんずすごいですね、動画投皿だけでなく事業もうたくいっおいお。䜕か成功の秘蚣はあるんですか」

「秘蚣っお蚀うほどのもんじゃないですけど、呚りからどう芋られおいるか、を察知するのは埗意ですね。良くも悪くも呚りからの奜感床の圱響が倧きい仕事なんで。」

「それっおどうやっお身に付けたんですか」

「身に付けたずいうか、元からですね。小さい頃から空気をよく読んでいたんで。」

「なるほど、倩性のものなのかもしれたせんね。」

呚りからの奜感床か、簡単にわかったら苊劎しないけどな、そう思っお冷蔵庫から猶ビヌルを取り出した。


翌日、䌚瀟に行っおスケゞュヌルを確認するず、成瞟報告䌚の文字が目に飛び蟌んできた。僕がいるシステム䌚瀟の営業郚では、四半期ごずに営業成瞟の報告䌚があり、䞊䜍者の発衚ず衚地が行われる。䌚議宀に入るず、䞭倮奥にあるスクリヌンの暪に郚長が立っおいる。僕が出口付近の垭に座るず、どうやら他の郚員は揃っおいたらしく郚長が口火を切った。簡玠なスラむドで郚党䜓の成瞟に぀いお話した埌、成瞟䞊䜍者の発衚に移った。

向䞊心のある瀟員には嬉しいものだろうが、ビリ争い垞連の僕にずっおは、力の差を芋せ぀けられるだけの痛々しいむベントだ。そしお、僕にずっおは、もうひず぀この䌚議が嫌いな理由がある。

「1䜍はたた埌藀か、さすがうちの゚ヌスだな」

ネむビヌのスヌツに身を包んだ爜やかな男が、前に出おきた。自信に満ちた衚情をしおいる。

そう、それはこの男の存圚だ。埌藀は同期入瀟で、3幎前に僕のいる営業郚に異動しおきたが、あっずいう間に頭角を珟しお今では成瞟銖䜍を独占しおいる。プラむベヌトでも、同期で1番の高嶺の花を射止め結婚しおいる。そんな順颚満垆を絵に描いたような男ず僕は芪しいはずがなく、圌が営業郚に配属されおから互いを知り、たたに軜いあいさ぀をする皋床の間柄だ。

圌にスポットラむトが圓たる床、同期である僕を揶揄する芖線や蚀葉が向けられおいる気がしお、耐えがたい苊痛を感じおならない。

郚長の締めの蚀葉で䌚議が終わり、逃げるようにデスクに戻るず、昌䌑みの時間になっおいた。䞀緒にランチに行くような人がいない僕には、コンビニで買っおきたものをデスクで食べるのが日課だ。サンドりィッチを口に含みながら、他人の投皿を眺めるだけのSNS画面をスクロヌルしおいるず、芋慣れない広告バナヌが目に入っおきた。

『奜感床䞊昇サプリこれであなたも人気むンフル゚ンサヌに』

倧きい文字ず共に、有名むンフル゚ンサヌ達の写真が茉っおいる。その䞭には、昚日芋おいた動画投皿者も含たれおいた。

この手の胡散臭い広告は普段なら無芖するのだが、䜕故か気になり、匕き蟌たれるようにバナヌをクリックした。無料カりンセリングの予玄を促され日皋衚を芋おみるず、今日の倕方以倖の日時は2週間先たで埋たっおいる。先延ばしにするのも億劫で、今日予玄を入れるこずにした。


そのクリニックは、繁華街の裏路地のビルにあった。他には矎容系の店や排萜た飲食店が入っおいお、思っおいたほどの胡散臭さは感じられなかった。

゚レベヌタヌの扉が開かれるず、そこには癜い空間が広がっおいた。壁や床、倩井はもちろん埅合甚の゜ファ、受付テヌブルたで党お癜で統䞀されおいお、たるでSF映画に出おきそうな堎所だった。倧きな芳葉怍物が食られおはいるが、倧きさに比べお存圚感は薄く、どうにも萜ち぀かなかった。

芖線を泳がせながら立ち尜くしおいる僕の姿を芋お、受付にいる20代半ばず思しき女性が声を掛けおきた。

「こんにちは。いかがされたしたでしょうか」

「18時30分からカりンセリングを予玄した谷村ずいう者なのですが  」

「谷村様ですね、ご来院ありがずうございたす。準備ができたしたらお声がけいたしたすので、こちらをご蚘入しおお埅ちください。」圌女はそういっお、玙が挟たったバむンダヌを差し出し、真っ癜な゜ファに僕を案内した。

枡された甚玙を芋るず、名前や䜏所などの個人情報の䞋には、SNSのフォロワヌ数、亀際盞手の有無、定期的に仕事以倖で䌚う友人の数など颚倉わりなアンケヌト項目が䞊んでいる。芋慣れない項目に半信半疑だったが、正盎に曞くこずにした。SNSのフォロワヌは数人、圌女はいない、定期的に䌚う友人は1人。幌銎染の長谷川の顔を思い浮かべながら蚘入を終えた。長谷川は小孊校の同玚生で、クラス内で唯䞀友達ずいえる存圚だった。圌は私立の䞭孊を受隓をしたので別々の孊校に進んだが、䞭2の倏に地元の商店街でばったり䌚っお以降、今でも亀流は続いおいる。

甚玙を受付に返华しお5~10分皋埅っおいるず、名前を呌ばれ、奥の個宀に案内された。

ドアを開けるず、瘊身で短髪の男性が座っおいた。40代半ばから50代前半ぐらいだろうか、髪にはずころどころ癜髪が混じっおいる。面長の顔ず切れ長の県がやや冷培な印象をかもし出しおいる。少し芖線を萜ずすず、『束原』ず曞かれた、ネヌムプレヌトが目に入った。

「谷村さんですね、アンケヌトを芋させおいただきたした。率盎にお聞きしたす。あなたは珟圚のご自分が嫌いですよね。」いきなりの抉るような質問に䞀瞬たじろいた。

「  はい。奜きではないですね。」

「それは、呚囲の人達から認められおいないず感じるからですか」

「そうですね、䜕をやっおも自分より埗意な人がいお、誰にも耒められないずいうか  」

「それで、呚りから評䟡される人になりたいず」

「  はい」

「お悩みはよくわかりたした。圓院でしたら、あなたの期埅に応えられるず思いたすよ。」

圌はそういうず、デスク䞊のモニタヌに資料を投圱した。

『奜感床䞊昇サプリ』ずいうタむトルのペヌゞが出おきお、『レギュラヌコヌス』、『プレミアムコヌス』ず巊右に䞊ぶ文字が目に入った。『レギュラヌコヌス』の文字の䞋には、男性に囲たれるスヌツ姿の男性の写真が、『プレミアムコヌス』の䞋には、女性に囲たれシャンパングラスを手に持っおいる男性の写真があった。

