すぐそこにある『転職』(SS;1,700文字)
「あ、お父さん、何してるの ── 日曜なのに? タブレットで仕事? あ、誰かきれいな女の人と話してる!」
── お子さんですか? ユウタくんっていうの? 5年生? きれいだなんて……お上手ねえ。お姉さん、今お父さんとお仕事の話してるから、悪いけど、他の部屋に行っててね。宿題、あるんじゃない?
「宿題は同じクラスのトヨダ君に『アウトソーシング』してるんだ」
は? 宿題は自分でやらなきゃ……ま、いいわ……じゃ、自分の部屋でゲームでもしたら?
「……つまり、体よくボクを追い払おうとしているわけだね。……まあ、いいよ、お母さんはあと1時間は帰ってこないし、お父さんとふたりだけの時間をゆっくり愉しむといいよ」
ちょっとちょっと待って、誤解しないで! お姉さんは今、お父さんに新しいお仕事を紹介しているの。
「なんとでも理由を付ければいいよ。じゃ、僕はこれで……」
── 参ったわね。ま、いいです。どこまでお話しましたっけ。そうそう、リロカワさんにお勧めしている『黒影通商』ですが、今お勤めの『柔肌商事』のお給料より約6%高くなります。……今の会社で、もう昇進は難しいんじゃありません?
「無理でしょうね。今の会社で昇進も昇給も絶望的な人間が転職すると収入増となるメカニズムが理解できないな」
あれ? なんだか声が変わったような……そこは、今の会社では埋もれてしまっているロリカワさんの能力に、『黒影通商』が目を付けたのです!
「埋もれた能力……? どんな能力? 具体的に言ってくださいよ」
そ、そうですねえ……ほら、『自己PRシート』に書いておられた、職務命令に対して従順だとか、上司に忠実、同僚と協調とか……
「それって、能力なのかなあ……むしろ『性癖』 ── 今や『悪癖』に近いんじゃないかなあ……ていうか、そこに目を付けたとしたら、その『黒影通商』って、かなりヤバい会社じゃないの?」
そんなことありません! 資本金だって今のお勤め先より多いですし……
「じゃあ、給料が上がるって件だけど、その他に残業手当も付くんだね?」
いえ、『黒影通商』は見なし残業システムをとっています。本給は少ないですが、営業成績に応じた成果給が多いんです。リロカワさんの転職後のスタート給はこの金額ですが、成果を挙げればどんどん昇給します。
「でも逆に、成果が無ければどんどん下がっていくんだね?」
それは……そうです。そんな風にネガティブに考えること、止めましょうよ。明るい未来だけを見ましょう!
「ま、いいけどね……お姉さんの仕事って、ひとり転職させるごとに転職先の会社から成功報酬がもらえるんだよね?」
……そうですけど……あれ? お姉さんって?
「お父さんだって、転職して最初の給料をもらったら、真の能力が露呈して減給される前に次の転職をした方がいいよね、きっと!」
え……お父さん? ……どゆこと? リロカワさん……? そういえば……さっきからお口、動いていないような……
「じゃあさ、毎日……は無理としても……毎月転職した方が、お姉さんもお父さんも儲かっていいよね!」
え? 何言ってるの? さっきから話してるの、ユウタくんなの? モニター画面はリロカワさんなのに?
「ボクをこちら側のエージェントだと思ってください」
── は?
「で、どうでしょう、提案した件 ── 毎月お父さんを転職させて稼ぎませんか? 他にもお父さんの同僚とかボクの友だちのお父さんとか……今の仕事に希望が見いだせない中年を会社の間で次々転がしていくんですよ。みんな、転職の度に給料が上がるって言ったら喜んで乗ってくるよ!」
……怖ろしい子ねえ! だめよ! もし転職者が1か月以内に退職したら100%、3か月以内なら50%、成功報酬を返金しなくちゃならないの! あれ……何で私、こんなこと……
「じゃ、商談決定! 3か月ごとの『中年転がし』、ビジネスにしようよ!
うーん……そうねえ……いえ、リロカワさん ── なのか、ユウタくんなのか ── とにかく、今回はご縁が無かった、ということで……
**********
・トヨダ君への『アウトソーシング』がらみの話は:
・お父さんの『性癖』に関しては:
