88%暴落した年、俺が買えたのは月4万6千円だった。
あの年、俺は一度も投げなかった。
偉いからじゃない。
売る金も、買う金も、もう残っていなかったからだ。
2022年の話をする。
俺が1株63ドルで買ったものが、7ドルになった。
88%減。
他人の口座の話じゃない。
俺の口座の話だ。
しかも、値動きが3倍になる商品だった。
今思えば、なかなかのバカである。
暴落のとき、何もできなかった自分を責めている人がいると思う。
買い増したかったのに金がない。
損切りすべきか迷う。
迷っているうちに、動けなくなる。
そして、
「長期投資だから」
と自分に言い聞かせて、証券口座を閉じる。
情けないと思っているかもしれない。
俺も昔はそうだった。
というより、俺の場合はもっとひどい。
一日で1,790万円を突っ込んだ
その9か月前、俺は準備を済ませていた。
2021年2月。
持っていた株をほとんど売った。
アップル。
アマゾン。
マイクロソフト。
洗剤の会社も、絆創膏の会社も売った。
世界で一番退屈で、一番潰れなさそうな部類の株だ。
配当をもらって、のんびり増やす。
そんな設計を、自分の手でゴミ箱に捨てた。
年収300万円の人間が、同じことを続けても、一生同じ場所にいると思ったからだ。
そこまでは、間違っていなかったと今でも思っている。
問題は、そのあとだ。
2021年11月9日。
この日、俺は2つ買っている。
半導体の値動きが3倍になるETFを1,258株。
1株63.61ドル。
当時のレートで、約912万円。
もう一つは、テック株の値動きが3倍になるETF。
973株。
1株79.23ドル。
こちらが約879万円。
合計、約1,790万円。
一日で、だ。
当時の俺の年収は約300万円。
手取りは月20万円台。
実家に5万円入れて、そこから月10万円を投資に回していた。
つまり、当時の手取りでざっくり6〜7年分。
6〜7年かけて積み上げるような金額を、一日で市場に置いた。
今なら分かる。
だいぶ攻めている。
いや。
攻めているというより、前のめりに転んでいる。
ただ、言い訳をさせてもらうと、それまで俺はずっと勝っていた。
投資を始めたのは2011年、東日本大震災の年だ。
夜勤で10年かけて貯めた700万円を元手に、
投資信託を買ったのが最初だった。
コロナのときに日本株を全部売って、
米国株に移した。それがうまくいった。
人は、最初に勝つと自分を天才だと思う。
俺のことだ。
口座が10分の1になった
2022年、アメリカが利上げを始めた。
金利上昇は、ハイテク株にとって逆風だった。
そして俺が持っていたのは、そんなハイテク株の値動きを3倍にする商品だった。
つまり、
暴風雨の日に、傘ではなく凧を持っていた。
そりゃ飛ぶ。
実際、半導体関連の指数はその年、大きく下落した。
俺が持っていた商品は、その値動きをさらに3倍に増幅させる。
小学生でも分かる算数だ。
でも当時の俺は、自分の口座でそれを習った。
63.61ドル。
それが、
7.38ドル。
約88%減。
912万円で買ったものが、110万円くらいの景色になっていた。
ここで、はっきり言っておく。
こういう値動きを何倍にも増幅させる商品は、こうなる可能性がある。
俺だけが特別に運が悪かったわけじゃない。
そういう乗り物に、俺が乗った。
そして、その乗り物にほぼ全財産を乗せた。
真似する必要はどこにもない。
その年、俺が買えたのは月4万6千円だった
去年、証券会社から過去の取引履歴を全部落として、集計してみた。
そこで、ちょっと笑ってしまった。
2022年。
俺が株を買った回数は31回。
買った金額の合計は、約143万円。
1回あたり、
約4万6千円。
88%下がった市場で、俺が買えたのは月4万6千円だった。
31回という回数だけを見ると、
「暴落でも必死に買い向かった投資家」
に見えるかもしれない。
違う。
金がないから、小分けにするしかなかっただけだ。
毎月4万6千円。
賽銭箱に小銭を投げるみたいに入れていた。
今なら分かる。
あれは投資というより、
お百度参りだった。
でも、不思議なことに、それでも市場から退場しなかった。
売らなかったんじゃない。売れなかった
同じ取引履歴に、もう一つ数字が残っていた。
2022年。
俺が株を売った回数は、年間で1回だけ。
金額にして約11万円。
つまり、ほとんど売っていない。
後から投資の記事を読むと、
「暴落でも狼狽売りせず、握り続けた」
なんて書かれている。
かっこいい。
でも、俺の場合は違う。
売る理由がなかった。
買う金もなかった。
どうすればいいかも分からなかった。
だから、
何もしなかった。
握ったんじゃない。
固まっていただけだ。
投資の世界では、「何もしないことが大切」と言われる。
でも俺の場合、
何もできなかった。
この違いは大きい。
固まっていられた理由が2つある
ただ、あとから考えると、俺が完全に退場しなかった理由は2つあった。
一つ目。
借金をして買っていなかったこと。
自分の金で、そのまま買っていただけだった。
もし借金をしていたら、話は変わる。
下がっていく途中で強制的に売られる可能性がある。
自分がどう思っているかなんて関係ない。
市場は、
「もうちょっと待ってあげよう」