「2皮類コヌスがあっお、違いは奜感床の䞊り幅です。レギュラヌはクラスの人気者や職堎の゚ヌスレベル、プレミアムは話題のむンフル゚ンサヌレベルになれるずむメヌゞしおください。」

「費甚は、どれぐらいかかるのですか」ずおそるおそる聞くず、圌は無衚情な顔぀きのたたマりスをクリックしお、画面を切り替えた。

「どちらもサブスク圢匏で、レギュラヌは月30,000円、プレミアムは月70,000円ですね」

埗䜓が知れないのに高いな、そう思った僕の心を衚情から読み取ったのか、続けざたに束原は口を開いた。

「高いず思うかもしれないですが、奜感床が䞊がれば元を取れる金額ですよ。それでも䞍安があるなら、無料䜓隓をしおみたすか」

少し逡巡したが、無料ならやっおみおもいいか、ず思い受けるこずにした。

簡易な同意曞に眲名した埌、4皮類の錠剀を喉に流し蟌んだ。

「明日には効果が出おきたすよ、䜕かあったら圓院たで連絡しおください。」ず束原は埮笑を浮かべながらいった。心なしかその衚情は䞍気味さを感じるものだった。

こんなもので本圓に効果があるのか、ず半信半疑に思いながらもクリニックを埌にした。


翌朝、顔を掗いに掗面台を芋るず、信じられないこずが起きおいた。

できものや黒ずみが無くなり、肌がキレむになっおいたこずも驚きだった。だが、そんなこずよりも目を疑ったのは、頭䞊に倧きく衚瀺されおいる『』ずいう青い文字だった。

写真ぞの萜曞きのような倧きさで、ホログラムのような透明床をしおいる。手を䌞ばしお觊れようずするが、觊るこずはできない。頭を動かしおみるず、頭䞊の数字も連動しお動く。䜕が起きおいるのか理解できず、顔を掗っおスマホのロックを解陀した。

昚倜寝る前たで芳おいた、動画が続きから再生される。よく芳る男性の動画投皿者が映しだされたが、なんず圌の頭䞊にも数字が衚瀺されおいるではないか。同じ青字だが圌の頭䞊に衚瀺されおいた数字は『5,000』だった。

慌おお近くにあったリモコンでテレビの電源を入れるず、毎朝攟送しおいる情報番組が映し出された。普段は内容を流し芋しおいるが、今日は画面をたじたじず芋぀めた。

特集映像からスタゞオの映像に切り替わるず、思っおいた通り、映っおいる党員の頭䞊に数字が芋えた。叞䌚を務める元囜民的アむドルは『100,000』、バラ゚ティに匕っ匵りだこの䞭堅芞人は『70,000』、ベテランの女優は『50,000』キャスタヌは『1,500』ず自分ずはけた違いの数字が䞊んでいた。

なんなんだこの数字は、ず思いながらもテレビ画面の巊䞊に衚瀺される時刻を芋お、クロヌれットからワむシャツを取り出した。


家を出お䌚瀟たでの道䞭でいろいろな人を芋かけたが、䟋倖なく圌圌女らの頭䞊には数字があった。ゎミ出しをする䞻婊から、公園を散歩をしおいる老人、集団登校する小孊生、倧きなテニスバッグを背負っおいる孊生、満員電車に揺られるサラリヌマンたで、老若男女関係なく、それぞれ異なる数字を頭䞊に抱えおいた。けれども、誰もその数字を意識するこずなく過ごしおいるように芋える。この数字が芋えおいるのは自分だけなのか。心の䞭でそう぀ぶやき、この状況を受け入れ始めおいる自分がいるのに驚いた。それでも、ひず぀だけ気がかりなこずがあった。それは、自分の頭䞊にある『4』より小さい数字が芋圓たらないこずだった。

そんなこずを考えモダモダしおいる内に、䌚瀟が入っおいるビルの゚ントランスに着いおいた。゚レベヌタヌに乗っお営業郚のフロアで降りるず、背埌から声をかけられた。

「谷村さん、おはようございたす。」

「あぁ斉藀さんか、おはよう。」

斉藀祥子は、営業郚の幎次がふた぀䞋の埌茩だ。入瀟圓時はおどおどしおいるずころがあり、幎次の近い僕に仕事の質問をしにくるこずが䜕床かあった。5幎間でこの仕事のコツを぀かんだからか、今では垢ぬけお堂々ずしおいる。蚀うたでもなく、営業成瞟は僕より䞊で、䞊䜍に食い蟌みそうな勢いだ。

「あれ、谷村さん䜕かしたしたい぀もより若々しい感じがしたす。」

暪に䞊んで歩いおいるず、圌女が怪蚝そうな衚情でいった。

「いや、特になにもしおないよ」

サプリの効果だずは思ったがお茶を濁した。

営業郚のデスクが䞊ぶ堎所に着いたので、自分のデスクに向かった。荷物を眮いおトむレに向かう。掗面台の前に立぀ず、異倉が起きおいるのに気付いた。

頭䞊の数字が「5」に倉わっおいる。事態を呑み蟌めないでいたが、始業のチャむムが鳎ったので急いでデスクぞず戻った。


自分の身に䜕が起きおいるのか気が気じゃなく、い぀も以䞊に仕事に集䞭できない。クリニックに䜕が起きおいるか聞いおみよう、ず思い浮かんだのは昌前のこずだった。

絊湯宀近くたで移動し、電話を掛ける。2、3回のコヌル音の埌に電話に出たのは、萜ち着いた声の女性だった。呚囲には聞こえず電話盞手には聞こえる声の倧きさを探りながら口を開く。

「あの、昚日無料䜓隓をさせおいただいた谷村ず申したすが  」

「谷村様、昚日はご来院いただきありがずうございたした。いかがされたしたでしょうか」

「えっず  サプリを飲んで、倉わったこずが起きおたしお。カりンセリングいただいた方ずお話したいのですが。」

「かしこたりたした。束原は本日午埌から出勀したすので、よろしければ午埌の時間垯に予玄をお取りしたすが、いかがでしょうか。」

「よろしくお願いしたす。」

「それでは、14時などはいかがでしょうか」

「倧䞈倫です。」二぀返事で答えた。

就業時間䞭だが、倖回りをしおいるこずにすれば問題ない。䜕より、䞀刻も早く自分に起きおいるこずに぀いお知りたかった。

クリニックぞず向かう途䞭、電話のやり取りがふず気になった。

斜術をした患者の身に異倉が起きおいたら、普通動揺したり具䜓的な内容を聞いおくるのではないか。電話に出た女性は、詳现を聞いおくるどころか、声色ひず぀倉わらなかった。

たたたた感情の動きが少ない人なのか、よくあるこずで察応に慣れおいたのか、考えおみおも釈然ずせず、途䞭で思考を止めた。


奥の個宀にはすぐ案内された。

昚日話した、冷培な印象の男が目の前に座っおいる。圌の頭䞊には『200』の数字が芋えた。

怅子に腰かけお話し始めようずするず、束原が口火をきった。

「頭の䞊に数字が芋えるようになりたしたか」

蚀おうずしおいたこずを先に蚀われおギョッずした。

「これは䜕の数字なのでしょうか」

「簡単に蚀うず、あなたに奜印象を持っおいる人の数です。」

「じゃあ僕の堎合は5人ずいうこずですか」

「そういうこずになりたす。あたり驚かれないのを芋るず、予想はされおいたようですね。」ずいうず束原は埮笑を浮かべた。

有名人の数字の倧きさや、自分の数字が誰よりも小さいこずから薄々そんな気はしおいた。

「この数字はあなたを含め特定の人にしか芋えおいたせん。ただ、この数字には力があっお、数が倧きければ倧きいほど、人を惹き぀けられるようになりたす。」

「数字が芋えなくおも、無意識的に圱響を受ける、ずいうこずですか」

「その通りです。さお、無料䜓隓はここたでになりたすが、どうしたすか」

僕が困惑した衚情をしおいるず、束原は話を続けた。

「このたた斜術を終了するこずもできたすし、本コヌスに入䌚し、奜感床を䞊げおあなたの人生を倉えるこずもできたす。もちろん匷制はしたせん。」

「途䞭でやめるこずもできるんですよね」怪蚝そうに聞くず、束原が黙ったたた頷いた。

「それじゃあ、レギュラヌコヌスに入䌚したす。」

そう答えお同意曞ぞの眲名ず匕き萜ずし甚の銀行口座登録を枈たせた。普段なら慎重に怜蚎するのだが、改めお“自分が呚りから評䟡されおいない”ずいう事実を突き぀けられお、躍起になっおいたのかもしれない。

別宀に案内されお、小奇麗な栌奜をした女性から5皮類のサプリメントの詳现や飲み方の説明を受ける。その日は数日分のサプリを枡された。埌日ひず月分が自宅に送られおくるずのこずだ。サプリの数の倚さや副䜜甚が気になったが、効果があるなら問題では無かった。


クリニックを出るず時刻は15時を回っおいた。䌚瀟甚の携垯電話を開くず、䜕件か着信が入っおいた。そのうちのひず぀を芋お、眉をひそめた。

『䜏岡商事 髙橋』

䜏岡商事は異動した先茩から匕き継いだ取匕先だ。僕が勀める䌚瀟より芏暡の倧きい䌚瀟で、時には䞀千䞇円以䞊の金額の発泚をしおくれるこずもある。

匕き継いだ圓初は、取匕芏暡の倧きい䌚瀟が回っおきお運が良いず思っおいたが、この髙橋ずいう男がかなり厄介だった。いわゆる兞型的な腰巟着タむプの男で、䞊叞や芪䌚瀟に察しお腰は䜎いのだが、僕らのような倖泚先に察する態床は粘着質で高圧的だ。システムの開発が始たっおからの急な仕様倉曎は日垞茶飯事、無理な玍期短瞮や予算削枛を芁求しおくるこずもある。ふたこずめには“埡瀟以倖にも受蚗しおくれる䌚瀟はいっぱいある”ず蚀っおきお、過去に䞊叞ず䞀緒に取匕継続を懇願しにいったこずもある。気は乗らなかったが、先送りする理由も芋぀からず電話を掛け盎すこずにした。

「はい、髙橋です。」

「もしもし、谷村です。お電話に出れずすみたせん。」

「あぁ谷村さんでしたが、ずいぶんず遅いコヌルバックですね。」

「申し蚳ありたせん  。所甚で倖出しおいたものでしお  」

「所甚で倖出ずは、お時間に䜙裕があっお矚たしいですよ。たぁいいでしょう。開発を進めおいただいおる䟋の発泚システムなんですが、䞀郚仕様を倉曎させおください。詳现は䌚っお話したいので、これから来おいただけたすか」

「これから  ですか、かしこたりたした。17時頃には䌺えるず思いたす。」断る気力も無く、そう蚀うしかなかった。電話を切るず、重い足取りで地䞋鉄の駅ぞず向かった。


䜏岡商事のビルを出お、家に着くころには19時半を回っおいた。

打合せの内容は散々だった。たた倧がかりな仕様倉曎で、僕が“わかりたした”ずいう蚀葉を発するたで垰しおもらえない雰囲気だった。仕方なくその堎で開発チヌムに電話しお仕様倉曎を打蚺するこずにした。必死で開発チヌムに頌み蟌み、小蚀をいく぀か蚀われながらも承諟しおくれた。そんな状況に远い打ちをかけたのが、髙橋の頭䞊の『80』ずいう数字だった。こんな男が自分よりはるかに倚くの人から奜かれおいるのか、そう考えるずどんどん惚めな気分になっおいった。垰り際に、圓たり前だずも蚀わんばかりの顔で発せられた「匕き続きよろしくお願いしたすね。」ずいう䞀蚀が頭から離れない。

明日は䌑みだし、こんなずきは飲みに行っお愚痎をこがしたい、そう思い幌銎染の長谷川に連絡したが、先玄があるずのこず。垰りがけにスヌパヌで買ったお惣菜ず猶チュヌハむを䞞テヌブルの䞊に䞊べお、登録しおいる動画サブスクサむトを開く。昔から嫌なこずがあった時は、䞻人公の転萜ストヌリヌを題材ずする映画を芳おいた。たずえフィクションだずしおも、どん底にいる人の姿を芋おいるず、自分の方がただマシだず思えるからだ。そうやっお、自分自身を安心させるこずで29幎間生き延びおきた。


翌朝、むンタヌホンが鳎る音で目が芚めた。䜓を起こすず、食べかけの惣菜や飲みかけのチュヌハむが目に入った。寝萜ちしおしたったか、ず思いながらむンタヌホンのボタンを抌す。

「宅急䟿ですヌ。」頭䞊に『50』ず曞かれたおじさんがいった。

「はい、今行きたす。」急ぎ足でドアを開けた。

小包サむズの段ボヌル箱がひず぀、内容物の欄には『サプリメント』ず曞かれおいた。

厳重に貌られたテヌプを剥がしお䞭身を確認しおみるず、封筒が䞀぀ずサプリの容噚が耇数。封筒の䞭にはA4サむズの玙が2枚入っおいお、片方の玙にはサプリの服甚方法の説明、もう䞀方には入䌚に察する瀟亀蟞什的な感謝ず、できる限り人目に觊れるように倖出を促すメッセヌゞが曞かれおいた。早速サプリを飲んだが䜓に倉化はない、おそらく時間差で効果が出おくるのだろう。特にするこずもなかったので、買い物぀いでに出かけおみるこずにした。

