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人はみな、悩みを抱えながら橋を渡っていく。――橋と人生について考えた。――

最近、気分転換を兼ねて、自転車で近所を散歩することが多い。

私の住んでいる地域は川が多い。

そのため、少し足を延ばすだけで、いくつもの橋に出会う。

その日も、特に目的があったわけではない。

ふと思い立って、芭蕉が『奥の細道』の旅の途中で渡ったとされる橋を訪ねてみることにした。

古い橋である。

橋の下を流れる川も、どこにでもあるような穏やかな流れだった。

私は自転車を止め、欄干にもたれながら、しばらく川を眺めていた。

水は絶え間なく流れている。

同じ場所を流れているように見えても、昨日と同じ水ではない。

そんな景色を見ているうちに、最近の出来事が頭に浮かんできた。

仕事のこと。

創作のこと。

人間関係のこと。

人から見れば、たいしたことではないのかもしれない。

しかし、自分にとっては、なかなか頭から離れないこともある。

年齢を重ねれば、悩みが少なくなるのかと思っていた。

どうやら、そう単純な話ではないらしい。

そんなことを考えているうちに、十九世紀アメリカの詩人、ヘンリー・ワズワース・ロングフェローの『The Bridge(橋)』を思い出した。

彼は、こんな言葉を残している。

And I think how many thousands

Of care-encumbered men,

Each bearing his burden of sorrow,

Have crossed the bridge since then.

私なりに訳すなら、こんな感じだろうか。

私は思う。

どれほど多くの人々が、

悩みを抱え、

悲しみという重荷を背負いながら、

あれからこの橋を渡っていったのだろう、と。

この一節を初めて読んだとき、とても印象に残った。

橋は、単なる建造物ではない。

そこを通り過ぎていった無数の人々の時間が積み重なっている場所でもある。

若者もいただろう。

仕事に悩む人もいただろう。

家庭の問題を抱えていた人もいたかもしれない。

定年を迎え、新しい人生を模索していた人もいたはずだ。

そして、その誰もが、それぞれの重荷を背負いながら橋を渡ってきた。

そう考えると、自分の悩みも、少しだけ違って見えてくる。

橋の下では、川が静かに流れていた。

芭蕉も、この橋を渡った。

ロングフェローも、橋の上で人生を思った。

そして今、私は橋の欄干にもたれながら、自分の人生について考えている。

二人の偉大な文学者と自分を並べるつもりはない。

ただ、人は昔から、橋の上で立ち止まり、何かを考えてきたのだろう。

私は再び自転車にまたがった。

橋を渡れば、そこにはいつもと変わらない景色が広がっている。

それでも、橋を渡る前の自分とは、少しだけ違っているような気がした。

今日の持ち帰り

人はみな、悩みを抱えながら橋を渡っていく。

立ち止まってもいい。

川を眺めてもいい。

そして、またゆっくりと、自分の橋を渡っていけばいい。

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【60代から始めたもう一つの挑戦】
人生再点火の一環として、小説創作にも取り組んでいます。
現在、TALESにて公開中です。
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