なんて言ってくれない。
俺が固まっていられたのは、
固まることを誰にも邪魔されなかったからだ。
そして二つ目。
俺は、あの下げ方を初めて見たわけじゃなかった。
その2年前、資産の3分の1をテスラという1社に入れていた。
これも、なかなか無茶だった。
テスラは上がるときも下がるときも極端だった。
1日で1割動くこともある。
含み益が数百万円単位で増えたり消えたりする。
それを毎日のように見ていた。
慣れというのは怖い。
数字が大きく動くこと自体に、いつの間にか驚かなくなっていた。
だから2022年の88%下落も、心臓に悪いという意味では最悪だった。
でも、
完全に未知の景色ではなかった。
地獄にも、二度目から少しだけ土地勘ができる。
金がないというのは、時に最高のリスク管理になる
財布に千円しか入っていない日に、居酒屋の前を通ったことがあるだろうか。
暖簾から出汁の匂いがする。
中では誰かが笑っている。
でも、自分には入れない。
情けない。
みじめだ。
でも、その夜だけは飲みすぎることもない。
投資も、ちょっと似ている。
2022年の俺には、追加で大金を突っ込む金がなかった。
だから、無茶な買い増しもできなかった。
かといって、パニックになって全部売ることもしなかった。
金がない。
ただ、それだけだった。
でも結果として、
それが俺を守った。
含み損2,000万円。でも、確定した損は約500万円だった
当時、俺の含み損は約2,000万円あった。
数字で見ると、普通に心臓に悪い。
実際、悪かった。
ところが、取引履歴から実際の売買を全部計算し直してみると、少し違う景色が見えてきた。
半導体3倍のほうは、買った総額と売った総額の差がマイナス約1万7,700ドル。
テック3倍のほうは、マイナス約1万5,500ドル。
合計で約3万3,000ドル。
当時のレートで、ざっと500万円。
もちろん、500万円も大金だ。
全然小さくない。
でも、
2,000万円と500万円は同じではない。
俺は当時、画面に出てくる「含み損2,000万円」に怯えていた。
でも実際には、その2,000万円全部を損失として確定させたわけではなかった。
もし2022年に全部投げていたら、2,000万円が現実の損失になっていた。
つまり、
何もしなかったことで、結果的に約1,500万円が残った。
もちろん、これは「持ち続ければ戻る」という話ではない。
戻らないものは戻らない。
俺が持っていた商品だって、戻らない可能性は普通にあった。
だから、これは投資の必勝法ではない。
ただの俺の記録だ。
紙とペンで、一度だけ計算してみてほしい
もし今、暴落で含み損を抱えているなら、一度だけこれをやってみてほしい。
紙に、
① 今の含み損はいくらか
と書く。
次に、
② 今日、全部売ったら確定する損失はいくらか
と書く。
そして、その2つの数字を見る。
含み損は、
「まだ確定していない損失」
だ。
だからといって、
「持ち続ければ大丈夫」
という意味ではない。
売るべきものは売ったほうがいい。
でも、
「含み損」と「確定損」を一度分けて考える。
それだけでも、頭の中が少し整理される。
俺は2,000万円という数字に怯えていた。
でも、実際の取引履歴を見てみると、確定した損は約500万円だった。
数字を分けるだけで、見える景色は変わる。
2年2か月かけて、負けを認めた
その後の話を、少しだけ。
2024年1月。
テック3倍のほうを1,036株、まとめて売った。
買値より下だった。
負けを認めるのに、2年2か月かかった。
同じ年の6月。
半導体3倍のほうも全部売った。
そして、その金を別の1銘柄に移した。
そして12月。
会社を辞めた。
17年間働いた会社だった。
2022年。
毎月4万6千円ずつ、賽銭みたいに市場へ入れていた男が、2年後に会社を辞める。
当時の俺には、そんな未来は想像できなかった。
想像できていたら、もっと余裕のある顔で暴落を眺めていただろう。
実際の俺は違う。
ただ、
金がなくて動けなかった。
それだけだ。
俺は、耐えたんじゃない
2022年。
88%下がった。
含み損は約2,000万円。
買えたのは、月4万6千円。
売ったのは、約11万円。
俺は暴落に勝ったわけじゃない。
根性があったわけでもない。
投資の才能があったわけでもない。
金がなくて、動けなかっただけだ。
でも、人生にはたまに、そんなことがある。
自分では失敗だと思っていたことが、
あとから見ると、
自分を守っていた。
2022年の俺にとって、それが「何もしなかった」ことだった。
そして2年後。
俺は会社を辞めた。
27年間働いた会社を。
あのときの俺は、そんな未来を知らない。
ただ毎月4万6千円を入れていた。
賽銭みたいに。
お百度参りみたいに。
それでも市場から退場しなかった。
だから今、暴落で何もできない人に言いたい。
買い増せない。
損切りできない。
何をすればいいか分からない。
そんな自分を、
「自分は投資に向いていない」
と責めなくてもいい。
それは「何もしていない」んじゃない。
まだ、生き残っている途中なのかもしれない。
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