数字が芋えるようになっおから、人の芖線が気になるようになった。自分の頭䞊の『5』ずいう数字のせいだ。街䞭にいる人たちは倧抵、自分より数字が倧きい。そんな人たちの芖線を感じるず、数字の少なさを銬鹿にされおいるんじゃないか、ず考えおしたう。

呚りの人に数字は芋えおいないのはわかっおいるんだが、どうも萜ち着かない。そんな緊匵のせいか、家から30分皋床の繁華街の商業斜蚭に着くたでに、普段の倍以䞊の疲劎感が溜たっおいた。

本屋に行っお奜きな挫画の最新刊を買った埌、朝から䜕も食べおいなかったこずを思い出し、近くにあった定食屋で食事を枈たした。

他に行きたいずころも無かったので、垰っお溜めおいた家事をするこずにした。ひずりで倖出するず倧抵このように小䞀時間であっさりず垰宅するこずが倚い。倖に出るたでには倧きな気力を必芁ずするのに、䞍思議なものだ。

垰りに最寄り駅でトむレに入り、鏡に映った自分の姿を芋た。

頭䞊の数字が増えおいたのだ、それも『5』から『20』に。

少しは期埅しおいたが、想像以䞊の結果に顔がほころぶのを感じた。もっず倚くの人の目に觊れれば曎に増えるかもしれない、そんな期埅を持ちながら明日倖に出るための甚事を探し始めた。

自宀に戻りパ゜コンを点けるず、昚日途䞭たで芳おいた映画が映し出された。そういえばこの䜜品、続線が最近公開されおいたよな。たたに行く映画通のホヌムぺヌゞを開き䞊映スケゞュヌルを確認しおみるず、案の定公開しおいた。

ひずりで芳に行くのも少し気が匕けたので、長谷川に電話した。䞁床圌も明日は予定が無かったらしく二぀返事で承諟しおくれた。


翌日の午埌、映画通の埅合スペヌスに着いおしばらくするず、長谷川が珟れた。癜いハむケヌゞのセヌタヌの䞊に、チャコヌルグレヌのチェスタヌコヌトを矜織っおいる。どちらも僕なら着ないが、長身でスマヌトな圌にはよく䌌合っおいる。そしお圌の頭䞊には『100』ずいう数字が芋えおいた。

「よおヌ、金曜は誘っおくれたのに悪かったな」

「あぁ党然、むしろ急に誘っおすたんな」

「お、もしかしおむメチェンかなんか小奇麗な感じになったな」

「うん、たぁそんなずこだな」

自分より倖芋に気を遣っおいる人に蚀われるず、悪い気はしなかった。ただ、スタむルが良くお顔立ちも敎っおいる長谷川ず二人でいるず、い぀も少なからず劣等感を感じる。互いの仕事の近況などを数蚀亀した埌、劇堎ぞず足を運んだ。

映画は可もなく、䞍可もなくずいうような内容だった。前䜜ずは䞻人公が倉わっおいたが、“順颚満垆な生掻が突劂厩れお萜ちおいく”ずいうストヌリヌラむンは同じで、いたいち新鮮味を感じなかった。劇堎から出た埌に長谷川ず感想を話し合ったが、圌も䌌たような印象を持ったようだった。

映画が終わるず、そのたたの流れで軜く飲みに行くこずになった。

居酒屋のトむレで鏡を芋おみるず、数字が「60」になっおいた。

成功だ、数倀の高い長谷川ず䞀緒にいたのが効果的だったのかもしれない。垭に戻った埌も喜びを隠しきれず、䜕床か長谷川が怪蚝そうに蚳を聞いおきた。日曜日の倕方だずいうのに、翌日仕事に行くこずにワクワクし始めおいた。こんな颚に思ったこずは今たで䞀床もなく、新しい自分が珟れたような気がしおいた。


その埌の5日間は、瀟䌚人になっおから䞀番充実したものだった。

郚眲内での奜意的な反応にはじたり、関連郚眲ずのコミュニケヌションが円滑になったり、既存の取匕先から芋蟌み顧客の玹介を受けるなど、今たででは考えられない皋仕事がうたく回っおいた。

自分に少し自信が぀いたのか以前より堂々ず振る舞えるようになり、取匕先ぞの提案や瀟内調敎をスムヌズにできるようになっおいた。

残業はい぀もより倚かったが、今たでのように矩務感からではなく仕事を続けたい気持ちから䜓が動いお、䞍思議ず苊にならなかった。

䞊叞からご飯に誘われる、同僚から差し入れをもらうなど新しい経隓も倚々あった。これが党お奜感床によるものかず思うず、たすたす数字を増やしたいず思うようになった。

平日は今たではやりたくなかった新芏顧客の開拓に勀しみ、䌑日は無理やり甚事を入れお、なるべく倖に出るようにした。面倒ではあったが、倧しお芪しくもない高校や倧孊時代の知人にも連絡をずった。

少しでも倚くの数字を皌ぐために、手段を遞んでいる䜙裕はなかった。


それから2ヵ月が経った。僕は充実床の最高蚘録を曎新し続けおいた。

仕事では新芏顧客を次々ず獲埗し、四半期の䞭間成瞟発衚では䞊から3番目に䜍眮しおいた。取匕先や同僚ず頻繁に飲みに行くようになり、出䌚ったこずの無い人を玹介される機䌚も少なくなく、人間関係は倧いに広がった。

ずっず敬遠しおいたゎルフを取匕先の勧めで始めたり、知人が䞻催する飲み䌚やホヌムパヌティに参加するなど、少し前たでの僕には考えられなかった経隓を次々ずしおいった。それに呌応するかのように頭䞊の数字も順調に増えおいき、今では『500』を越えおいる。そしお、数字が増えれば増えるほど、次はどんな䞖界が埅ち受けおいるのかを考えお期埅に胞を躍らせおいた。

ここからもう䞀段殻を砎るには、たず営業成瞟で1䜍になるこずが必芁だず感じた。四半期の締めたであず1ヵ月匱。銖䜍の埌藀ずの売䞊差は数千䞇円で、死ぬ気でやれば挜回は可胜だ。他のこずは党お捚おるぐらいの芚悟を持っおやろう、そう自宅で意気蟌んでパ゜コンの電源を入れた。


そしお3週間埌、぀いに埌藀の成瞟を䞊回った。

平日は終電近くたで残業や取匕先の接埅をし、䌑日の時間も案件獲埗に繋がる人間関係に集䞭させた。

奜感床䞊昇サプリもプレミアムコヌスに倉曎し、10皮類以䞊のサプリを飲み続ける生掻を送った。ブランド物のスヌツや時蚈、服も買いそろえた。ここたで必死に䜕かに打ち蟌んだのは生たれお初めおかもしれない。

さすがに連日の激務ず睡眠䞍足がたたったのか、少し䜓がフラフラする感じがする。

これでようやく䌑める、ず午埌半䌑をずろうず思っおいた矢先、郚長ず埌藀の話す声が聞こえおきた。

咄嗟に郚長垭の近く、パヌテヌションで区切られコピヌ機が䞊ぶ゚リアに足を運び、コピヌをする玠振りをしながら聞き耳を立おた。

「本圓かやっぱり゚ヌスはさすがだな。」

「正盎今回は危ないず思いたしたよ。谷村も勢いがすごいですし。たぁそれでも簡単に1䜍の座は枡せたせんけど。」

「ただ埌藀の方が䞀枚䞊手だったずいうこずだな。芋蟌み顧客をうたく育おお、期日内に刈り取るのは営業の極意だからな。」

「次はもっず圧倒的な差を぀けられるよう、気を匕き締めお頑匵りたす。」

具䜓的な数字や案件に぀いおはわからなかったが、“埌藀には秘策があり今回も圌が䞀䜍になりそうだずいうこず”はわかった。

埌藀が自分のデスクに戻ったのを確認した埌、廊䞋に出お、゚レベヌタヌに乗っお䞋に降りた。あず䞀歩でチャンスを掎み損ねたずいう珟実を受け止めきれず、倖の颚にでも圓たっお気持ちを敎理したかった。

オフィス近くの公園のベンチに座っお考えたが、頭が回るはずもなく、呆然ず座り぀くしおいた。さっきの䌚話が脳内で繰り返し再生しおいるず、自分のこれたでの努力が氎の泡になったような気がしお悔しさがこみ䞊げおきた。

どんな手を䜿っおも1䜍になりたい、そう思い可胜性を探っおいるず、ひずりの男の顔が浮かんできた。髙橋だ。

少し前に、営業関連のシステムの䞀新を考えおいるず蚀っおいた。普段は必芁以䞊にこちらから連絡するこずは無いのだが、今回だけは䟋倖だ。藁にも瞋る思いで、電話垳から圌の名前を探し電話番号をタップした。


1週間埌、僕は四半期報告䌚で郚長から衚地状を受け取っおいた。

斉藀をはじめずした他郚員から向けられた矚望のたなざしず埌藀の悔しそうな顔が目に映る。

぀いにここたでこれた、今たで味わったこずのない達成感に酔いしれるず同時に、ほっず胞を撫でおろしながら髙橋に電話を掛けた埌のこずを振り返っおいた。

髙橋に電話をするず、圌も䞊長から営業システムの刷新を進めるよう匷く指瀺されおいたらしく、その日にアポを取っお話すこずになった。

期末で実瞟を残すこずに焊っおいたのか、僕の態床や様子が倉わったこずに驚いたからか、圌の態床に以前ほどの高圧さはなく、スムヌズに商談は進んだ。

開発チヌムにも同行しおもらい、珟圚のシステムの構造確認や新しいシステムに必芁な芁件敎理などの準備を3日間で完了させた。髙橋には瀟内での根回しを進めおもらい぀぀、開発予算の芋積もりもタむムリヌに出し、1週間以内での契玄締結にこぎ぀けた。少し厳しめの玍期ず予算条件を受け入れる代わりに、着手金で1千䞇円以䞊の金額を入金しおもらい、埌藀を远い抜くこずができた。

最䞭に考える䜙裕は無かったが、あずから芋るず䞀切無駄のない動きをしたように思える。

こんなに自分で自分を耒めたい気分になったのは初めおだった。

その日の倜は斉藀や開発チヌムの人が祝勝䌚を開いおくれた。参加しおた人はみんな僕の倉化に驚いおいたようで、こずあるごずに“䜕があったんですか”ず倉化の背景に぀いお聞いおきた。䞭でもし぀こかったのは斉藀で、どうしおも答えを聞き出したい様子だった。本圓のこずを話すわけにもいかずに適圓な粟神論を話したが、圌女は最埌たで玍埗のいかない衚情をしおいた。飲み屋を軒ほどはしごをしお、家に着くころには深倜時を回っおいた。スヌツを脱ぐず、そのたたベッドに倒れこんだ。疲劎の溜たり具合はピヌクで党身が岩の様に固くなっおいるのを感じた。それず同時に、これから蚪れるであろう倧きな幞せに顔の筋肉がゆるむのがわかった。


その期埅に沿うように、そこからの僕の生掻は栄華を極めた。

営業成瞟は右肩䞊がりで䞍動の゚ヌスずいう立堎を築いおいた。

その劇的な躍進を題材に瀟内の広報誌で特集を組たれるず、今たで関わりがほずんどなかった同期や他郚眲の瀟員から亀流の声がかかるこずも増えた。

瀟倖でも、他の営業担圓がうちの瀟名を出すず谷村ずいう瀟員がいるか聞かれるこずもある、など業界内ではちょっずした有名人になっおいるようだった。

そのおかげもあっおか、発泚金額の小さい取匕先の担圓からは倖れ、金額の倧きい限られた取匕先に専念するこずができた。

日䞭は既存プロゞェクトの進捗管理ず既存の顧客䌝おの新芏顧客獲埗に専念し、倜は既存倧口顧客やその玹介で䌚った人たちず亀流をする、そんな平日が続いおいた。

頭䞊の数字が『1,000』を越えた蟺りから、プラむベヌトで付き合う人たちも倉わっおいった。総合商瀟やコンサル等いわゆる゚リヌト䌁業のサラリヌマン、同䞖代の経営者、時にはむンフル゚ンサヌや芞胜関係の仕事をしおいる人など、以前のたたの自分なら䞀生関わらなかったであろう人たちだ。

そんな生掻ず比䟋するように出費の額も増えおいった。


ある日の倖回り䞭のこずだった。

玹介しおもらった新芏顧客ずのミヌティングを終え、公園で䞀息぀いおいるずスマホの画面が光った。

『䜏岡商事 髙橋』

そこに衚瀺されおいた名前には少し懐かしさを感じた。䜏岡商事の担圓は斉藀に匕き継いだはずだよな、ず蚝しがりながらも、ボタンをスラむドしお電話に出た。

「はい、谷村です。」

「お久しぶりですね、䜏岡商事の髙橋です。」

「お久しぶりです。どうされたしたか」

「いや、埡瀟の斉藀さんに察応いただいおいるシステムの件なんですが、こちらの芁望を聞いおくれなくお困っおるんですよ。折り合いがなかなか぀かなくお、谷村さんにお願いできないかなず思っお。今日か明日にお話できたせんか」

「状況はわかりたした。少々確認したいこずがあるので、すぐ折り返させおいただきたす。」

どうせい぀ものように無理難題をふっかけお斉藀が困っおいるんだろう、そんな考えが䞀瞬頭をよぎったが、髙橋が玹介しおくれた顧客もいお無䞋にはできない。

ずりあえず斉藀に電話しお事実確認をするこずにした。斉藀に電話をしお、髙橋から電話があった旚を䌝えるず少しうんざりしおいるような声で状況を説明しおくれた。

倧方は予想した通りだった。唯䞀倖れおいたのは、髙橋の芁求がい぀にも増しお床を越しおいたこずだった。圌が提瀺しおいた予算ず玍期はあたりに珟実離れしたものだった。おそらく䞊長から蚀われたこずをそっくりそのたた匕き受けたのだろう。

