なんでもない日記:久しぶりの集まりで知ったそれぞれの進むステージ
カレンダーのマス目が賑やかな色で埋まっていく
どういうわけか、この7月は集まりの予定が次々と舞い込んできた。先日書き留めた友人とのささやかな飲み会。
さらには職場に新しく入ってきた新卒メンバーの歓迎会まで重なり、スマートフォンのカレンダーアプリの画面が少しずつ、賑やかな色で埋まっていく。
そんな慌ただしい日々の隙間を縫うようにして、この3連休、プライベートの仲間内での飲み会が開催された。
振り返れば、「飲み会をしよう」と誰からともなく声が上がり、具体的に動き始めたのは結構前のことだった。
「近いうちにやろう」
「集まろう」
と口では何度も言い合いながらも、お互いのスケジュールや日常の忙しさに阻まれ、なかなか実現できずにいた会である。
変わらない言葉のキャッチボール
集まったメンバーを見渡してみても、特段変わった変化があるわけではない。何回も顔を合わせているし、お互いの性格もまあまあ分かっている。気心も知れた仲間たちとの時間だ。
だからこそ、席について交わされる会話も、とりとめのない日常の延長線上にあるものばかりだった。
最近の仕事の調子はどうなのかという純粋な近況報告
「前にみんなでここに行ったよね」という過去の思い出話
日常の中で見つけた小さなお気に入りの場所の共有
気を張る必要が一切ない空間の中で、言葉が心地よく流れていく。お互いの現在地を確認し合うような時間がそこには流れていた。
それぞれの節目、席の向こうの選択
今回の会を実質的に主催し、事前の連絡やお店の手配といった取り仕切りをしてくれたのは、最近結婚が決まった一人の女性だった。
彼女のテキパキとした動きを見ながら、私は心の中でその背景を推察していた。
これから先、結婚生活が本格的に始まれば、生活の中心や意識の向き先は、どうしても家庭のほうへとどんどんシフトしていくだろう。
だからこそ、自分の環境が大きく変わってしまう前に、こうして気心の知れた仲間内で集まり、純粋に楽しい機会を設けておきたかったのではないだろうか。
言葉には出さずとも、彼女の行動の端々から、今の関係性を大切にしたいという細やかな想いが伝わってくるようだった。
人生のステージが変わる直前の、どこか愛おしむような時間が、その場の空気を包み込んでいた。
届いた知らせと、確かな現在地
しかし、当日の集まりの直前になって、メンバーのうちの一人がどうしても来られなくなったという連絡が入った。
理由を聞いてみると、どうやらおめでたらしい。体調のことやこれからの生活のことを考えれば、急な欠席になるのも当然のことだ。
同時に、それは私たちが確実にそれぞれの人生を歩み、少しずつ、けれど確実に違うステージへと進んでいることを象徴する出来事でもあった。
かつて同じ目線で、同じ話をしていた仲間たちが、ある人は家庭を持ち、ある人は親になっていく。時間の流れの早さを実感するとともに、集まれることの貴重さが身に染みる。
年齢を重ねるにつれて、全員が同じペースで集まることは難しくなっていく。それでも、こうしてそれぞれの節目を喜び合いながら、細く長くつながっていける関係があることは、これからの自分の支えになっていく。
7月の蒸し暑い夜の風を感じながら、変わりゆく日常と、変わらない繋がりの尊さについて考えていた。
あなたの手元にある連絡網は今、どんな変化を映し出しているだろうか。