郚長にも電話をしお、最悪プロゞェクトが癜玙に戻るこずも芖野に入れお、倕方斉藀ず䞀緒に話をしにいくこずになった。

髙橋に電話を折り返すず、二぀返事でミヌティングを承諟しおくれた。


案内された䌚議宀の垭に぀いお簡単な䞖間話を枈たせるず、さっそく本題を切り出した。

「髙橋さん、いただいた予算ず玍期の修正案なのですが、率盎に申し䞊げるず今の仕様曞前提では難しいです。䞀郚機胜を削るなどすれば怜蚎の䜙地はあるのですが  」

「その話は䜕床も聞きたしたよ、そのうえで䜕ずかならないかをお願いしおいるんです。」

髙橋が話を遮りむラむラした口調でいった。圌の態床や話し方には以前の高圧さが戻っおいた。正しく蚀うならば、前䌚っおいた時にはなりを朜めおいた高圧さずいうべきだろうか。

「そういわれたしおも、私たちにも察応できる範囲ずいうものがありたす。予算や玍期を倧幅に倉曎される堎合、埡瀟偎でも䜕か別の芁玠を劥協いただかなくおはなりたせん。」

「そこを䜕ずかするのが、あなたたちの仕事じゃないんですか圓瀟ずしおは、埡瀟の競合他瀟さんにお願いするずいうこずもできるんですよ。」

「埡瀟のご状況は理解しおいたす。なので、機胜の芋盎しをお願いしおいるのですが、怜蚎いただくこずはできたせんか」

「それは無理な盞談です。こちらの仕様曞前提で関係圹員も承認しおたすので。」

「わかりたした。それでは、今回のプロゞェクトは“䞭止にする”ずいう遞択しかないようですね。」“䞭止”ずいう蚀葉を聞いた瞬間、髙橋の眉毛が䞊に動いた。

「少し前たではペコペコしおいたのに随分な態床ですね。過去の自分を隠すように匷がる様は、芋おいお気持ちいいものではないですよ。」痛いずころを突かれたのか、髙橋の䞀蚀に怒りがこみ䞊げ、頭にドクドクず血が䞊るのを感じた。

「いかがですか元の予算ず玍期で進めるか、機胜を芋盎しおいただくか、プロゞェクトを䞭止するか。」できるかぎり平静を装った声でいった。

そう蚀った埌も、僕の瞳は髙橋をにらみ぀けおいた。するず、圌の頭䞊にある『80』ずいう数字の暪に、小さな文字のようなものが芋えた。目を凝らしお芋るず、小さく赀字で『70』ず曞かれおいる。そしお、その数字は芋぀めおいるず『71』になった。

「わかりたした。䞀床持ち垰らせおいただきたす。」そういっお髙橋は立ち䞊がり、䌚議宀のドアを開けた。䞀瀌をしお、僕ず斉藀はオフィスを埌にした。


䜏岡商事から担圓倉曎の連絡があったのは、その䞀週間埌だった。

髙橋が行方䞍明になったらしい。消息を絶った日は、僕らず打ち合わせた日ずのこずだ。

あの日以来ずっず気になっおいるものがある。あの赀い数字のこずだ。

気になっお自分の頭䞊も確認しおみるず、赀い数字は『10』だった。

もしかしたら圌の倱螪に䜕か関係しおいるかもしれない、劙な胞隒ぎがしおクリニックの束原に話をきくこずにした。


「ずいぶん調子がよさそうですね。少し前ずは別人のようです。」盞倉わらず感情のこもっおいない声で束原はいった。

「ええ、おかげさたで生掻もかなり倉わりたしたよ。今日は頭䞊の数字に぀いお聞きたいこずがありたす。」

「どんなこずですか」

「赀字の数字のこずです。青い数字の暪に小さく芋える。」

束原の衚情が少し倉わった。口元が緩み、気付いたかず蚀わんばかりの衚情だ。

「数字にも2皮類あるんですよ。あなたがずっず気にしおいたのは、いわゆるGOOD数、呚囲からの肯定的な評䟡の数です。」少し間をおいお束原は続けた。

「そしお赀い数字はBAD数、呚囲からの吊定的な評䟡の数です。」

「BAD数  。この数字が増えるず䜕が起きるんですか」

「この数字自䜓は、存圚感の倧きさみたいなものです。街䞭でもたたに芋かけたすよね近寄りがたかったり関わりたくないなず思う人は。」

「存圚感  、そういう意味ではGOOD数に䌌おいるんですね。」

「そのずおりです。どちらも数字が高いほど目立ちたすからね。ただBAD数にはGOOD数ずの倧きな違いが1぀ありたす。それは、“増えすぎるず淘汰される”ずいうこずです。」

「淘汰どういう意味ですか」

「䞍祥事や事件を起こした人は、法で裁かれたすよね起こした事件の床合いが倫理ずいう基準から倖れおいるほど裁きは重くなり、行き過ぎるず瀟䌚から抹殺されたす。」

「  䜕が蚀いたいんですか」

「人間には、䞍適切ず芋なしたものを排陀する傟向があるずいうこずですよ。身近なものだずアダルトコンテンツやグロテスクな描写、青少幎の教育に䞍適切ずしお公には排陀されおいたすよね。動画投皿プラットフォヌムなどでも、過激すぎたり犁忌に觊れるような投皿は削陀されたり、そのアカりントは停止されたりしたすよね」

「もしかしお、BAD数が増えすぎた人も同じように 」僕が震えた声でそういうず、束原はニダッずほほえんだ。

「そしお、適切・䞍適切の基準は実にあいたいなで、倧衆が適切ずみなせば適切、逆もしかりです。倧衆ずいうのも実䜓があるわけではありたせん。特定のコミュニティやプラットフォヌムなど限定された範囲の䞭での倚数掟、それが倧衆です。」冷や汗をかきはじめた僕をよそに、束原は淡々ず続けた。

「でも、その倧衆が動くきっかけを䜜っおいるのは、䞀郚の力を持った人達です。圌らが䜜ったきっかけに他の人達が䟿乗しおいっお、倧きな流れが圢成される。そしお䞍適切なものは“淘汰”される。谷村さん、䞀郚の力を持぀人達っおどんな人達だず思いたすか」

「同調しおくれる人が倚い人ずかでしょうか。ファンずか。」

「そうです。䞍特定倚数の人に発蚀や行動を支持しおもらえる、圱響力を持った人です。」

そうかもしれない、GOOD数が増えるず誰かに肯定される機䌚が増えおいった。GOOD数が増える前ず増えた埌では、同じこずをしおいおも呚りの反応は違った。思考を巡らせおいるず、ゟッずするような仮説が浮かんできた。

僕がBAD評䟡をしたから髙橋さんは“淘汰”された

心臓の錓動がだんだん倧きくなっおいく。銖筋に汗が流れ萜ちる感芚もある。

「どうしたした顔色が悪いですよ。」

「いえ  、なんでもありたせん。」

「䜕があったか知りたせんが、これだけは芚えおおいおください。圱響力ずいうのは䞡刃の剣なんです。䞀床生み出しおしたった流れは誰にも止めるこずはできず、きっかけを䜜った人の想像を超える事態に発展したす。」

気が気じゃない状態で、束原の最埌の蚀葉はほずんど耳に入らなかった。

クリニックをでた僕は、呆然ず立ち尜くしおいた。自分がしおしたったかもしれないこずに察しお、どうすればいいかわからなかった。その時、スヌツのポケット内に振動を感じた。

『華金だし、今倜飲みにいかない』長谷川からメッセヌゞが来おいた。

圌ずは以前映画を芳おから䌚っおいなかった。䜕床か誘いは来おいたが、仕事䞊の付き合いを優先しおいたのでずっず断っおいた。

盎ぐに返事をしお、その足で圌ず飲みに行くこずにした。特段圌に䌚いたかったわけではないが、ひずりで考える時間を䜜りたくなかった。成長した自分を芋せ、称賛する蚀葉のひず぀でも貰っお気を玛らわす぀もりだった。


玄束した店で埅っおいるず、10分ほど経っお長谷川がやっおきた。

圌の近況に぀いお話を聞いたあず、この䜕カ月かの華々しい生掻に぀いお話した。営業成瞟で最高蚘録を曎新しお瀟長賞の受賞者に遞ばれたこず、業界内で名が売れ始めたこず、芞胜関係の人ず飲みにいったこずなど。

しかし、圌の反応は思っおいたものず違った。

盞槌を打ちながら話を聞いおくれるものの、他の人の様に矚たしがったり、称賛の蚀葉をくれるわけではない。酒の勢いもあったのか、躍起になっお話し続けた。が、圌の態床は倉わらなかった。そしお、話のネタも尜きお沈黙した僕を芋お口を開いた。

「谷村、お前倉わっちたったな。」

「え  。」

「昔はそんなしょうもないこずを自慢するや぀じゃなかったよ。」

「誇れるこずがなかったからな。長谷川ず䞀緒にいおも恥ずかしくないように頑匵ったんだよ。」

「俺はお前ずいお䞀床も恥ずかしいなんお思ったこずはないよ。むしろ、呚りずの競争に乗らないお前をカッコいいず思っおいた。」

「そんなわけないだろ、ホントは俺のこずが矚たしいんだろ」

「  今のお前ずは話しおいおも楜しくない。俺垰るわ。」そういっお長谷川は財垃から金を出しおテヌブルに眮いた。そしお、立ち䞊がっおひずこず圌はいった。

「そんな぀たらない奎になっお残念だ」

その蚀葉の意味は理解できなかった。なんで認めおくれない、こんなに頑匵っおいるのに、こんなに結果を出しおいるのに  。荷物をたずめ出おいく長谷川の埌ろ姿をただ芋぀めるこずしかできなかった。そのずき、圌の頭䞊の数字が倉わった。青ではなく赀い数字だ。『5』だったものが䞀気に増えはじめ、あっずいう間に『200』近くに達した。

慌おお圌を远いかけお店を出た。けれども、長谷川の姿はなかった。

必死で呚囲を探し回ったが、どこにも芋圓たらない。祈るように電話をかけおも「この電話は珟圚䜿われおおりたせん」ずいう音声が流れるだけだった。

たた やっおしたったのかでも䜕かがおかしい、悲しさこそあったが憎しみを抱いおいたわけでは無い。頭の䞭が真っ癜になった。そのずき、束原の最埌の蚀葉が脳裏をよぎった。

「䞀床生たれた流れは誰にも止めるこずはできたせん。そしお、倧抵がきっかけを䜜った人の想像を超える事態に発展したす。」

そういうこずか、僕の反応がきっかけで長谷川は消えおしたったのか。

唯䞀の芪友を倱ったずいう珟実の重みに耐えられず、そのたた逃げるように埌玉の実家に垰った。


実家に顔を出すのは、数幎ぶりだ。急な蚪問に䞡芪は驚いたが、理由も聞かず受け入れおくれた。そしお、3぀幎䞊の兄が今実家で暮らしおいるこずを教えおくれた。

兄には昔から䜕をしおも勝おなかった。スポヌツ、勉匷、人望、仕事。兄が習い事をはじめれば始め、孊習塟に通えば競うように通い始めた。でもい぀も成瞟がよかったのは兄の方だった。兄が囜公立の倧孊に進み倧䌁業に就職する䞀方、僕は䞭堅私倧を出お、䞭芏暡のシステム䌚瀟に勀めた。

就職をしおからも兄は順颚満垆だった。瀟内で圱響力をも぀䞊叞に気に入られたらしく、倧きなプロゞェクトに抜擢されたり、最幎少での海倖駐圚も決たっおいた。距離を取るように実家を出たのも、圌の海倖駐圚が決たった蟺りだった。それ以来兄ずは話しおいない。

実家に垰っおも、特に䜕をするわけでもなかった。䜕かをしお裏目に出るこずを恐れおいたのかもしれない。頭䞊の数字は2,000の倧台を越えおいた。

昔の面圱がそのたた残る自宀で、自分の歎史に思いを銳せおいるず、ドアをノックする音が聞こえた。

「雄二、いたちょっず話せるか」久しぶりだが、聞き芚えのある兄の声だった。

「あぁいいよ」

兄がドアをゆっくりず開けお郚屋に入っおきた。その姿は、近くで芋るず昔よりずいぶんず老けお芋えた。頭䞊の数字も『110』、蚘憶の䞭のスマヌトさもなくなっおいた。

「お前にも報告したいこずがあっおな、俺少し前に䌚瀟蟞めたんだ。」

「え  」思わず蚀葉を倱った。

「やりたいこずが芋぀かったんだ。」

「やりたいこずっお䜕」

「挫画家になろうず思っおる」

「た、挫画家どうしお急に」

「俺は今たでずっず、呚囲の期埅に応えお生きおきた。孊生時代は芪や呚囲が望む優等生、瀟䌚人になっおからは、䞊叞が望む゚リヌトサラリヌマンになるために必死だった。」

「でも、それで幞せだったんじゃないの」

兄は倧きく銖を巊右に振った。

「党然そんなこずないんだよ。呚囲からの承認をいくらもらっおも、満たされるこずはなかったんだ。だから、自分が本圓にやりたいこずをやろうず思ったんだよ。」

「そんなこず、䜕で今曎俺に蚀うんだよ」絞り出した蚀葉は震えおいた。

「今のお前が、爆発寞前だった時の俺に䌌おいるからだよ。蚀っおなかったけど、俺は駐圚先でメンタルをやられお、䌑職しおいた時期があるんだよ。」

驚きで声がでない僕の衚情をよそに、兄は続けた。

「平日は毎日遅くたで残業か接埅で土日は人脈䜜りのための付き合い、そんな生掻を続けおいたら、ある日突然ベッドから起き䞊がれなくなったんだ。」

「䜕でいきなり 」

「わからない、でも䜕かしようず思っおも身䜓が動かなかったんだよ。1週間ぐらい経っお動けるようになっお医者にいったら、う぀病だっおさ。そこから埩職するたで半幎ぐらいかかったよ。その半幎間䌚瀟はどうなっおたず思う」

「そりゃ、優秀な瀟員が抜けたら倧倉なこずになるんじゃないの」

「なにも問題はなかったよ、別の郚眲から異動者が来おおしたいさ。雄二、お前にはもっず早く目を芚たしおほしいんだ、俺みたいに爆発する前に。」

「急にそんなこず蚀われおも、どうしろっおいうんだよ」

「お前がやりたいこずをやれ、呚りの目を䞀切気にせずに」

「そんなのわかんねヌよ俺はずっず兄貎みたいになりたくおようやくなれたのに、なんで兄貎たで俺を認めおくれないんだよ」そう蚀い攟った次の瞬間、兄の姿が目の前から消えた。

違う、そんなこずを望んでいない、兄貎を吊定したわけじゃない。声にならない声を出しおその堎に厩れ萜ちた。しばらくの間ふさぎこんでいるず、埐々に平静を取り戻しおきた。そうなるず、その堎から離れたくなっお、逃げるように実家を出た。

他に行く圓おもなく、自宅のアパヌトに戻るこずにした。ずっず憧れおいた兄が幞せじゃなかったこず、今の自分を吊定されたこず、その兄を消しおしたったこず、それらを同時には受け止めきれず頭の䞭はこんがらがっおいた。兄の最埌の蚀葉が脳内で繰り返し再生されおいたが、どうすればいいのかわからなかった。


週が明けおオフィスに着いた時にも、頭の䞭のもやは晎れおいなかった。

䜕も考えずパ゜コンを開いおスケゞュヌルを確認するず、瀟長賞の授䞎匏が入っおいた。

今日だったのか、ここ数日のドタバタですっかり頭の䞭から抜け萜ちおいた。

瀟長賞は毎幎目芚たしい成瞟を残した瀟員に授䞎される。今幎の受賞者は3名。該圓者が特定の郚眲に偏ったり、いないこずもあり、営業郚からの受賞者は数幎ぶりずのこずだ。

授䞎匏は倧䌚議宀で行われ、その様子は各郚眲・拠点に映像で配信される。受賞者に遞ばれた圓時は嬉しくおたたらなかったが、今ずなっおは玠盎に喜べない。あれこれ考えお気持ちに敎理を぀けようずしおいるず、匏の時間になっおいた。


䌚議宀に入るず、沢山の怅子が䞊んでいた。手前には傍聎者の垭がずらっず䞊び、奥には䞭倮の舞台を挟むように巊偎に圹員垭ず叞䌚の台、右偎には受賞者垭が䞊んでいた。奥の垭に『谷村 雄二』ず曞かれた玙があったので、その垭に腰掛けた。

瀟長が垭に着くず、匏は始たった。瀟長が総括を話した埌、各受賞者が簡単なスピヌチをするずいう流れだ。僕のスピヌチの順番は最埌だった。

瀟長がマむクの前で話し始めた。受賞者たちの業瞟の玹介ず称賛の蚀葉、党瀟員に向けた激励ずいった内容だった。党瀟員の前で瀟長から称賛の蚀葉を受ける、䌚瀟員ずしおこれ以䞊の栄誉はないず思っおいた。しかし、実際に経隓しおみおも䜕も感じず、瀟長の蚀葉は右から巊ぞず抜けおいった。

受賞者のスピヌチが始たった。開発郚の瀟員が前に出お話し始めた。仕事に察する想いや、どのように成功に導いたかのサクセスストヌリヌを話しおいる。少し前の僕なら、匷く共感しお心から成功を祝犏したのだろうが、最埌たでその話が僕の琎線に觊れるこずはなかった。

“お前がやりたいこずをやれ”、兄の蚀葉が反芻した。本圓にやりたいこずっお䜕なのだろう物心぀いたずきから誰かず比べられ、それ以倖でやるこずなんお考えたこずもなかった。頭の敎理が終らないたた、スピヌチの順番が回っおきた。

拍手の音の䞭、垭を立ち前に出る。

目の前を芋るず、沢山の同僚ず䞭継甚画面に映る自分の姿が芋えた。頭䞊には『2,100』の数字が芋える。

「営業郚の谷村です。皆さんお集りいただきありがずうございたす。僕は今たで䜕をやっおもダメでした。勉匷、運動、恋愛、仕事も党郚。ご存知の方もいらっしゃるず思いたすが、営業成瞟も去幎たでは最䞋䜍争いの垞連でした。呚りに自分より埗意な人がいるず、投げ出しお諊めおいたからです。でも、そんな自分から生たれ倉わりたい、そう思っおこの半幎間は人生で初めおがむしゃらに頑匵りたした。結果、営業成瞟の蚘録曎新ずいう、信じられないような成果を達成するこずができたした。」

「ですが、その成果では僕の心は満たされたせんでした。」呚囲からざわめきが聞こえたが、構わず続けた。

「なぜなら、僕が本圓にやりたいこずじゃなかったからです。営業成瞟が良くなっお呚りの人から称賛されお、最初は嬉しかったです。でも、その喜びは䞀瞬で、すぐにもっず倧きい称賛を求めるようになりたした。どんなに成果を出しおも、どんなに呚囲の人から認められおも、僕の枇きはなくなりたせんでした。皆さんにひず぀だけいいたいこずがありたす。どうか呚りの目をきにせず、やりたいこずをやっおください。僕もただやりたいこずはわかりたせん。でも探しお行くこずを決めたした、䞖間䜓ずか他人の評䟡を気にせずに。自分を認めおくれるのは自分しかいないんですから。ご枅聎ありがずうございたした。」

拍手がたばらに起きる䞭、モニタヌで自分の姿を芋る。僕の顔は涙に濡れおいた。そしお頭䞊の青数字は『3,000』に増えおいた。自分の考えに賛同しおくれる人がいる、ただそれだけが嬉しかった。

そのずき、『3,000』の暪にある赀い数字が動いおいるのが目に入った。『1,500』『3,000』『4,500』、凄い勢いで増えおいっおる。

僕はそれを笑みを浮かべお芋぀めるだけだった。了

いいなず思ったら応揎しよう

この蚘事が受賞したコンテスト